善城こゆは証明した
カラオケボックスでの時間はあっという間だった。
この時間で俺とこゆちゃんの距離が縮まる事はなかったが、一つだけ良い事があった。
俺はこの数か月間スタジオやライブで歌を歌い続けているので、少しだけ皆より歌唱力がある。
その事をこゆちゃんは知らなかったため、素直に褒めてくれた。
女性に歌唱力を驚かれたのはこれが初めての経験かもしれない。
あ、良い事は一つだけではなかった。
こゆちゃんが、ずっと眼の前でニコニコしていてくれた。
こんなに充実したカラオケタイムは生まれて初めての経験だ。
だが周りの目線が気になって、ずっとこゆちゃんを眺める訳にはいかなかった。
感謝の半面・・・いや、何も言うまい。
そしてカラオケボックスから出た時、
こゆ「三波くん歌上手だね! 歌好きなんだね!」
こゆちゃんから声かけられてるー!
もうなんか返事とかしないでずっとこゆちゃんのお話聞いていたいわぁ。
でも嫌われたくないから返事はする。
海人「うん。 音楽やってるから、うまくならないとなんだよね」
おぉ、自分の事を初めてこゆちゃんに伝えられました!
今夜はぐっすり眠れそうです。
こゆ「わあ! バンドのヴォーカルとかやってるの?」
おおお凄い!
こゆちゃんに食いつかれていますワタシ!
コレは話がはずんじゃうんじゃないですかぁ?!
くぅー、しばらくこのままでいたいぜー!!
連れの男女3人は、少し離れて前を歩いている。
にくいぜー! この気遣い、ナウいぜー!!(ナウいは当時既に死語でした)
海人「そう、ロックのコピバンやってる」
あまり多くを語って嫌われるのが怖い為、必然と言葉数が少なくなっていく・・・
こゆ「私もロック聴くよ! ヴィジュアル系も聴くし、ジュ〇ィマリとかも好き!」
お!? コレは接点できたぞ!
大収穫じゃないですか!
まさかこの妖精みたいな子が、よもやロックに蝕されているとは。
しかも今言ったものは全部俺の趣味の領域じゃないか・・・嬉しすぎる。
こゆ「え、じゃ、スタジオとか行くの?」
おや? こゆちゃん詳しくない?
音楽をかじっていないと、なかなかスタジオ等という施設を口に出す人はいないと思うのだが。
ダンスや写真関係に興味があるなら話は別なのだが、すんなりこの名前が出てくるとは正直驚きだ。
海人「うん、週に1回から2回は練習しに行ってる」
これはこれは、もしやこゆちゃんバンギャですか?
んー、この子がバンギャ?
このコロボックルみたいな女の子が??
意外過ぎて逆になんかワクワクしてきました。
こゆ「良いなー、私も仲間集めてライブとかやりたいなー」
あ、そっち? やる方?
自分は楽しくて音楽をやっているのに、ちんちくりんな子が音楽をやりたがると驚くこの心理は一体何なのか。
でも確かにカラオケでは終始ニコニコしながら歌ってたし、よほど好きなのだろう。
コレは俺って存在を趣味の隙間に押し込めそう・・・押し込むんなら、ネジ込むんだぜ!
海人「今度さ、ウチのメンバーが良いって言ったら、スタジオ見学に来る?」
ちょっと気取って言ってみた。
メンバーの中には人見知りもいるのですんなりOKが出るとは考えにくいのだが、君が興味を持ってくれるのなら俺はどんな手でも使わせていただく!
こゆ「いきたーい! いくうううう!!」
右手をイエーイとまっすぐ上に伸ばすこゆちゃん。
くはっ、かわいい。
思わず俺も一緒に「いこーいこー!」と言いたくなったが、確認するまではお預けだ。
海人「普段の練習やる時に呼べそうだったら声かけるね」
今から想像してしまう・・・俺が歌ってる姿を見ながらニコニコと聞いてくれてるこゆちゃんの姿を。
はあぁぁぁぁ、さぞ癒されるのだろうね、さぞ気持ちいいのだろうね!!
こゆ「やたっ!」
シスターがお祈りをするようなガッツポーズをするこゆちゃん。
そんなポーズ初めて見ましたよ。
んー手つなぎたい。
俺の二本指をキュって掴んでもらいたい。
・・・手は繋ぎたいと思うんだな俺。
近くにいるからそう思うのだろうか?
近くに居れば、欲情し始めるのか・・・?
等と考えていたら、隣駅近くのアーケード前まで来てしまった。
ここを抜け、少し進んだらもう駅だ。
こゆちゃんが上り方面だっらた駅でばいばいか・・・。
アーケード入り口にあるマックを通り過ぎたあたりで、こゆちゃんが急に動きを止める。
こゆ「あ、ひろちゃん達待ってー、楽器屋さん行きたいー」
先を行く石井さん達に声をかけるこゆちゃん。
マックのすぐ近くには島村楽器がある。
ここの二階にあるスタジオも使う事があるので、俺にとっては来馴れた場所だ。
俺は楽器が全く演奏できないのだが、実は小学校の時にこの店でギターを買った事がある。
ZO-3と言うギターなのだが、まあいいか。
そう言えばこゆちゃんはさっき仲間を集めてバンドをやりたいと言っていた。
・・・見た目的に、カスタネットとかタンバリンとかマラカスとかトライアングルとかギロとかが似合そうだが、何かやっているのだろうか。
もしエレクトーンとかをやっている子であれば、今すぐ勧誘してしまいたいくらいなのだが。
海人「こゆちゃん、なんか楽器やってるの?」
少しだけ顔を覗き込むように聞いてみる。
するとこゆちゃんはいつものニパッとした笑顔で答えた。
こゆ「全然やってない!」
ずこーーーーーーーーーーーーーーーー
何故ここに来たし・・・。
まさかの返答だったので、言葉に詰まってしまった。
こゆ「楽器ってさ、見てるだけで楽しい気がする」
ギター演奏用のピックを手に取り見定めながら話すこゆちゃん。
気がする・・・?
骨董品か何か感覚かな?
演奏するものですよ、見るモノじゃないですよ多分。
そして、音を出して初めて楽しい物でもあると思いますけど。
こゆ「ただ音が出るんだったら、鈴でいいじゃない? 人間って、何のために楽器って作ってるんだと思う?」
俺は突っ込むように即答した
海人「それはもちろん演奏をする人の為だろうと思うけど」
それ以外に理由などないだろうと。
こゆ「なら、楽器を作っていない、名前も知らないどっかの部族は、踊ったり儀式をしたりする時にどうしてると思う?」
なんだ、こゆちゃんは一体何を話し始めているんだ?
どうしてると思うとは?
こういう事か?
海人「楽器が無くても、音楽をやってるね多分。 何かを叩いたり、口笛を吹いたり、歌を歌ったり」
こゆちゃんが「その通り!」と言わんばかりに、俺の顎あたりを何度も指さす。
こゆ「そう、楽器がなくても音楽できるでしょ? それでも楽器はあって、誰かが必要としてて、誰かが創ってるよね」
ど、どうしたんだこゆちゃん、急に・・・。
君は一体なにを俺に伝えようとしているんだ?
思考に霧がかかってきたぞ・・・。
こゆ「楽器ってさ、音を出すのは当たり前として、これがある理由は人を引き付けるって所にあるんだと思うのね」
なん・・・楽器が人を引き付ける?
まて、何だこの話は・・・楽器の存在理由をこの短時間で俺に伝えたのか?
そして音が出るのは大前提で、そのカリスマが楽器の存在意義だと俺に伝えているのか?
何でそんなこと言いだすのか・・・。
こゆ「だから私がここにいるのです!」
っ、急に意味が解らない・・・。
いや、楽器に引き付けられたと言いたいのか?
なるほど、解らん。
残念だけどこゆちゃん、君がここに来た理由になっていない気がするよ。
でも、こゆちゃんにとってはそれでいいのか。
海人「こゆちゃん面白いこと言うね、不思議ちゃん認定だよ」
失礼極まりない事をこゆちゃんに言ってしまった。
でも悪意はなく、その時は本当にそう思った。
こゆ「よく不思議ちゃんって言われるー」
よく言われてた。
佐藤祐樹もここに惚れたのかもしれない。
あいつは俺から見るとサッカーでもやってそうなタイプに見えるから、こんな文系な話を聞いたら簡単になびいてしまう一面があったのかもしれない。
気が付くと大島達も楽器店に入ってきており、弦楽器を珍しそうに眺めている。
彼らが眺めてるそれはヘフナーと言うブランドのバイオリンベースだった。
石井さん、石崎さん、大島、この三人は音楽をやっているという話を聞いた事が無い。
まるで瓦版に食いつく村人の様に見えた。
こゆ「ほら」
先程の理論を確信付けさせるかの如く、大島達を指さすこゆちゃん。
本当に、君は一体ナニモノなのか・・・。
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