理世の咆哮

 ソファーの壁側に座り、今から面接でも受けるかのような表情の表情の桑藤さん。


 俺はモニタースクリーンの上にある棚に自分の荷物を置く。


海人「桑藤さんのカバン、乗せてあげるよ」


 桑藤さんへ手を伸ばす。


桑藤「うん」


 また申し訳なさそうに俺へカバンを渡す桑藤さん。


 さて、さっき君はこのカバンにお財布を入れていたね。


 これを俺が棚に上げてしまうと、君はもう一人で財布を出せないけど良いの?


 つまりそれは、俺が許可しないと自分のオーダーを自分の意思で支払えないって事なんだけど。


 望まずと俺が勝手に支払い、君はどんどん肩身が狭くなっていく。


 この作戦が通用する人は、クラスでも何人かしかいないだろう。


 君の斜め後ろの席の樋口あやさんや、俺の前に座っている長谷川葉子さんは、恐らくだけど、こんな事してもラッキーくらいにしか思わないだろう。


 でも君のその、解りやすい例えで言うなら、お嬢様気質と言えるその性格は、君にとって弱点だよ桑藤さん。


 俺は君が「ちゃんとにお礼をしないと親に叱られる」と言ってしまった事で理解してしまった。


 君は多分、一方的な善意に弱い。


 俺の予想していた「圧しに弱そう」は、当たっているんだきっと。


 俺は今君を追い込んでいる、でも君を拘束する様な事はしない。


 抜け出せるのならそうしてごらんな桑藤さん。


 好意を踏みにじり、俺を振り払い立ち去れる鉄のハートが君にあるのなら。


 ここからはむしろ、勝負と言っていいかもしれない。


 俺のいじめが勝るか、君の意思が強いか。


 気が付いているかい桑藤さん、この狭い部屋のソファー、僕がどこに座るのか。


 隣だよ、君の隣だ。


 君が俺をどんな風に思っているとか、俺がどんな人間とかは、こんな状況では関係のない話。


 もし俺が世間で言うブサイクであっても、モテ顔であっても、優しい人でも良くない人でも、この空気は変わらないだろうから。


 やったぞ、完全に桑藤さんを捉えた。


 恐らくだけど、少しだけ状況を理解しているよね? 桑藤さん。


 だから今、その表情なのだ。


海人「おし、何か頼もうか、ここワンオーダー制だから」


 と言って、メニュー表を渡す。


 手を伸ばせばすぐに手が届く程の距離に受話器がかけられている。


 その受話器に手を置いておく俺。


 この姿勢であれば「すぐメニューを決めないと」と桑藤さんは急ぐだろう。


桑藤「・・・三波君は?」


 はい?


海人「なんすか?」


 急に名前を呼ばれたので、反射的に聞き返してしまった。


桑藤「何頼むの?」


 それを聞いて、どうするのだろうか?


 アレか? 人と同じオーダーが抵抗あるタイプか?


 居るからなぁ、そういう人。


海人「俺はカルピスウォーターかな」


 飲み物の注文はいつも大体炭酸水なのだが、歌う際に炭酸水を飲むと喉がかれ易い気がするので避けている。


 今は関係のない事だが、マックではミルクを頼む事も多い。


 以前は烏龍茶を頼んでいたが、栄養学の授業で「食事以外で飲み続けるのは褒められない飲料」として挙がっていた為、今はやめている。


桑藤「同じのにする」


 同じのだったかー。


 面倒なのか?


 ・・・いや、そう言えば、クレープの時もそんな事。


 「何食べていいか解らないし」


 確かそんな事を言っていた気がする。


 優柔不断・・・そうか、それだ。


 流れに身を任せてしまうのは、自分では決められないからなのか?


 君の事が少しづつ解ってきたよ。


海人「よしゃ」


 そう言って受話器を耳に当てる。


 カルピスウォーター2つと、ミニバスケットと言うおやつを頼んだ。


 これはパーティーバスケットと言う商品の半分サイズで、2名分のお菓子が入ったバスケットだ。


 のりしおポテチ、キャベツ太郎、裂きイカ、ハーシーズチョコ、ポイフルが入っているのだが、ミニの方は裂きイカが入っていない。


 イカの匂いは嫌がる人もいるので、今はいいかもしれない。


 そしてついに俺はソファーへと腰を下ろす。


桑藤「・・・」


 もちろん、彼女の真隣り。


 電池が切れたように固まった桑藤さん。


 解ってる、知っていたよそうなる事は。


 どうしたらいいか解らないのだろうね。


 いや、むしろもう思考自体停止してしまっているのかもしれない。


 もしくは俺が話しかけてくれることを期待しているのかな?


 安心してよ桑藤さん、いくらでも話しかけてあげるから。


 但しそれは君への攻撃になるけど、構わないよね?


海人「・・・」


 そうだ、ここでメニューを手に取ってもう少し沈黙を作ってあげよう。


 俺って悪い子だなぁ、でも仕方ない。


 欲望は抑えると良くない気がするもの。


 と、とことん自分勝手に事を運ぶ。


 少し咳払いして、声をかける。


海人「見てこれ、美味しそうホラ」


 カルボナーラ風焼うどんと言う商品の写真を指差し、桑藤さんに見せる


桑藤「初めて見た」


 おぉ、期待を裏切らない。


 はじめてだったかやっぱり。


 「ピピピピーピーピピピ」


 お、斎藤さんのベル。


 見るついでに、桑藤さんの名前を確認したい・・・。


 が、ここで確認する訳にはいかない。


 隣 に い る し 桑 藤 さ ん 。


 かと言って今席を立ち、トイレへ行く事もできない。


 注文来ちゃったら俺が支払いできなくなっちゃう。


 うーぬぬぬ、斎藤さんめ毎回毎回・・・。


 俺の敵なのか君は!


 もういい、無視しよ。


桑藤「・・・」


 ポケットからベルを取り出し、内容も読まずサイレントにする俺。


 そしてカバンを下ろし、ベルを投げ入れる。


 桑藤さんは俺が何でそんな事してるのか不思議だろう。


 君の為だよ・・・なんて、キザなセリフは言えないな。


 チラっと桑藤さんを伺う。


 すると桑藤さんは曲目を眺めている。


 曲目、当時のカラオケはLDカラオケと言うものから通信カラオケに切り替わった時期で、この2つが一体になっているものも存在した。(第一興商のDAMなど)


 そしてデンモクと呼ばれているリモコンも存在せず、曲目もしくは目次本と呼ばれるデカい本から自分の歌いたい曲の番号を探し出し、カラオケに入力する仕組みだったのだ。


海人「なんか入れる?」


 歌いたい曲でも考えているのかなぁと思ったのでそう言ったのだが、桑藤さんはカラオケが初めてで何も知らないはずなのに、その事を俺は忘れていた。


桑藤「入れる?」


 ・・・そこまでわからないのか。


 興味のない事に関しては、とことん興味がないらしい。


 無言で曲目を開き、桑藤さんの前に置いた。


海人「コレね、こうやって曲に番号があるんだ。 歌いたい曲をこの本から探して、リモコンで入力するんだよ」


 リモコンも見せてみる。


桑藤「・・・」


 何も言わないで見入っている。


 するとペラペラと曲目をめくり始める桑藤さん。


 歌いたい曲でも思いついたのか?


桑藤「三波君はどんなの歌うの?」


 おや・・・流し読みしていただけなのか?


 聞かれたからには答えねばなるまいな。


 曲目は今、桑藤さんの目の前にある。


 目線を煩わせぬよう、俺が近づくしかないなー、うん。


海人「そうだなー・・・」


 と言いながら左肩をグッと桑藤さんの右肩へ寄せる。


 右手でページを表紙側まで一気にめくる。


 俺の左手は桑藤さんのお尻の横でソファーに手をついてる。


 かなり近いよ桑藤さん。


 どう? ドキドキする?


海人「初めの方のページに新曲とかが乗っててさー」


 新曲のページを上から指でなぞり、知っている曲が無いか探す。


 ・・・ふりをするだけ。


 ここで一発、攻撃を仕掛けてみるか。


海人「んー、桑藤さんホントいい匂いする」


 今の姿勢のまま、鼻を桑藤さんの首元へ少し近づけ匂いを嗅いでみる。


桑藤「あっ」


 反射的に肩をすくませる桑藤さん。


 そして俺はすぐにやめ、また曲目を指でなぞり始める。


 桑藤さんの左手は、右手首の位置からひじの位置まで移動し、今、二の腕の方まで上がりつつある。


 普通の人なら既に「近い」とか言って嫌がるタイミングだよ桑藤さん。


 彼女の頭が俺側へ傾いているのに気が付いた時、


桑藤「恥ずかしいよ」


 それはこの距離の事を言っているのか、匂いを嗅がれる事を言っているのか。


 目線をこちらへ向けていないので、まだ嗅がれていると勘違いしているのかもしれない。


 何にせよ攻撃をやめるつもりはないが。


 しかしまさか、素直に言葉で伝えて来るとは、勢いをつけすぎたか?


 でも今の桑藤さんがどんなになってしまっているのか解ってしまって、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。


海人「流行ってる曲はあんまり聞かないから、新曲の所は名前知ってても歌えないのばっかだなー」


 ゆっくりと次のページをめくる。


 実は知っている曲も記載されているのだが、なんかもう今の状況が楽しすぎるので曲目も桑藤さんのセリフも無視する事にした。


 「コンコン」


 お、オーダーの事を忘れてた。


 店員のおねえさんがドアを開ける。


お姉さん「失礼します、お待たせいたしました」


 目を離した隙に、桑藤さんが何故かほんの少し前かがみになっていた。


 桑藤さんの手はピンと伸ばされ、手のひら側の手首が膝に当たるような姿勢になっている。


 しかも指が膝に触れないような感じでL字に手をクンと上に上げている。


 手、攣らないのソレ。


 俺がそれを確認した直後、桑藤さんがかかるくお辞儀のようなリアクションをとったので俺も、


海人「ありがとうございます」


 と店員さんにお礼をする。


 店員さんがオーダーを机に並べ終わるまで沈黙が流れる。


 ブレイクタイムだなコレは。


お姉さん「800円でーす」


 俺はポケットへ移していた財布を取り出し、千円を店員さんに支払う。


桑藤「あっ」


 桑藤さんがどんな反応をするのかが楽しすぎる。


 目は合わせてあげないからね。


 店員さんはポーチからお釣りを取り出す。


お姉さん「はい、200円です。 ごゆっくりどうぞ」


 俺はストローを包んでいる紙の包装を破き、ストローを取り出し、カルピスの入ったグラスに挿し、桑藤さんへ渡す。


 はい、君が頼んで俺が支払ったカルピスだよ。


 目も合わせずに桑藤さんの前へ置く。


桑藤さん「三波君」


 流石にこの状況だと、名前を呼ばれたら目を合わせるしかない。


海人「どしました?」


 両眉をあげて聞いてみる。


桑藤さん「カバンを取って欲しいのだけれど」


 右手で真っ直ぐカバンを指さしている。


 早くも身動きが取れない事に対して手を打ってきた。


 ・・・しかし、逃がす訳にはいかない。


 でも俺は既に対処を考えてあるんだよ桑藤さん。


 君はきっと財布を取り出そうとしているのだろうが、そんな事をさせる訳にはいかない。


 そしてそれを阻止しようとしている事も悟られない為に、こんな質問を準備していたのだよ。


海人「あ、トイレ行く?」


 そう言って俺は軽く腰を浮かせる。


桑藤「んーん、そうじゃなくて、お財布を取りたいの」


 ハイそのセリフを待っていました。


 完全に策にハマってくれて本当に嬉しいよ。


 でもそう言ったら、もう俺がなんて返すか解らない子じゃないよね?


海人「あぁ、さっきの支払いなら、多分クレープのセットより安いし良いよ」


 受け取る訳ないじゃん桑藤さん。


 クレープセットよりは断然高い支払いだったが、君が委縮するなら安い買いモノってもんですよ。


桑藤「良くないの!」


 あれ?


海人「え?」


 桑藤さんが突然、今まで聞いた事のない声のボリュームで言葉を発した。


桑藤「海人君ばっかりそんなことしたらダメなの! 今日だって私のお礼なんだよ!」


 う、不満をぶつけてきた・・・。


 まさかこれは・・・マズいぞこの空気は。


 予想外だ、想定していなかった。


 ここまで強く反撃してくるとは。




 クッフフ・・・。




 そうですか、では、全力で手合わせ願おうか。

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