駅の下の乙女達
土曜、朝からバイト、夕方からスタジオ。
日曜、朝からバイト、夕方からリスニング。
だが新しい曲を覚えるには心の中が騒がしく、集中できない。
桑藤さんだ。
・・・
金曜日に開催されたあの「歌う事の無いカラオケ大会」はその後、終始無言のままで終了のコールを待つだけだった。
ただ、桑藤さんの膝元は、じぃっと俺の方を向いていた。
何かの意思表示を感じてはいたが、きっとそれは友好の証か何かだと俺は勝手に思っていた。
怒ってはいるが、嫌いにはなっていないよと言ってくれている様にも思えた。
俺が注文したテーブルの上のしけったポテチ類は終了まで手を付けられなかったが、桑藤さんが「もったいないから」と、チョコレートだけ取り、半分を俺のポケットに、もう半分を自分のカバンに入れていた。
カルピスは結局、全部は飲み干せなかった。
そして帰り際、もちろん俺は駅まで桑藤さんと一緒なのだが、俺は駅の中に入らない。
海人「俺はここでまだ用事があるから」
用事なんて何もない。
何か後ろめたさがあり、俺は一緒の電車には乗りたくなかった。
何故であろうか、俺の降りる駅を知られたくなかったのかもしれない。
桑藤「うん」
駅の改札前につくと、横に並んで歩いていた桑藤さんは俺の方を向いた。
桑藤「・・・うん」
何のうんなのかは分かっていないが、でも俺はそれにはにかみで返した。
切符を買い、俺の前へ戻ってくる桑藤さん。
海人「じゃ、ガッコーでまた」
ポケットから手を出すが、いつもの様にはばいばいできない。
でも、手のひらは桑藤さんに向ける。
桑藤「ありがとう」
桑藤さんは、いつも通りのばいばいを見せてくれた。
・・・あの後に、俺へありがとうと言えるんだね君は。
そしてまた、そのありがとうがどういった意味で言われているのか俺には解らないよ。
一体今日は何の日だったんだ。
次に学校でどんな顔をして君に挨拶をすればいいんだ。
やっちまったぞこりゃ。
完全に失敗した。
・・・
でも考えろ俺、何も悪いことだらけじゃないんだ。
警戒して、いつも俺の斜め後ろからついて来ていた桑藤さんが、最終的には俺の横で一緒に歩いてくれていたではないか。
アレは俺が桑藤さんに近づいている証拠じゃないのか?
桑藤さんに近づく?
・・・一体俺は何のためにこんな事をしているんだっけか。
こゆちゃん、そうだ忘れてはいけない。
俺はこゆちゃんといつ何時どんな事になっても大丈夫なようにする為、桑藤さんの身体でトレーニングをしなくてはいけなかったのだ。
こんな事で・・・俺はけつまづくのか。
桑藤さん攻略は、サクっとできなければ先に進まないのに。
しとやかな桑藤さんを選んだのは失敗だったかもしれない。
そもそも俺は、女の子がみんな同じだと思っていたのかもしれない。
それがギャルでも、天然ちゃんでも、石井さんでも、石崎さんでも、斎藤さんでも。
そんな訳ないのに。
何なら既に、石井さんとの間で線引きをしていたではないか。
自分とは違う世界で生きている子だと思っていたじゃないか。
石井さんが大丈夫でも、桑藤さんにはダメな事はあるだろう。
そうだ、だから桑藤さんを選んだんじゃないか。
解っていたから、だから選んだんじゃないか。
多少したたかな態度を取られたからなんだ。
人生が終わる訳じゃないし、全然まだ修正できる。
まだ、新しい結果を出せる。
良い結果が出るまで、おみくじを引き続ければいいんだ。
ただそれだけだ。
桑藤さんは俺に対し、恐らくまだ危険視はしていないと思う。
君を、もっと知らなければならない。
こゆちゃんとイチャイチャする為にはとても遠回りだが、攻略には最も成功には近い道だと思う。
あぁ、急がば回れ、なんて言葉があったっけな。
海人「桑藤さん・・・」
そして睡魔に意識を盗まれる。
・・・
月曜の朝、意外と頭の中はスッキリしていた。
何も考えないで天井をしばらく見上げる。
完全に目が覚めた時、まだ鳴っていない目覚ましを止めておく。
取り敢えず起きて、取り敢えずカップスープを作り、取り敢えずテーブルに座る。
そして時計を見ると、いつもより一時間も早く起きていた。
あ、どうりで誰も居ない訳だ。
腹が減ってないから、このまま支度をしてもう家を出ようと考える。
そして身支度を始める。
いつもならない音を出しているせいか、親まで起きてきた。
不思議な朝、いつもと違う月曜日。
今日の朝食はコンビニパンだな。
と考えながら家を出る。
少し外が暗い気がする。
普段より駅へ向かう人の数が少ない。
コンビニ前には大きなトラックが止まっている。
いつもと違う風景、不思議な感覚。
コンビニでスペシャルサンドとパックのフルーツ牛乳を買い、駅へ向かう。
レシートはポケットの中へ、ん?
昨日のチョコレート。
・・・桑藤さん。
気まずいな、会うの。
そう考えた時、駅へ向かっていた足が止まる。
ふう、さてさてどうしたものか。
ずっと立ち止まっている訳にもいかず、駅へ向かう。
どうしよう。
電車が来たので乗る。
どうしようか。
駅に着いてしまう。
こんな時間に来てしまったが、学校は開いているのか?
開いてはいるか。
駅の階段を降りる。
海人「おっと」
反対ホームの階段から降りてきた子に足を踏まれた。
足を踏んだ子「あっごめんなさい、あっ」
どんどん降りてくる人達にぶつかってしまう女の子。
海人「あー、大丈夫だから、出ましょう」
改札に向かえと手を伸ばす。
するとその子は素直に俺の前を歩きだした。
この子、大分ちっちゃいな。
こゆちゃん程ではないかもしれないが。
多分「155あるもん!」とか言い張るタイプの子だ。
多分ね。
とか考えていたら何故かにやけてしまう。
俺の足を踏んだ子が改札を出た瞬間、誰かに手を振っている。
足を踏んだ子「としー」
おや、あそこにいるのは石崎さんでは?
トシ?
あ、石崎さんって確か寿江・・・。
トモダチ??
石崎「ちゃこー・・・と、三波君?」
そりゃ驚くわな、俺も驚いてますから。
海人「おはようございます、今この子に足踏まれました」
高い位置から指を下に指す。
ちゃこ「ごめんて・・・」
友達の知り合いだという事を察したのか、態度が余所行きとは変わった。
そして明らかに伸長をバカにしている俺の態度への不満を表情に出してきた。
海人「登校にしては時間早くない? 俺もだけど」
チビの事はほっておいて、石崎さんに話題をふる。
石崎「この子ちゃこって言うんだけど、地元の友達で。 ちゃこのCD借りるついでに朝マックのポテト食べた事ないって言うから、おごろうかと思って」
今からマック?
最近の女子高生は何考えてるのか解らん。
それはそうと、朝マックのポテトを食べた事が無いだと?
けしからんな!!
海人「俺も行きます」
ジャンクフード大好きなので。
そして都合よく私、朝食食ってないもんで!
ちゃこ「はあ!? ヤダよ絶対にバカにしてくるもん!」
何だこのチビ、何か日本語喋ってるぞ。
海人「君は、さっき、俺の靴を踏んだね?」
頭のてっぺんを摘まむ様に手を置き、細目でガンくれてやった。
謝罪はされる事があっても、拒絶される筋合いはないぞチビ。
ちゃこ「っくー、卑怯なヤツ!」
何が卑怯だチビ。
黙って同行させなさいチビ。
ちゃこ「絶対チビとか思ってるし」
解ってるじゃあないか。
海人「ほいだら、行こうか」
チビの声は届かないなぁ。
背が低いから仕方ないよなー、遠いから届かないなー。
石崎さんはちゃこちゃんの反応を見て面白がっているようだった。
ちゃこ「無視するのかー!」
子犬はホント吠えますなぁ。
そしてその子犬は、人にぶつかった。
前見て歩かないからそうなる。
ちゃこ「あっごめんなさい」
石崎と海人「あっ」
そこに立っていたのは、桑藤さんだった。
桑藤「・・・?」
桑藤さんは、突然突っ込んできたチョロQを新種の生物かの様に眺めている。
そしてやはりチビのせいか、声が届いていないようだ。
海人「おはよう」
偶然が重なり過ぎる。
そして今日朝一のイベントが、今日一の問題であった「桑藤さんと顔を合わす」になるとは当然予想もしていない。
桑藤「あ、おはよう」
彼女はだいぶ落ち着いた声のトーンと表情だ。
ちゃこ「また知り合いぃ?」
お前は反省する事を覚えろチビ。
石崎「桑藤さんも早いね」
桑藤「あ、おはよう」
石崎さんの存在に今気が付いたらしい。
桑藤さんはこんなに早くから駅前で何をしているのか・・・。
この状況でほっておく訳にもいかずだな。
海人「よし、桑藤さんも行こう」
チョップの様なジェスチャーで、行先を指す。
桑藤「え?」
すべてが突然すぎて混乱しているらしい。
当然だわな。
ちゃこ「勝手にメンバーを増やすな! ドラクエの主人公かって!」
なんだ、この子猿はツッコミもできるのか。
桑藤「なんか、迷惑そうだから良いよ」
あーあー、このチビは全く。
ちゃこ「ちが! そうじゃないよ!! そーゆーんじゃない!」
ザマミロ靴踏みチョロQめ。
石崎「何人いても一緒でしょ、いこー桑藤さん」
桑藤「あ、うん、行く」
先にスタスタと歩き始める二人。
お前のせいだぞとチビに睨まれる俺。
何なんだ今日の始まりは・・・。
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