第12話 罪人との向き合い方

寄田敏郎よりたとしろうさんですね? 少々お話を伺いたいのですが、署までご同行願えますか?」


 翌日の夕刻。真一郎は寄田の自宅を訪れた。

 古びたアパートの一室から現れたのは中肉中背の男だった。髪の毛は薄くなっていないが、真っ白だ。


「わかりました」


 驚いたことに寄田は抵抗することも嫌悪感を示すこともなく、すんなりと要求を受け入れた。罪が明るみになることを覚悟していたのかもしれない。

 それから間もなく、署へと着いた。通したのは魔犯課の隣にある専用の取調室だ。魔法の行使が抑制される結界が施されているため、簡単には逃げられない。


「それではまず確認から行います。寄田敏郎さん、五八歳。現在はアルバイトをして生計を立てているということですが、間違いないですか?」

「はい」


 恋南の事務的な質問に、寄田は抑揚なく返事をした。それから一課の恭子が調べた彼の経歴を一つ一つ確認していった。

 寄田はかつて飲食店を一人で経営していた。妻には先立たれ、子どもも流産で亡くしている。一人で生活する分には細々と店を営業しているだけでも食べていけたようだ。

 しかし去年の景気悪化が彼の生活を襲った。店を畳み、借金の返済のために家財を売り払わざるを得なかったらしい。ホームレスになったのはそういう経緯があったのだ。


「ホームレス生活は長くなかったようですね。すぐに仕事を見つけて、あの集落から出ていったと」

「私の場合、一時的なものでしたから。もともと長居をするつもりもなかったんですよ」

「なるほどね。今の生活に不自由はないんですか?」

「別にこれといって不自由はないですよ。男一人の生計を立てるだけならなんとかなる」


 今までとは違い、寄田は流暢りゅうちょうに言葉を紡いでいた。なにかを隠すために口数を減らしていたというわけではないらしい。

 ならば選手交代と、真一郎は踏みこむ決意をする。


「そうですか。では盗みを働いたのは探し物のためですか?」


 寄田は一瞬驚嘆して見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。いや、心の整理がついてしまったのだろう。


「やはり悪いことをしたら見つかってしまうものですね……」

「ええ。魔法で犯罪を犯す人間がいる以上、それを認知している人間も多からずいるんですよ。我々はそういう特殊な事件を扱う部署の人間だ」

「どうりで私が犯人だとわかるわけだ」

「あなたの目的は売り払った家財の捜索ですね? それもかなり大事なもの……例えば奥さんの形見の指輪とか?」

「その通りですよ。流石は刑事さんだ」

「金銭目的ではないことはピクシーの犯行が物語っていましたからね。物盗りならアクセサリーを返したりしないし、金銭目的ならジュエリーショップよりも銀行を襲った方が早い」


 ピクシーの姿が見えない特徴を生かせば銀行強盗は容易く行える。わざわざアクセサリーを盗みの対象にするのは理に適っていない。アクセサリーは『換金』という術者自身の足跡が残るリスクがある。

 見えない使い魔を操っているのにわざわざリスクを犯す理由はない。となれば物を探していると考えるのが自然だ。


「なにより、ピクシーがどうして盗みを続けるのか違和感があった。ピクシーは貧しき者を助けるが、同時に怠け者にはポルターガイストを起こす。ずっと恵み続けるなんてあり得ない」

「それって……この前暮海さんが言っていた」

「ああ、俺が気になっていた理由だ。貧しき者だが、怠け者ではない。金銭的には自立している。故に目的は物盗りではなく物探し。この特徴に合致するのはあなたのような『一度は落ちたが、今は違う人間』だ」


 真一郎は河川敷での聴きこみの段階で目星をつけていた。犯人は過去に大きなできごとがあり、なにかを失った人間であると。

 しかし寄田という男の背景がわからない以上、一つの的に絞って調べるのはリスクが大きい。恋南に推理を共有しなかったのもそういう考えがあったからだ。


「ピクシーを使ったのは夜な夜な宝石店を巡るわけにもいかなかったからでしょう。まあ、あと考えられるとしたら……あわよくば目的の品だけは盗んでしまおうというよこしまな心があったか」

「邪な気持ちがなかったと言えば……嘘になる。生活こそ普通にできていますが、指輪を買い直すほどの余裕はなかったですから。どうしても……見つけて取り戻したかった。唯一の家族との繋がりを」


 寄田は振り絞るように言葉を紡いだ。悪事に手を染める罪悪感とどうしても取り戻したいという衝動。言葉にはその葛藤がよく現れていた。


「あなたは『心の貧しさ』につけこまれた。そしてその貧しさがピクシーと呼応した」

「はい……そうです。仕事の帰りに不意に老人が現れて、私に一枚のカードを差し出したのです」


 寄田が机に一枚のカードを静かに置いた。カードには複数の妖精の絵が書かれている。ピクシーを召喚するための魔札スペルカードだ。九尾事件の魔札スペルカードは討伐と同時に消失した。現物を見るのはこれが初めてだ。

 自分たちが使っているものと酷似している。真一郎が使う銀魔法、恋南が使う武器魔法。同じようにこのカードには『霊操』の属性が宿されているのだろう。

 再び恋南が質問する。


「老人……ということは寄田さん、自分よりも歳が上に見えたのですか?」

「ええ。絵に書いたような紳士でしたから……七〇歳以上に見えました」

「名前やほかになにか言ってませんでしたか?」

「名前は確か……末堂って名乗ってました」


 恋南と真一郎の目が合った。一色希の供述と一致している。

 末堂という男が魔札スペルカードのブローカーであることは間違いない。老年であることが気になるが、魔術世界で外見の年齢は当てにならない。課長であるシャーロットでさえ、あどけない姿でありながら真一郎より歳上なのだから。

 今度は代わって真一郎が尋ねる。


「末堂と会った場所や時間は?」

「場所は新戸のビル街の路地裏でした。夜、人気ひとけがないところに突然現れて……それが一か月ほど前のことです」

「ほかになにか覚えていることは? どんな些細なことでも構いません」

「と言われましても……なにせ数分のできごとでしたから。いきなり声をかけられて、突然カードを握らされたんです。けれどなぜか受け取るのを拒めなくて……というやりとりをしたのは覚えてます」

「そうですか……」

「あっ……」


 詳しい情報を得られないと感じ、肩を落としたその時だった。寄田が閃いたかのように声を上げたのだ。


「なにか思い出したんですか?」

「ええ。役に立つかはわからないのですが……」

「それはこちらで判断します。言ってください」

「『あなたにイグナティウスの祝福あれ』……そんな言葉を最後に言っていたような気がします」

「イグナティウス……」


 初めて聞くワードだった。組織名かそれとも首魁しゅかいの名前か。いずれにしても調べる価値があると真一郎は直感した。


「あの……私の処罰はどうなるんでしょうか?」


 寄田がおずおずと尋ねてきた。語り終えた後に、質問したいことが溢れ出てきたのだろう。


「全ての取り調べが終わり次第、あなたの記憶は消されます。それが我々ができる唯一の処罰であえり、魔法犯罪への対処手段です」

「そうですか……あともう少しで見つけられそうだったんですが……それが処罰なら仕方ありませんね。また一から探すしかない」

「それなんですがね……」


 真一郎が一枚のプリントを差し出した。そこには今までピクシーが襲ってきた店名が記載されている。加えてピクシーが襲ってこなかった質屋の名前もあり、調査済みと未調査に分けてリストアップされていた。


「記憶がなくなってもそのメモがあれば見つけられるでしょう? まあ消された直後じゃ意味不明な内容に見えるかもしれないですが……見つけることに執念を燃やしていたあなたならきっと理解できるはずだ」


 真一郎は寄田の善性を信じようと思った。ジュエリーを盗むのではなく、返却し続けた。彼を魔法犯罪に駆り立てた衝動は『探し物を見つけたい』という純粋な感情。それを利用されただけだ。


「今度はちゃんと自分の金で買い直してください。悪事を働いて取り戻したんじゃ形見も浮かばれないでしょ。唯一の家族との繋がりなんだから」

「刑事さん……」

「また心の貧しさにつけこまれて事件を起こされると困るんですよ。うちは慢性的な人手不足なんで」


 皮肉のように聞こえる言葉。真一郎の本心でもあり、気恥ずかしさを誤魔化すための方便でもあった。

 直後、ノックの音が聞こえた。振り返ると課長であるシャーロットの姿があった。彼女としても聞きたいことがあるのだろう。魔犯課が追っている事件で話が通じる犯人は貴重なのだ。


「それじゃあ、自分はこれで失礼。あと頼みます」

「ああ、任せてくれたまえ」


 シャーロットとすれ違い、真一郎は取調室を後にした。事件が一つ解決して肩の荷が下りたのか、すぐにでも休みたい気分だった。

 そんな真一郎の意思を阻むように背後から足音がする。恋南だ。


「捕まえるのを一日待ったのはあの書類を作るためだったんですね」

「再犯とかは勘弁して欲しいからなー。あんなペラ一枚で再犯防止できるなら安いもんだろ?」


 振り向いて真一郎はニヒルな笑みを見せた。疲れているようにも悪ぶっているようにも見える。

 だが……


「そういう建前はいいです」

「建前って……お前なぁ」


 相棒である恋南には見抜かれていた。真一郎には犯人を哀れみ、同情する心があると。


「ああ、そうだよ。あの人の心を救いたかった。記憶を消すという方法でしか刑罰を与えられない以上、できることはしておきたかった。心が救われれば悪事が減る……って少しは信じてるんだよ、俺も。甘いと思うか?」

「いえ、そんなこと。それを聞いて私も少し吹っ切れました。やっぱり記憶を消す処罰に納得できてない部分もあったので」


 久しぶりに相棒の晴れやかな顔を見た。ずっと一色希の一件のことを考えていたのだろう。

 真一郎自身、今の処罰が正しいかどうかはわからない。けれど現場の人間である以上、どこかで折り合いをつけなければならないのだ。


「そうか。まあ全員が全員、こうはいかないってことは頭に入れておけよ?」

「はい!」


 「心を救えるなら救う」──それが彼らなりの魔法犯罪者への向き合い方なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シルバー・バレット── 魔法犯罪事件捜査課 鴨志田千紘 @heero-pr0t0zer0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ