第11話 紅の騎士──レッドライダー

 深夜。二人が赴いたのは新戸に残った最後のジュエリーショップだった。以前、恋南が張りこんでいた方の店である。大通りに車を停め、車内で異変が起きるのを待つ。


「現れますかね、ピクシー」

「やつは現れるさ。物探しをしているなら、くまなく調べるはずだ」


 先日の事件の後、盗難に遭った品は返却されていたということをシャーロットから聞かされた。つまり、まだ目的の物は見つかっていないということになる。

 ピクシーが現れるとしたら、残ったこの場所以外はありえない。同時にそれは魔犯課に後がないことを表していた。今日捕まえることが叶わなければ次にどこに現れるかは絞れない。隣町かはたまた市を跨いで犯行を繰り返すのか。


「さあ……こい」


 真一郎はじっと店のガラス扉を睨む。その折だった。助手席の隣が声を上げたのは。


「暮海さん! あれ!」


 恋南が指差した先は向かいのビルの屋上だ。ジュエリーショップの真上である。

 揺らめく紅い影。武器を携え、馬にまたがる姿はまさしく騎士であった。


「マズい……! 恋南、降りろ!!」

「はい!」


 二人は咄嗟とっさの判断で車から飛び出す。次の瞬間、車は燃え上がり爆散する。あの騎士が炎を放ってきたのだ。


「『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』──activating combat mode!」

「『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』──activating combat mode!」


 恋南と真一郎は魔札スペルカードをリストに読みこませ、変身した。幸いすでに結界は張ってある。戦い躊躇ためらう理由はない。


「何者だ? その姿……魔術師か?」


 真一郎は降り立った紅の騎士に問う。近くで見ると、自分たちの鎧魔法と酷似した姿をしていることがはっきりとわかった。

 騎士が使ったのは九尾と同様、炎魔法による攻撃だ。幻霊獣ホロウビーストらしき姿は見えないとなると本人が行使したのだろう。


「答える義理はねぇだろ。テメーはここで死ぬんだからな!」


 兜の越しのくぐもった声。口調は荒いが、声の響きは重くない。何者なのか。男なのか女なのかさえ判別がつかない。


「敵であることは間違いないようですね」

「ここにきたということはピクシーの術者の仲間のようだな。さっさと倒すぞ」

「倒す? 上等じゃんか!」


 紅蓮の炎を纏った騎士が剣をたずさえ、突進してくる。迎え討つように『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』がブースタースカートを吹かせて衝突する。


「力技で押そうってか!!」

「くっ……!」


 剣と剣のつば迫り合い。お互いが一歩も引かない拮抗勝負に見える。


「そこだ!」


 決着が着くのを待つつもりなど毛頭なかった。『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』は跳び上がり、足が止まっている騎士目がけて銀弾を発射する。

 だが……


「なめんじゃねぇ!!」


 瞬間的に剣の火力を上げて恋南を吹き飛ばし、勢いそのままに銀弾を斬り払った!


「テメーが援護すんのかよ! 男らしく向かってこいや!」

「……手練れですね」


 空中で体勢を整え着地した恋南がぼそりと呟く。それと同時だった。後方のジュエリーショップに赤い光が点滅したのは。


「恋南、次の俺の攻撃に合わせて離脱しろ」

「でも……!」

「俺たちの仕事はこいつの相手じゃねぇ。ピクシーの術者を捕まえることだ。そしてこの場であいつの追跡を振り切れるのは『白き衝動アンピュルシオン・ブランシュ 』──お前だ」


 ここで尻尾を捕まえられなければ、次の犯行は予測が厳しくなる。対して紅の騎士は脅威だが、この場で倒す必要がないのだ。


 ──いや、一回の戦闘で倒せるような相手じゃないな。だからこそ優先すべきはピクシーだ。


 仮面の下で嫌な汗が伝う。それでも真一郎は気丈に振る舞うことに努める。


「なあに、こいつ一人くらい足止めしてやるよ」

「なに喋ってんだ、おい! ビビってねーでさっさとかかってこい!」

「お前の煽りに乗ってやれるほど暇じゃないんでね!」


 煽るように剣の切っ先を向けてくる紅の騎士。『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』は挑発に応じず、躊躇いなく銀弾を放つ!


「ウザいんだよ! 距離取ってバンバン撃ちやがって!!」


 銀弾を連射するが、ことごとく剣で受け流される。突撃してくる騎士──その距離は目視で五メートル! 間もなく剣の間合いに入る。


「今だ! 恋南!」

「はい!」


 ロングソードの大振りの一撃が見舞われる瞬間、一陣の風のごとく恋南が駆け抜ける!


「効かねぇな!!」

「残念。俺たちの狙いは最初からお前じゃない」


 両腕で剣戟けんげきを受け止めながら真一郎が答える。

 騎士の鎧はこぼれず、無傷。当たり前だ。恋南は剣戟を与えていないのだから。


「な!? クソ! いかせるわけねぇだろ!!」

「いかせねぇのはお前の方だ! カードドロー!」

「『銀糸の弾丸ストリング・バレット』── activate!」


 腰のホルダーから飛ばされたカードを真一郎は即座にリストに読みこませた。右腕と同じように左腕が肥大化する。腕をワイヤーガンに変換したのだ。


「散々煽ってくれた礼だ! 受け取りやがれぇ!」


 糸を引いた銀弾が離れていく騎馬を取り囲んでいく。ワイヤーが限界まで引き延ばされると同時に、恋南を追う紅の騎士の動きが止まった。

 チャンスは今だ。真一郎はワイヤーを巻き戻す力を利用して急接近する。機動力の要である騎馬を右手が掴んだ!


「一撃で決める! 炸裂の──」

「そうこなくちゃなぁ!!」


 騎馬の動きが止まっても騎士を拘束するものはない。『獣を狩りし銀の弾丸シルバー・バレット 』の右腕目がけて炎の剣が振り下ろされる。まるでこの瞬間を待っていたと言わんばかりに嬉々として。

 パイルバンカーのインパクトが決まる──その手前で紅の騎士が剣で射出機を砕いた。放たれなかった銀弾が暴発し、二人を吹き飛ばす!


「クソっ!」

「やってくれたな、テメー!!」


 紅の騎士が立ち上がる。兜の奥の瞳が真一郎を睨んでいた。鎧の火が燃え盛り、傷を塞ぐ。


「こいつ……!」

「おもしれぇ! おもしれぇじゃん! さあ、続きを──」


 かたわらの騎馬に跨ろうと手をかけたその時──それは消滅した。


「なに……? どういうことだ?」

「チッ! 掠っただけでも大ダメージかよ」

「お前まさか」


 紅の騎士は無傷かに思えた。しかしそれは即座に否定される。騎馬に銀弾が効いていたのだ。であるなら考えられる理由は一つしかない。


「今日はこれくらいにしといてやる! どうせ仕事は失敗だしな! じゃあな!!」


 それだけ言うと騎士は跳躍して夜闇の中へと姿を消した。

 真一郎は変身を解除し、自分の右手を見やる。大剣と爆発が直撃した痛みはあるが酷い怪我ではない。ダメージのほとんどが装甲によって遮断されたようだ。


「イグナティウスの手先だったか……」


 組織立っての犯行である以上、刺客がくることは真一郎も想定していた。しかし自分が圧倒されるほどの術者を抱えているとは。イグナティウスが底知れない組織であることを改めて実感した。

 そんな時だった。リストに着信がくる。相手は恋南だ。真一郎は思考を切り替えた。紅の騎士の件については後で報告を上げ、シャーロットと対策を考えればいい。


「ピクシーの術者がわかりました。やはりヨリタです」

「そうか……尾行ご苦労さん」

「このまま捕まえますか?」


 真一郎はしばし逡巡しゅんじゅんした。ヨリタが犯人だとしたら、金銭目的による盗みではない。なぜなら彼は


「いや、今日はいい。俺もまだ調べたいことがある」

「そう……ですか」

「そんな気落ちすんな。明日にでもしっかり捕まえるさ」


 魔法犯罪を行った人間の記憶は消さなければならない。動機を調べずに現行犯で捕まえるのは簡単だ。

 しかしそれではヨリタという男は救われない。犯人の心のもやはなるべく晴らすべきなのだ。それが再犯を起こさない唯一の手段だと真一郎は信じていた。

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