第13話 肉球

 おじいさんは「よろしくね」と俺たちに声をかけて家まで戻っていった。


「今日は軽く掃除して帰るか」


「神さまを前にしてよくそんな飄々ひょうひょうとしてられるな」


 呆れた千代に俺は肩をすくめた。


「子犬サイズのもやしか見えないんだからどうしようもないだろ」


 祠に向き合うと、もやが上に移動していった。千代が肩から飛び降りて長老の横に並ぶ。

 何が起きるのかと見ていると、もやがすごい勢いで衝突してきた。思いっきり顔を殴られて地面から体が浮いた。


 地面に叩きつけられる、かと思ったが倒れた先にはもふもふの毛皮が敷き詰められていた。

 はっと見渡すと祠を守るようにして巨大な狼が俺を見降ろしていた。


「良かったな、気に入ってもらえて」


「にゃ」


「二人とも何を笑ってるんだ?」


 狼の姿はすぐに消え去り、笑いすぎて地面を転げまわる千代の姿を見ながら俺は軽く掃き掃除を始めた。


 長老はそんな俺たちを見て満足そうに家の方向に歩き去っていった。


「暗くなる前に帰らなきゃいけないから、今日はこのくらいにして帰るぞ」


「じゃあ家の人に挨拶してから帰ろうか」


「おおかみさまにも挨拶してから帰れよ」


 千代に注意されて俺は恰好だけでも、と祠の前で手を合わせた。

 ソラちゃんの家に向かうと、おじいさんとソラちゃんが俺を見て大笑いしていた。


「ごめんごめん、ほらこれ……」


 ソラちゃんがスマホにキーホルダー代わりにつけているらしいコンパクトミラーを俺に向ける。姉ちゃんも二人の様子に不思議そうにしていたが、鏡には顔の半分に真っ赤な肉球の後がついた俺の姿があった。


「悪いものじゃないの、祠の掃除をする人はみんなどこかに小さな痣がつくんだけれど……」


「これ、消えますよね……?」


「そういう話は聞いたことはないかな」


 笑いすぎて涙目になっているソラちゃんにそんな事を言われて怒れるはずもなく、俺は姉ちゃんから「今日はソラの家に泊るから、お父さんお母さんにも言っておいて」とパシられることになったのだった。


 暗くなっていく帰り道を塀の上を走る千代を見ながら走っていると、不思議と疲れにくくなっていることに気づいた。


「何かすごい調子がいいんだけど!」


「お前零感だからそのくらいサービスしてもらわないと、姿が見えないって思われたんだな」


「見えなくてもお前がうるさいから掃除くらいならするけど?」


「そういう人間も最近は少ないってことだろ。有難くもらっとけ」


 どうやら俺は良いものをもらったらしい。

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