第11話 祠

「おいバカ」


「バカはお前だろ、クソ猫」


「年上を敬えガキ」


「うるせぇジジィ」


 まだ肌寒い中、千代に連れられて俺は竹林の祠を目指していた。

 ジャージに着替えて、バケツやタワシなんかの掃除道具を買いそろえて住宅地を歩く。

 街はずれにある竹林はよく猫集会が行われている場所だ。


 小学生の頃は俺もよく遊びに行っていた。

 いつの頃からか遊びに行くような友達がいなくなり、猫集会にお呼ばれした時にしか行かなくなってしまった。


 昔はネットで広まった噂が怖かったのだが、今は竹林が私有地だと知って怖くなり猫関連以外では立ち入らなくなった。


 その噂は竹林で酔っぱらったサラリーマンのネクタイがタケノコに引っかかり、竹の成長は早いため翌日首吊り遺体となって発見されたというものだ。竹って成長が早いよね、そういうオチだった。

 死体があったらどうしよう、そんな想像で一人でトイレに行けなくなってしまい今でも姉ちゃんに小馬鹿にされる。 


「なぁ千代、お前はそこんちの猫と知り合いかもしれないけどさ、人間が勝手に私有地に入って祠掃除とか下手すると捕まるんだけど」


「お前も知り合いだけど」


 ちゅ~るを提供したことでこちらを好意的に見てくれる猫はかなり多い。正直区別がつかないのにどうしろというんだ。

 千代が通訳をしてくれてはいるものの、猫の言葉なんて分からないのに。


 しおれた三毛猫のしっぽを追いかけながら竹林の持ち主の家に辿り着くと、そこには豪邸があった。歴史のありそうな日本家屋だ。


 インターホンに手を伸ばすが、門に閉ざされた豪邸。そんな所に、猫に頼まれたから掃除しにきました! 阿呆か。


「俺は別にいいんだぞ。捕まるのお前だし。俺はにゃ~って言っときゃ逃げれるし」


 躊躇している俺を横目に千代が呟いた。


「くそったれ猫め」


 もし、もしもカタギじゃないような人が出てきたら千代を置いて逃げよう。俺はそう決め、インターホンを押した。


 軽快な音がなり、老人の声で「はい」と返事があった。


 しまった。何て言えばいいのかなんて考えてなかった。

 緊張のせいで沈黙してしまった俺に「やれやれだ」と千代が言って、抱っこしろというポーズをとった。


 千代を持ち上げると、やつはインターホンに向かって気の良さそうなおっさんの声を発した。


「すみません、竹林にある祠についてお伺いしたいのですが……」


「あー、キツネさんの」


「はい」


「久しぶりにキツネさんのお客さんだ。少し待っていてね」


 インターホンはそれで切れたようで俺たちは門の前で待っていた。千代が得意げな顔で俺を見る。


「たまには役に立つな、千代」


「俺は常に役に立っている、お前と違って」


 そして開いた門の向こうから出てきたのは姉ちゃんだった。


「チョコちゃんがやたら外に出たがると思ったら、あんたお千代連れてきたのね」


 姉ちゃんはチョコちゃんと呼ばれた長毛猫を抱き寄せる。年よりのよぼよぼ猫、長老だった。


「何で姉ちゃんがここにいるの?」


「友達の家だから」


 姉ちゃんの言葉に合わせるように、扉からひょこっと出てきたのはソラちゃんだった。動画で見るよりも化粧は薄いが、その分いつもよりかわいい。


 手に持っていた千代と掃除用具を全部落として、そのまま地面に尻もちをついた。


「何、化け物でも見たような顔して。ソラ、こいつ私の弟」


「ほ、本物……?」


 俺を見降ろしながら、姉ちゃんは眉を寄せる。

 その隣で天使が微笑んだ。


「もしかして動画見てくれてるの? はじめまして、ソラです」


 千代がしてやったりとした顔で俺の肩に上った。ズシリと重いが、今はそれどころではない。


「秋音ちゃんと似てるね。……大丈夫?」


 そうソラちゃんに差し出された手を取り、立ち上がると俺たちは敷地内に招き入れられた。


「姉ちゃん、おじさんから連絡あったでしょ」


「何の話?」


「ソラちゃんが動画休止するって記事読んでたら、流出写真に姉ちゃんも映ってたからおじさんたちが父さんたちに連絡してたけど」


「あんたまた道場まで行って動画見てたの?」


 姉ちゃんは呆れたようだが、そんなの俺の勝手だ。


「あとさ、」長老を撫でながら姉ちゃんはジロリと俺を睨んだ。「ソラ”さん”」


「はい」


 思っていたよりもトントン拍子に千代から命令された『竹林の祠掃除』に着手できそうだ。

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