第10話 道場
俺が習い事のため、おじさんが待ち構えている道場に辿り着くと、建物の中からドンと床に人が叩きつけられる音がしていた。
おお、嫌な音だ。
長い石階段の上にある、古い歴史のある道場では空手・柔道のみならず、本人が望めばボクシングや剣道なんかも教えている。かなり広く、ただ雰囲気はカルチャースクールといった風で近所の人がジム代わりに通っている。
師範代は数人いて、全員がとても仲が良い鬼どもだ。
そのうちの二人が親戚だ。
一人は晴海(はるみ)おじさん、母の兄で、髪や目の色素が薄いこともあり一見して線の細い優男に見える。おばさんたちに人気で、晴海おじさん目当てで道場に通う人もいるくらいだ。
もう一人は、一(はじめ)おじさんだ。父の弟で、柔道を教えている。筋骨隆々の理性あるゴリラみたいな人で、性格も竹を割ったように真っすぐ。まさに男の憧れという人だ。
二人は町内でも人気で、俺も親戚ってだけで誇らしい。
ただ、そんな二人と親戚だから道場に行くのをさぼると父や母に連絡される。高校生になったら辞められるだろうか、少なくとも姉は「そんな青春は嫌だ」と習い事をやめていた。
時には、おじさんたちが連絡するよりも先にご近所ネットワークで迅速に母に伝わり夜歩きや門限が短くなったりする。
そうなれば趣味もできなくなってしまう。
「こんにちはー」
「「ふゆ! 遅いぞ!!」」
おじさんが声を揃えて俺に向かって吠えた。柔道と剣道を教えていたらしく組み相手もこちらを反射的に見ていた。
「へへ、ちょっと用事があって……」
「いいから早く荷物置いて、ストレッチしてこい!」
一おじさんの声に従って、道場にあがりこんだ。
ご近所さんが集まるカルチャースクールだからと言って馬鹿にしてはいけない。
週一で通っている俺とは違い、ご近所さんたちは平日ほとんど通っていると言っても過言ではない。
だから――。
「一本!」
試合形式で練習すると毎回床に叩きつけられてしまっている。それもよぼよぼのおじいちゃんに、だ。
このおじいちゃん、空手だ、柔道だって言っているのに合気道の技を使っているようなのだ。
ここ『秋水道場』では色々教えているので、結果的にジャンル問わずの試合となる。
全員が得意な技を繰り出すのだ。やる気のない俺が勝てるはずもない。
休憩時間に、俺は配信者ソラちゃんについて調べた。
憶測もありつつ色々なまとめ記事が出ていた。その中で『ソラちゃん配信やめるってよ!』というページをクリックする。
近くにいた小学生なんかはWi-Fiが飛んでいるのをいいことに通信対戦ゲームをしていた。
「ふゆ、お前、中学生にして負け癖がついてるようだぞ。何とかしないといけないね」
晴海おじさんが俺を見ながら、頭をわしゃわしゃと撫でた。
「そうだぞ。動画ばっか見てるより、走り込みでもしなさい」
今度は一おじさんがそんな事を言う。
俺はスマホの画面を二人に見せた。
「今日”は”動画じゃないよ!」
「――配信者の記事じゃねぇか!」
ガツンと、一おじさんが頭に拳骨を振らせた。
晴海おじさんにスマホを取り上げられた。スクロールして、ざっと内容を読んだようで、
「ストーカーで配信中止してるらしいね。本名や住所、学校名がダイレクトメールで送り付けられて、盗撮写真はネットにもアップされてるみたいだ」
「ふーん。配信者も大変なんだな」
「――返せって!」
二人で「へー」なんて感心しているおじさんたちからスマホを奪い返した。
「あ、ふゆ。さっきの写真、もう一回見せて」
「晴海、どうかしたのか?」
「何か、秋音ちゃんうつってなかった?」
「――は?」
なんでソラちゃんの盗撮写真に姉ちゃんがうつってるんだ? 晴海おじさんの言葉で、ネットで出回っているソラちゃんのいくつかの写真を確認する。おじさん二人もスマホの画面をのぞき込んでいた。
「学校で撮られてる写真のほとんどに秋音ちゃんがうつってるね」
「え、姉ちゃんと同じ学校にソラちゃんがいるの? は? ソラちゃんが姉ちゃんと同じ空気吸って生きてんの?」
ソラちゃんがこの同じ県内にいるらしいのは知っていたが、まさか同じ市内だったとは。いや、同じ言語圏に生まれたというだけで神に感謝している。
それが、姉ちゃんと多分クラスメイト!
意味が分からない!
混乱する俺をよそに、おじさんたちはどこかに電話を始めていた。話している内容から察するに父に連絡を取っているようだ。
長老猫はソラちゃん家に住んでいると言っていたが、まさか知り合いの知り合いだとは思わなかった。
それでも、猫や俺が何か動くより、大人がちゃんと解決してくれた方がソラちゃんも救われるはずだ。
その日、上の空になっていた俺は道場でいつもより多く床に叩きつけられた。
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