第9話 猫集会にて

 暖かな春の日差しを木々がさえぎり、そこだけぽっかりと冬になったかのような林に俺は座っていた。風がふくたびにとても寒く、手袋とマフラーは欠かせない。


 運動用のジャージに身を包んだ上にコートを羽織ってぶるぶる震える俺とは対照的に、集まった数匹の猫たちは局所的な日差しを浴びて暖かそうだ。

 雪はないとはいえ、まだ地面は湿っている所も多い。俺は定位置になっている大きな岩に座っていた。ここはいつも木陰だ。夏は涼しいので追い出されるが、今日のように寒い日は猫が率先して譲ってくれる。


 俺は千代をチラチラと見ながら、長老の悩みを聞いていた。長毛種の老猫は、ふっくらしたひげの付け根をもしょもしょと動かす。

 反応を見るに、長く生きて妖怪の域に達しているはずだが人間語を話す様子はない。


「子供が配信者やってて、ライバー?っての? やっててやめたくはないけど配信ができない事態になっているらしい」

「うんうん――要領を得ないね」


 千代が小首をかしげながら、内容を言うがよく分からない。俺は適当な返事をした。


「子供ってのは人間だろ、配信できない理由なんて色々あるじゃないか。仕事、学校、ゲーム、忙しくなる要因なんて山ほどあるだろ」

「そんな理由だったら相談してないだろう」

「そんなもんか」


 化け猫も人間の事情を汲んでくれるのか。


「事前に調べた所、お前がよく見ている動画に映ってたから今日この集会が開かれたわけだ」

「これ長老のお悩み相談会だったのか」


 というか長老は飼い猫だったんだな。家から出るなよ危ない、という軽口はギロリと目を光らせる若いキジトラ猫を見て飲み込んだ。俺が若頭と呼んでいるうすらバカ猫だ。


「俺が見てる動画っていっぱいあるけど、どれだ?」


 俺は長老の近くにいる千代に近づいて、スマホを見せる。とりあえず普段見ているY〇uTubeのホーム画面を見せて、オススメ動画を表示していく。

 画面をスクロールして、Vtuberだったりダンスの練習動画だったり、カード開封動画だったり色々な動画を千代に見せていく。


「これだ!」


 千代が画面を肉球でタッチした。

 ぺちり、と音がして画面に土汚れが付いた。俺はハンカチで汚れを拭き取りながら千代が示した動画を見た。


『今日はプチプラコスメだけでメイクしていくよー♪』


 メイク配信をしている現役女子高生配信者だった。

 『ソラ』という名前は本名らしく、ファンは皆『ソラちゃん』と呼んでいる。

 ギャルっぽい見た目ではあるが、本人曰く高校デビューらしく、どうすればオタっぽさがなくなるかだったり、髪の簡単アレンジなどが主な配信内容だ。とても助かっている。

 T〇itterでは深夜アニメの実況をしていたりオープンオタクであることが陽の者に憧れる学生層から人気を得ている。


「えーーーー!!! ソラちゃん配信できなくなったの!!?」

「お前ファンなのに知らなかったの?」

「ソラちゃんはキャスのライブが主な配信の場で、アーカイブを編集してをこっち(Y〇utube)に投稿してるから追い切れてないんだよな……」


 俺が呟いた言葉に、千代はため息を吐いた。


「なんだよ」

「長老の家に行き、何とかしてさしあげろや」

「無理に決まってんだろ」

「なんで?」


 長老はしょんぼりとしおれるし、若頭は怒りのこもった目で俺を睨みつける。千代は純粋に疑問を浮かべていた。


 俺はスマホの画面を落として、猫たちに背を向けた。


「これから習い事があるからだ」

「お前、ぼこぼこにされるだけじゃん」

「おじさんが教えてる所だからサボると母ちゃん父ちゃんに即バレるんだよ」

「とりあえず状況はお前の方で調べとけよ。何かあったら頼るってさ」


 千代が長老の通訳をする。長老だったら「何かあれば頼む」って感じだと思うが千代変換された言葉はどうにも荒い。


「はいはい」


 俺は軽く返事をして、林を後にした。しばらく若頭が何か言いたげについてきたが、俺は無視をしておいた。向き合うと不毛な争いが始まるからだ。

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