第8話 配信者
その日、いつも遠巻きにしているクラスメイトが私に意味深な視線を送る。山咲高校一年B組の教室はいつもと雰囲気が違う。私を台風の目のようにして噂話が巡る。
――ねぇ昨日の配信みた?
――ストーカーだって、怖~
噂話は昨日私が生配信が原因だった。ライブ配信とも言われ、視聴者はコメントを送り配信者とリアルタイムでコミュニケーションが取れる。
もちろんアンチ……肯定的ではないコメントを残す人もいる。
それはある意味で人気が出てきた事だと自分に説明していた。自分に興味がない人にも配信を見てもらえるようになった、そういうことだと納得した。
「ソラちゃん、大丈夫?」
ソラ。私のハンドルネームであり、本名である。呼ばれた方へ振り向くと、可愛らしい少女がいた。
親友、と言ってもいいだろうか。この学校で私が一番仲良くしている女の子は少し困った顔で私を見ていた。
出会った時「ああ、この子が配信やったらコラボしたいな~」なんて考えてしまうくらい元気でリーダーシップがある。何より本当にかわいい。
肩より少し長い髪は少し茶色がかっていて色素が薄い。吊り目がちな瞳もとても綺麗な茶色で、人形のようだと思った。それが、心配そうに私を見つめる。
「碓氷さん」
「秋音でいいって」
「秋音ちゃん」
これは入学してから今まで何度か繰り返している会話。
「どうしよう……私……」
「うん。皆の噂が聞こえてさ、」
私は秋音の言葉にすがりたくなるような気持ちになった。私を配信者ソラではなく、ただの女子高生である宇都宮ソラとして見てくれたのは、不安を理解しようとしてくれたのは彼女だけだった。
「私は配信?とかってよく分からないんだけど、警察に相談した方がいいんじゃない?」
「ダメだよ。今までにも似たような事があったけど全然、捜査なんてしてくれない」
昨日、配信中にTwitterにダイレクトメールが届いた。内容は体育の時間に校庭を走っている私を遠くから盗撮した写真だった。
配信中はコメントに集中するため、基本的にSNSは見ないようにしている。ニュースについて語ったりする時はまた別だけど。
そのコメントに、
――ソラちゃんの写真DMに送ったよ
――リアルで見るともっとかわいい
――郊外だと人がいなくて、夜は危ないんじゃない? 心配
というよく分からない内容が書き込まれ続けたのだ。そして件のDM(ダイレクトメール)を見れば私を遠くから盗撮した写真。
確認したのを見ながら送っていたのだろうか、そのまま通学路、バイト先、学校内と写真の背景は変わっていった。
反射的に顔を歪ませれば、状況がよく分からない視聴者たちが『どうしたの?』と心配のコメントを書き込んでいく。
すさまじい勢いで流れていく文字列の中には件の犯人から『喜んでくれて嬉しい』『サプライズ♡』というコメントがあった。
私は恐怖に突き動かされるように配信を切った。真っ暗な画面には引きつった笑顔の私がうつっている。
いきなり配信を落としたことをTwitterで謝罪した。
素直に盗撮した写真が送られてきたと書き込んだ。心配する声と共に有名税だと石を投げつけるようなリプライも飛んできた。
私は自分で言うのもなんだけれど、影響力がある。
結構かわいい、いや綺麗な感じかな。
彼氏もいて、リアルが充実した女子高生。憧れる青春を送っている、こうなりたいと思ってもらえる。それが私の、配信者ソラのアイデンティティだ。
画面にうつる角度や分かりやすい話し方、人に愛されるような笑顔、大衆に受け入れてもらえる話題。私の長所や短所を技術的に見え隠れさせながら、生まれたもう一人の私。
でも、ソラはソラで、彼女も私だった。
ソラも私も、現在は恐怖で頭がいっぱいだ。
震える私を見て、秋音は困ったように笑った。私を安心させようとしているようだった。
「私、しばらく配信休む」
騒動、まで発展していない。
ただ、この恐怖が治まるまで。ストーカーが私ではない誰かに的を変えてくれるまで。
その日、帰ってすぐに各種SNSに『しばらく配信をお休みします』とだけ書き込んだ。
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