第3話 友達問題
「碓氷」
中学二年――。授業態度の悪かったやつらは内申点に怯え大人しくなっていく季節。ポカポカと春の日差しが窓際の俺の席を心地よい温度に温めていく。
机の上の教科書に目を落として、そのまま、まぶたが重力に負けて視界が暗くなる。その暗さも眠るのには程よい暗さだった。
「うすい!」
誰か怒鳴られてるな、ぼんやりと目をつぶって耳だけ意識をそちらに持っていく。すると、背中をペンで叩かれた。
「おい冬雪! ……起きろフユキ!」
後ろの席は幼馴染、そして現状の義理の兄面をしている幼馴染だった。しぶしぶ振り向くと、やれやれと黒板の方を指さしている。
黒板の方を見ると先生がこちらを怒った顔で見ていた。しかもクラス中の視線が俺に刺さっていた。
「へへ、すみません……」
ヘラヘラ笑うと、先生は「気をつけろよ、内申に響くからな」と言った。
この社会の佐藤先生はすぐそうやって脅すんだ。
俺は頭がしゃっきりしてからも後ろの席からペンで背中をペチペチと叩いてくる幼馴染――不知火 徹(しらぬい とおる)を横目でにらんだ。
そんな俺を佐藤先生がギロリとにらむ。俺よりも徹を怒ってくれよ!
そもそもこんな暖かな日差しで眠らない方が無理というものだ。怒るなら春の陽気を怒ってほしい。
今日一日はそういう日、睡魔に憑りつかれた日だったようで、数学も国語もうっかり眠ってしまった。
「徹、すまん。正直目覚ましとしてかなり役に立ってくれたな」
放課後、人がまばらな教室で徹に遠回しなお礼を言った。すると奴は照れたように頭をかいた。
「いやいいんだ。俺も兄貴としてのメンツがあるからな」
こいつが照れたのは俺が珍しく礼を言ったからではない。俺の姉ちゃんとの結婚生活を想像したためであろう。想像したくない。
「そういえば、お前変な噂が流れてるけど大丈夫なのか?」
思い出したように徹が言う。ドキリと心臓が跳ねた。周囲にバレていないか冷や汗が止まらない。
「へぇ、どんな?」
思い当たることが多すぎる。休みの日や放課後、深夜の時間帯にはいつも近所の心霊スポットまで動画を撮りに行っている。
その時の服装も問題だし、こいつには一度――いや二度それを見られている……。
「何か猫のパシリしてるって聞いたけど」
「猫のパシリ? むしろ猫をパシってっけどな」
頭によぎるバレてはいけないアレやコレ。心配しすぎたようで安心した。
「お千代さんと一緒に近所の猫の困りごとを解決して回っているって」
「ああ、まあな。あいつらに借りを作ると面倒なんだよ。付きまとってくるし」
猫のおやつから、飼い主に猫の好みを教える便利屋として確かに猫にアゴで使われている。
その時に知ったのだが、千代は化け猫で近所の猫とは立場が違うらしい。千代は猫にも敬われているようだったのでボスかと思っていたが、やつは『相談役』だそうだ。
「その、受験のストレスとかあるなら相談してくれよな。受験に関しては同じ立場なわけだしさ」
「……そうするよ」
「あとな、お前……人間の友達作れよ……」
幼馴染がいるではないか、と思ったがそういえばこいつ以外に親しい友達がいない事に言われて気づいた。
俺……友達少なかったのか……。
「――って事があったんだけどさ。どう思う?」
「小さい頃のお前の話し相手が俺だって時点で、お前は友達いないよな」
「不知火ん家の徹がいるじゃん。幼馴染の親友」
ひねくれた三毛猫、千代は俺を冷めた目で見つめた。場所は街はずれの墓場である。土葬の盛り土などもあり、不気味な雰囲気だ。
親戚が眠る墓場で千代と一緒に、だべっていた。
「そいつはお前の兄貴になる運命だぞ」
「まだ先の事は分からないだろ!」
「お前の姉ちゃんが、逃がすわけないだろ」
千代がそう言い切った。ストーカー行為をすることはしなくなったらしいし、徹から話を聞くに束縛とかもしていないようだ。
だから恋する暴走女の熱も鎮火したのかと思っていたが……。
「何か知ってるのか?」
「ああ……まあ……」
猫が口ごもる。
千代が話せることは姉ちゃんはまだ知らない。
だからこそ、俺が知らないさらなる闇をこの猫は見ているのかもしれない。
「友達……友達ねぇ」
俺は空を見上げる。手土産がてらに親戚の墓に置いた線香の煙が青空に吸い込まれていった。
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