第2話 化け猫千代と俺
「ちょっと相談のってくれるか?」
ある冬の日、少年が近所で評判の老いぼれ猫に話しかけた。
千代は、しゃがれた声で「ニ ャ ア ァ ァ」と鳴き、立ち止まった。
少年は猫の高さに合わせるようにしゃがんだ。ただ、目だけは合わせなかったし、無理に触ろうとはしなかった。
老いぼれ猫は少し関心したようだ。
「お前、猫に知り合い多いよな。ボスだもんな」
「んにゃぁん」
今度は可愛らしい声。
「山の心霊スポットにいた女の子なんだけど、知ってるか?」
「にゃん♪」
「猫に囲まれてるからもしかしたら知り合い? 顔は見えなかったけど、忘れられなくて……。これって恋かなぁ?」
「……んニャ……」
老いぼれ猫は今度は哀れなものを見るような目で少年を見た。
これは何か知ってる!
そう確信した少年は藁にもすがる気持ちで、老いぼれ猫に言った。
「会わせてくれたらお前の飼い主に聞いて好物全部買ってやる!!」
老いぼれ猫は近所でも評判で、彼の幼馴染の家で代々飼われている。人は代わるのに猫はそのまま。化け猫と評判なのだ。
事情を知っている人は人間と同じように扱うこともある。
「頼んだぞ、千代さん!」
「……ん、んにゃん」
「おいお前。近所の奴に見られるなっつったろーが」
学校から帰ってきて姉ちゃんの部屋を物色している時におっさんの声が降ってきた。
「近所の奴って誰だよ……、まあ俺だって分かんないだろうからいいけど」
「――お前の幼馴染だよ」
「……まじ?」
「真剣に恋してるかもってさ」
俺は思い返す。
チキンすぎる幼馴染のことを。
心霊スポットになんか絶対に行かないような奴が、またどうして。
「――お前会いに行けよ」
「短い付き合いだが、お前のことは姉ちゃんのことより知り尽くしているぞ、千代」
「ふん」
「――てめぇ、買収されたな……! 銀のスプ○ンか? ね○元気か? プチボ○ボ○か!?」
千代はスッと息を吸った。
「 す べ て だ 」
その言葉には今なおボス猫として君臨している千代の人生と修羅場をくぐっている猛者の力強さがあった。
俺は迫力に押され、協力することにした。
これからも趣味を遂行するためにこいつに貸しを作っておくのも悪くない。それに俺だって客観的な女装のレベルを知りたいというのもあった。やるなら完璧を目指すぜ。
「よっし。協力してやるが、かなり難易度高いぞ」
「ああ、分かってる」
俺たちはまずお互いの情報を交換しあった。
「お前の幼馴染は臆病者って評判だったよな。なんであんな山の中に行ったんだ?」
「最近、家に帰っても街中にいても視線を感じるんだってさ」
「え……ストーカー?」
「視線だけなんだってさ」
「ああ、断定できない気味悪さから逃げたのか」
そこで千代は姉ちゃんの部屋をぐるぐると回り始めた。そして「ここだ!」と叫び、千代は布が掛けられた板の前で立ち止まった。
「俺、心当たりあるんだよ……」
千代は言いにくそうに呟いた。
俺は布をめくった。
「――ッ!?」
「――やっぱり」
そこにはあるわあるわ。
幼馴染をいろんな角度で移した写真。隠し撮りしたようでブレているものもある。小学校の卒業アルバムの写真なんかもあった。
「千代、やべぇよ」
「――やばくないわよ」
「何言ってんだ!? こんなモンスターと同じ家に住んでたんだぞ」
「へぇ~……」
そこで俺ははっとした。
「ね、姉ちゃん!?」
すぐ後ろには、音も立てずに近寄った姉。その姉から間合いから逃げるようにベッドの下に潜り込んだ千代。俺は両者の間にいた。
「やばいのはあんたでしょう? ばれないとでも思ったのかしら。人の服勝手に着て」
「こ、これには事情があるんだ!!」
「事情は聞くわ。モンスターって呼んだ分を殴ってからね!」
「(お、お前間接が変な方向に……)」
千代が姉ちゃんにばれないように俺に話しかけた。
俺は姉ちゃんに弁明した。
「TikT〇kに踊ってみたのネタ動画投稿しようと思って服借りました……!!」
殴られながら弁明すると、しばらく考えた後、姉ちゃんは快く協力してくれると言った。
「――じゃあ作戦、覚えたわね?」
「にゃんにゃ!」
「いえすまむ!」
「私とあんたは結構顔形は似てるのよ……ふふっ」
俺は姉に教わったナチュラルに見えるメイクをして幼馴染がよく通る道、よく通る時間に待ち伏せをした。
完璧に女の子に見える、かな。
そして今後は自由に服を借りれるという希望を胸に秘め、かわりに幼馴染に幸せな地獄へ落ちてもらうことにした。
「(千代、ちゃんと誘き寄せてくれよ!)」
「にゃー!」
千代の声だ。
幼馴染はまるで運命を確信したかのように頬を赤く染める。
あまり近寄らせてはまずい。
「あ、あのっ」
幼馴染が駆け寄ろうとした時、すぐに姉ちゃんに言われた台詞を言った。
「私は千代ちゃんに呼ばれてこの町に来たフユのヨウセーなんです」
はぁ?? という顔をした幼馴染を横目に、俺は十字路まで走る。そこで姉ちゃんと入れ替わる。
俺の後ろを千代が追いかけてくる。
あっけに取られた幼馴染も正気を取り戻して追いかけてくる。
「大丈夫か!?」
「大丈夫に見えるか!」
もうすぐ曲がり角。
姉ちゃんにボコられた手足が痛い。
「陸上部になんか勝てるかぼけぇ!」
無我夢中で走る走る。
「叫ぶんじゃないわよ」
角からすっと手が伸びた。
「ご苦労さん」
手に服の端を思いっきり引かれる。
走っていた勢いが殺されず、曲がった先にあったポリバケツに頭から突っ込んだ。
「何でこんなところに……」
生ゴミの異臭とともに姉ちゃんの「私が移動させたの」という声が聞こえた。
体中が痛い。
トトトト。猫の足音が聞こえる。
「だ、大丈夫か?」
「――お前にはこの格好が大丈夫に見えるのか?」
俺はポリバケツから足が生えている状態だった。
「すまん。助けてくれ」
「お、おうとも」
しばらくして、にゃあにゃあんにゃんにゃ、猫の声が聞こえる。ポリバケツがゆらゆらと揺らされてガタン、と倒された。
「サンキュー」
俺が体を起こすと俺の横に千代、俺たちを囲むようにたくさんの猫たちがいた。
「お前らも、サンキューな」
猫たちが声をそろえて一様にないた。千代が一言「飯おごれってさ」と言った。
後日、幼馴染に「お前の姉ちゃんと付き合うことになった」といわれた。
彼女と付き合いはじめてから視線を感じなくなったらしい。
「冬の妖精がキューピットになってくれたんだ♪ お姉さまはまるで妖精のように可愛らしい!」
妖精を追いかけたら姉ちゃんと曲がり角でぶつかったらしい。何も知らなかったらバカにしていただろうし、姉ちゃんと付き合うなんて、とこいつの視力を疑っていただろう。
「これからよろしくな、弟よ!」
恋は盲目っていうものな。
ポリバケツに刺さった妖精にも気づかなかったんだもんな。
「幸せにな」
ストーカーと。
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