第4話 PV1

 動画サイトに投稿している、と言っても結局は中学生の財力で用意できる機材と勢いしかない。だから俺のチャンネルはすぐにブラウザバックされ再生回数だって少ない。


 Y〇uTubeやTikT〇kなんかも始めているが、バズるなんて言葉とは程遠い。が、コメントも何も残さない誰かがチャンネル登録してくれている事がある。

 そしてそれに一喜一憂する。


 幼馴染と姉がつき合う事になった事件を経て、今日、俺は決死の思いで姉に土下座していた。


 動画の説明もするし、今まで勝手に服を借りていた事も謝った。


「ドラッグストアについてきてください!」


「何のために?」


「ちょっと、その……化粧品とか、買いたくて」


「女を隠れ蓑に目的の物を買おうって魂胆ね」


 姉には失礼だとは思うが、知識も何もないのである意味での先輩がいると安心する、ということもある。


「今までは高いと思って諦めてたけど、ネットで調べたんだ! 何かすごく安いブランドがあるってことを!」


「私の周りでも使ってる人いるから教えてあげるけど……あんたさ」


 姉はため息を吐いた。


「――羞恥心とか無くなってきてない?」


「バレたら仕方ないっていうのと、どうせやるならクオリティを上げたいじゃないか! 人ってのは一つのことにハマると極めたくなる生き物なんだよ!」


「まあいいわ」


 姉の諦めたような顔と了承に俺は頭を地面にこすりつけ、心の中では舞い踊っていた。ダンスの方は地道に練習を続けている。だが、こと女装に至ってはなかなかそうはいかなかった。


「あんたが何でそんな趣味なのかは聞かないでいてあげる。ちなみに予算は?」


「四万ある!」


 俺は頭を上げてピシリと姉の質問に答えた。うちは家事を手伝うとお小遣いも昇級する制度がある、それをいっぱい活用したのとお年玉を貯めていた。音響機材とかカメラとか、知識はなくてもすがりつくように買いたくなるものってあるじゃないか。


「じゃあジー〇ーにでも行って服も買いましょうか」


「ありがとう姉ちゃん!」


 買ったら動画のクオリティも上がるかな、って淡い期待。


 しかし、そのお金で俺は化粧品を買うことに決めた。ついこないだ姉にちゃんとした化粧をしてもらって味をしめた事と、そして一つのコメントだ。


『かわいいですね』


 このコメント主のアカウントはもちろん確認した。

 俺が投稿している動画が動画なので、知人による愉快犯である可能性が恐ろしい。しかし、この人がアップロードしている動画は広大な大地――自分ん家の敷地内らしい――をドローン撮影して野生動物を探している動画ばかりだった。


 北海道だろうか。キツネがいたり、リスがいたり、ただ大半はドローンが飛行しているだけの動画だった。ただ少なくともこの人は俺が住んでいる街よりもかなり遠いところに住んでいるようだった。


 その『かわいい』はつたない動画ゆえのかわいいである可能性が大きい。だが、明らかに誰かが見ているという確かな1PV。


 基本的に俺の動画は地元のマイナー心霊スポットで踊っているもんだから、暗くて顔は分からないだろう。だが、もしかしたら俺がかわいいってことなのか、と少しドキドキした。


 この言葉に背中を押されるように両親がいない時を見計らって姉に土下座したのだった。ちなみに部屋ではその一部始終を寝たふりをしながら千代が見ていた。


 そして今、人のいない林で俺はたくさんの猫に囲まれていた。


「なあ皆、こいつの人生相談に乗ってやってくれよ」


 千代が猫に向かって語り掛ける。この三毛猫は、俺の事をいつまでも幼児だと思っているみたいだった。


「なっ、別に趣味は人それぞれじゃないか! 何で俺はこんなところに呼び出されなくちゃいけないんだよ」


 それも猫に!


 明日は土下座してお願いした買い物に行く日なのに。こんな夜中にどうして心霊スポットに連れ出されなきゃいけないんだ。


 色んな怒りや疑問が頭を流れていくが、千代は続ける。


「こいつが異性の恰好してダンスっちまってるのは皆も知っての通りだが――その理由を本人が覚えていないのが問題だ」


「ダンスは小さい頃からやってるし、女装くらい別に誰にも迷惑かけてないだろ」


「姉ちゃんに迷惑かけてるだろ。問題はそれじゃない。数時間前に猫のネットワークによりお前の動画にコメントした奴がお前の初恋の女の子であることが発覚した」


 猫たちも千代の言葉にどよめいた。ざわざわとした声が林に響く。真っ暗な中、目だけが月に反射して見える。一体何匹集まってるんだ。


「初恋の子……って誰?」


 俺は全く身に覚えのない話に老年の猫を見つめることしかできなかった。

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