第5話 屈辱

 深夜に猫に囲まれながらも、俺は全く記憶を遡ることが出来なかった。


 初恋の人の記憶。小学生……の時にも友達は徹しかいなかったな。では幼稚園児時代だろうか……。

 その頃の記憶はとても曖昧で、弁当を温めてもらったらトマトやほうれんそうのおひたしなども温まってしまって複雑な気持ちになっていた、くらいしか覚えていない。

 お遊戯やら発表会、運動会なんてのももちろんあったはずだが、きっと無意識の中に溶けてしまっているのだろう。


 俺の初恋の人……それなら記憶に残っているはずではないか? 疑問に思うが数十もの猫の目がある。俺は何かを誤魔化したくてスマホでY〇uTubeアプリを起動した。


 真っ暗な中、自分の顔が照らされて反射的にスマホの画面を地面に向ける。光に照らされて猫の目がまるで車のライトのようだ。


「ていうか猫のネットワークってどうなってんの? お前ら……君ら、道で出会ったら即バトルしてるじゃん」


「そりゃ猫の集会に決まってるだろ」


 千代が呆れたように言った。千代はまるで中年男性のような声をしている。だからついつい親戚のおじさん相手に話している気分になってしまう。


「猫の集会って……、そんなん見た事、」そこまで言って、はた、と気づいた。「もしかして今、集会中なのか……?」


 数匹の年老いた猫が頭を上下に動かしている。こいつらも既に化けてるのか。


「猫の集会に呼ばれるのって猫好き人間の憧れイベントじゃん、何で俺が呼ばれてるんだよ」


「分かってないな。お前は俺たちにとって大事なパトロンであり、友であり、」


「お千代……」


「――そしてパシリだ」


 感動して涙が出そうだったのに、一瞬にして真顔になってしまった。猫どもを見渡すと、全員がピカピカと光る目で俺を見つめている。

 というかパトロンもパシリも、完全に金づる……いやちゅ~る供給係として認識されてるのか。


「分かった。貴様らの気持ちはな」


 俺は千代とそして頷いたりコミュニケーション能力がとれるらしい老猫どもを睨みつけた。


「俺のチャンネルにコメントしてくれた子が初恋の子ってのは誰に聞いたわけ? 猫の寿命的にそんな情報共有できるわけないだろ」


「にゃぁぁ」


「おい冬雪。長老に謝れ、失礼だろ」


 手前にいた猫がギロリと俺を睨み鳴いた。すぐさま千代が俺に忠告する。嫌味まで通じるのかよ。

 ただ、小動物に当たり散らしていたかもな、と思い直して俺は頭を下げた。


「……すみませんでした」


「な」


 長老、と呼ばれた長毛の暗い灰色の猫は、うむ、と頷いた。


「にゃにゃ」


 しかし隣にいた年若いキジトラが厳しく俺に向かって手で地面を叩くような動きをする。横目で千代を見ると、呆れたようにため息を吐いた。


「頭が高いってさ」


「なるほど……」


 人間に例えるとかなりのご高齢。生きた年数ではなく経験で見なければならなかったか。キジトラは若頭ってところかな。


 俺は地面に膝をついて謝った。


「すみません」


――ペシリ


 キジトラが俺の頭に前足をのせる。ぐっと爪が立てられた。それに従うようにして、一段、また一段と頭を下げた。

 最終的に地面に額がこすりつけられた。


 姉ちゃんに土下座した時は勢いだったけど、今は屈辱的だ。しかも猫相手に、長老ならまだしも人間年齢的には俺と同い年くらいのキジトラに!


「なーん」


 長老が一声鳴くと、キジトラが前足を退けた。


 頭をあげた瞬間にキジトラ若頭と目が合う。体格の差はあれど、俺たちは確信している。こいつはライバルである。舐められてはいけない、と。

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