内編

「内篇」について

『示蒙句解』による「内篇」の紹介

 書籍ひとくさり(一齣)を一篇と云う。この書(『小學』)、朱子の制作のはじめは二篇であった。上を内篇とし、下を外篇とした。上篇・下篇といわずして內篇・外篇と云ったのは、上篇にしるす所は、小學のもと(元)である、下篇にしるす所は小學のすえ(末)であれば、內より外にいでる(出でる)義(意味)があるによって、上・下といわずして、内・外と云うのである。


 ー 『小學句讀』の注への『示蒙句解』による注 ー

 氏は、その名・あざな分明ぶんめい(明らか)ではない、『小學資講しこう』(の書を)をつくった、夏煦かきょであるだろうか。許文正公、許は姓、名はこう、字は平仲、魯齋と號す、卒して文正とおくりなし、魏國公に封じられる、元朝の大儒(大儒者・大学者)である。「本原ほんげん」とは木の本、水の源である、「支流」とは、木の枝、水のながれである。


「內篇有四(內篇、四つ有り)」とは、內篇を四篇にわけて、立教・明倫・敬身・稽古と名づけたのである。「虞」とは、帝舜の世の國號である、「夏・商・周」の義は前に見えている、「綱」の字義も前に見えている。「實立教明倫敬身(立教・明倫・敬身をじつにす)」とは稽古(の篇)には、古人の立教・明倫・敬身の行迹こうせき(行いや事跡じせき)をひいて、みの三篇の言語をむなし(虚し)くしないように、實證じっしょう(実証)をとりて、人に信仰させるようにしたことを言っているのである。「外篇有二(外篇、二つ有り)」とは、外篇を二篇にわけて、嘉言・善行と名づけたのである。「廣立教明倫敬身(立教・明倫・敬身をひろむ)」とは、この三篇(內篇の立教・明倫・敬身)の義を、おし(推し)ひろめるということである。


 立教・明倫・敬身の三つは小學の三綱領である、そして立教は、また明倫・敬身の教えを立てるにすぎない。明倫の目が五つあり、父子・君臣・夫婦・長幼・朋友である。敬身の目が四つあり、心術・威儀・衣服・飮食である、この九つは、小學の九條目である。

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2024年12月23日 20:00
2024年12月24日 06:00
2024年12月24日 20:00

『小學示蒙句解』(私家版・超訳) 中西 魯な(rona736) @rona736

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