探偵は謎をととのえる

「萌衣ちゃんに最初にのは、俺なんです」


 三輪は寂し気に話し出した。


「去年やった飲み会に千咲が連れてきて。で、千咲には内緒で意気投合したというかなんというか。すぐに仲良くなって、その、身体の関係も」


 ふうっ、とひとつ息を吐くと、自分の右手で左手首をぎゅっと掴んで続ける。


「付き合うとかそういう関係ではなく、ずるずると。それとなく関係を断とうとしたら、彼女が急に、『お姉ちゃんにバラす』だとか、『お父さんに無理やり関係を迫られたって言う』だとか脅すような事を言い出したんです。それで悩んでいた俺が……」


 三輪は川瀬の方を見て、迷っているようだった。すると、川瀬が引き取った。


「後は俺が。俺は、三輪から萌衣ちゃんに関しての相談を受けたんです。それで、萌衣ちゃんに話をつけに行きました。穏便に関係を解消してくれないか、と頼むつもりで。でも、そこで泣きつかれて、慰めているうちに甘えられて、それに負けてしまって、つい。……俺も萌衣ちゃんと関係を持ってしまったんです。

 あの子は恐ろしい子です。俺たち2人と関係を続け、甘えたかと思えば脅し、時には片方にだけなびく様子を見せつけて嫉妬させ、かと思えば3人で一緒に遊んだり、と。情けない話ですが、俺たちは完全に手玉に取られていました。

 どうにもできないまま過ごしていると、ひと月ほど前、急に2人とも呼び出されたんです。『生理が来ていない』と言われました。あの子は普通に産む、と。DNA鑑定をしてどちらの子かを確かめて、責任を取ってもらう、と。もちろん、父親ではない方にも協力してもらうつもりだ、と。それで俺は――」


 言葉に詰まった川瀬を、今度は三輪が引き取った。


「川瀬さんだけじゃありません。俺と川瀬さんは、萌衣ちゃんをなんとかしなくちゃいけない、と相談をするようになりました。一度、聞いてみたことがあるんです。なぜ、俺達を弄ぶんだ、と。にっこり笑って言いましたよ。『お姉ちゃんが大切にしている物をるのが好きなの』って。ああ、このままじゃいけない、って。

 そんな時、この旅行の誘いがあったんです。それで思いついたんです。旅行中に不慮の事故、例えば熱中症の事故に見せかけられるんじゃないか、と。そこからは2人でいろいろと手段を考えました。こんな事を言うのはどうかと思いますが、ひとつひとつの細かな手段を考えるのは、仮説を立てるようで楽しい気分にもなっていました。思えば、そうやって後ろめたさから目を逸らしていたのかもしれません」


 2人の告白を聞き終わった竜太郎が尋ねた。


「今朝からの行動を教えてくれるかい。私が大まかな所を話すから、間違っていたら訂正してくれ。

 まず、今朝、萌衣さんを載せてコンビニへと買い物にいった君たちは、駐車場に着くと工作を開始した。ハッチバックからサイクリング用の荷物と一緒にサンシェードとボディカバーを取り出し、車内に萌衣さんを残したままサンシェードを装着する。日除けのアピールと同時に、車内からの視界を遮るつもりもあったんだろうね。そして、ボディカバーを車体の下方へと巻き付けるようにして固定する。

 その後、サイクリングへと出かける。三輪君はしきりに写真を撮影していたそうだが、これはアリバイ証明のためだろうね。川瀬君はドリンクを買って飲んでいたそうだが、これも気になったんだ。凍らせたスポーツドリンクがあったはずだからね。それをどこかで使ってしまったと考えたんだよ。一酸化炭素中毒の事を考えると、そうだね、車のマフラーの中に押し込んで、排気が車内へと入り込みやすくした、とか、ボディカバーの重しに使った、とかね。ともあれ、何かに使ってしまったので飲むものが無くて、買うしかなかった。その様子が普段よりも喉が渇いていたように見えたんだろうね。

 そして、帰ってきて2人だけで駐車場に向かい、ボディカバーを外して隠し、サンシェードの方も取り外す。こちらは風で飛んだように見せるために、すぐに見つかる場所に置いた。それが済んだ所で、慌ててゲストハウスに駆け込む。目的は龍二君をキーロックの証人にする事だ。なにせ、現役の警察官だからね。これ以上の証人は無いよ。

 窓ガラスを割って救助した際も、君たちは率先して全てのドアを開け放った。これは熱を逃がすためじゃない。一酸化炭素が充満している事を悟られにくくするためだ。そして、仕上げに『熱中症のせいで』と呟いて印象付けた、と、こんな所かな」


 熱中症に見せかけ、その実、車内に一酸化炭素を流し込む。一酸化炭素は人体に有毒な気体の中でも、無色・無臭で特に気が付きにくい。知らぬ間に肺に入れると、酸素が奪われ、あっという間に体の自由が効かなくなって意識を失う事もある。ありふれているが、取り扱いに注意が必要な気体だ。2人は、それを利用したのだ。竜太郎の指摘に、川瀬が頷いた。


「ほとんどその通りです。ボディカバーは、マフラーが隠れる程度に被せて、車体の後ろ半分を覆うように配置して石で押さえました。テントのように三角の形に。事前に三輪と実験して、15~20分程で必要な濃度に達する事は確かめておきました。

 それから、スポーツドリンクの件。驚きました。その通りです。マフラーに入れました。付け加えるなら、音楽の件くらいでしょうか。本当は萌衣ちゃんが眠りやすいようにお酒を飲ませたかったのですが、お腹に手を当てて『身体に障るから』と。あの時の顔ときたら……。それで代わりに子守歌のようなバラード集を編集して渡しておきました。

 ……ほんと、我ながら嫌になりますよね。2人してこんな細かい事を必死に考えて、積み重ねて」


 川瀬は、三輪と顔を見合わせて自嘲気味に笑った。竜太郎はそれを見て、ぽつりと、しかし、はっきりと言った。


「理系の君たちらしいのかもしれないね。でもね、どんなに必死に考えて積み重ねようと、君たちのやったことは、責任逃れの殺人未遂、いや殺人の可能性すらある犯罪でしかないんだ。きちんと向き合うことだね」


###


 翌朝、龍二と竜太郎はラウンジで千咲とコーヒーを飲んでいた。三輪と川瀬は連行され、萌衣は依然として治療中だ。あれほど元気のよかった千咲だが、さすがに意気消沈していた。


「私、馬鹿みたいですね。ひとりだけ全然わかって無くて、それであんなにはしゃいで、ちょっとした姫気分でいたのに、妹も友達も守れないなんて」

「そう自分を責めるものじゃないよ。――これからどうするんだい」

「電車で一度名古屋へ帰ります。車はその……今は使いたくなくて」


 千咲は、それでも気丈に笑顔を作って見せた。


「櫓さんに水田さん、ありがとうごいざました。こんな事になってしまったけど、最後に大きな富士山が見られて良かったです」


 竜太郎はその肩にポンと手を置いた。


「最後なんかじゃないよ。いつでも見に来てね。きっと時間はかかるだろうけど、いつか、また。その時は、案内させて貰うよ」


 千咲の目に見る見る涙が溜まっていく。


「そうですね。また来ます。きっと。きっと。――最後なんかに、したくないです」


###


 千咲は、竹本巡査らに付き添われて出発した。二人はそれを見送ってからチェックアウトを済ませた。


「さて、龍二君。思わぬことになったけど、今回はお疲れさま」

「義父さんこそ。山梨の友達を迎えるプランの方は固まったんですか」

「ほぼ大丈夫。あと1件、確認しておきたい所があるんだけどね」

「どこですか」

「大社前の通りの商店街沿いにあるんだけどね、各地の地ビールを取り備えた立ち飲みのビアバー兼販売所があって」

「ええ、そんなお店あったんですか」

「ああ。ほら、昨日言ってた水筒で量り売りのビールをお持ち帰りもできるんだよ」

「グラウラーでしたっけ。なるほど、その為に買ったんですね」

「フフフ。まあね。あ、龍二君。くれぐれもだけど――」

「わかっています。江美には言いません」

「うむ。じゃあ、龍二君も寄ってくかい?」

「はい。是非」


 立ち飲みの地ビールのビアバーか。電車で来て本当に良かった。のんびりと歩き、ちょっとしたお店に寄って会話や食事を楽しむ。それだけのことだが、楽しいものだ。


 まだ少し先になるだろうが、そんな当たり前の日常が、いつか千咲にも戻ってくるだろう。きっと。必ず。その日を楽しみに今は過ごしていこう。探偵と肩を並べて地ビール屋へと向かいながら、龍二はそんな事を思っていた。

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サウナ探偵と夏のせせらぎ 吉岡梅 @uomasa

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