第9話 毒には毒を
バーナードから呼び出されてきたナナバ。
俯きながら無言で俺の方に向かって来た。
握った拳が、僅かに震えている。
――あっ、これは不満を抱えているな……喧嘩別れ決定だ。
さて、どうするか。
少なくとも、ここで俺が退いても、こいつら2人の実力ではメローの護衛を続けるのは困難だ。
そうか……といって、ここで彼らを追放するのも忍びない。
ならば、取る手段は一つである。
「ナナバ、文句があるなら後で聞く。次の村までとりあえず仕事はしてくれ」
俺の提言でナナバがピタッと静止した。
「ど……どういうことですか」
「今、ここで啀み続けるなら、俺はおまえらとの関係を今ここで終わらせることになる」
「……!」
「言いたい事も山ほどあるだろう。不満もあるだろう。当然、俺とおまえとでは考え方も育ち方も全く違う。いまここでそんな話をしてもお互い不快になるだけだ。だったら今のこの時を一緒に過ごすために、黙々と仕事をして、達成した時点でチームを解散させよう」
ナナバはその場で静止したままだった。
不満があるのか、納得したのか、俺が知る由もない。
しばらくするとナナバは俺にぺこりと一礼するとそのまま俺に背を向けて走って行ってしまった。
そして、その様子を木の陰に隠れてジッと覗っている人物が2人。
この気配はバーナードとメローである。
「――何だ。覗いていても面白いことは起きねえぞ」
彼らにそう言葉を投げると、彼らは気まずそうに頭を掻きながら顔を覗かせた。
「カノン、チームを解散させるって本気なのか?」
最初に俺に声を掛けてきたのはバーナードである。
「仕方あるまい。あそこまで嫌われてしまっては」
「いや――、確かにご機嫌斜めだったけど、嫌われているというか……」
バーナードは何か言い出しそうになっているが、なかなか口にしない。
「違うにしても、このままだと仕事に差し支える。俺はどうも根性がひねくれていて俺から歩み寄ることは出来ない。それに彼女も簡単に折れることはしないだろう」
「あのよ……俺の口から言うべきことではないのだが――」
バーナードはナナバについて弁解を始めるが、でもそれは本人の言葉ではない。
だから――
「ならば、おまえから口にすべきではない――それは本人が口にするべきなのだろ?」
バーナードの言葉を遮り、話を打ち切った。
すると、今度はメローが口を挟む。
「これは……本人から言いにくいことだと思うよ」
俺が直ぐさま「旦那に迷惑掛けて済まないな。迷惑掛けないよう心がけるよ」と断りを入れた。これはただの謝罪の言葉ではない。裏を返せば『外野は黙ってくれないか?』という意味である。
一応、温和に断ったつもりだが、あまりガタガタ言うようであれば『あとはこちらの問題なので迷惑掛けないよう留意するよ』と打ち切るつもりであった。
だが、メローはこれ以上話をしてもこじれると判断したのだろう。
「悪い。俺が口出す問題ではなかった……」
と話を止め、バーナードの肩をトントンと叩いて、彼とその場を後にした。
「そうなると、和解させるのは俺しかいないのか……」
バーナードが小さくぼやく。
彼が言うとおり、ナナバと和解できるのであればお願いしたいところだが、彼女が本当にそれを望んでいるのか……すら、俺は知らない。
それにどんな理由でナナバがへそを曲げているのか、何が不満なのか、ナナバはだんまりを決めている。
――とりあえず、俺からは言い分をハッキリ言った。
あとは、どうなるかは天に任せようと思う。
そして――この日の夜は何事もなく更けていった。
次の日。
馬車は再び走り出す。
ただ、そこには仕事に燃える彼女の姿はなく、警備しているのは俺とバーナードの2人となった。
彼女と袂を分かった――訳ではない。
実は、彼女は馬車の中で熱を出してぐったりと項垂れていた。
バーナード曰く「ナナバの奴、カノンから心ない言葉を言われショックを受けたようで寝込んでしまった」とのこと。
何を根拠に俺の所為なのかは不明であるが、確かに俺が彼女に話を切り出して以降、調子を崩したのだから、何らかの形で影響はしていることは推測できた。
それでも彼女本人は「仕事する」と強がっていたが、その状況で敵襲でも受けたら、さすがに彼女自身、自分の命を守ることは困難になる。
だからメローの許可をもらって荷台で休ませることにした。
それでも、バーナードから「カノン、悪いがナナバの看病にあたってくれないか?」と過剰な介護を要求された。
「ここの警護はどうする? おまえの索敵能力も大した物だが、俺ほど並列処理はできないだろ?」
「いやぁ……確かにそうなんだけどよぉ」
彼は歯切れ悪くナナバのいる荷馬車を見る。そして何かを思いついた様に話を続けた。
「そうだ! だったら、ナナバの様子を見ながら索敵してくれないか?」
「――まぁ、それなら構わないが。でも、ナナバの奴が嫌がるのではないか?」
「嫌がることはないとは思うが――女の子故に少しは動揺するとは思う」
「そうか。女性の気持ちはわからんからな。困ったな、ここにナナバ以外の女性はいないし」
「それでも寄り添ってくれれば、気持ちが徐々に落ち着くんじゃないか」
「それなら、他人の俺よりも兄妹のおまえの方がいいだろよ」
「まあ、そう言わず頼むよぉ。表面上あんな感じでも内心喜んくれると思う」
「……本当か?」
俺はバーナードに促されるまま、ナナバの看病にはいるが――
「大丈夫です……心配いりません」
――案の定、ナナバに拒まれる。
これが内心喜んでいるとは思えないのだが。
あの野郎、面倒毎を俺に押しつけやがって!
その彼女は強がって立ち上がろうとしているが、フラフラでままならない。
本来ならば体に触れて制止するなり、支えるなりするべきなのであろうが、女性故、体に触れることも躊躇う。
やっぱり、メンバーにもう一人女性がいると助かるのだが……
そこで、ふと脳裏に過ぎったのはあの女盗賊である。
どうして『彼女』なのか?
それは単なる直感である。
どうもあの女からは敵意を感じられない……というか寧ろ、本当に盗賊なのか?
口調はソレっぽいが、彼女の持ち物や立ち振る舞いからは粗雑な盗賊にない品位を感じられる。
そういえば、ここのメローの奴も行商人みたいなことをしているが、俺にはどうもそんな感じには見えない……いずれにしても、彼らには訳があるのだろう。
とりあえず、一度彼女と会って話をしてみたい。
いきなりバトることになるかもしれないが、巧く行けばナナバとも良好な関係を気づけるかもしれない。
メローのことを襲撃したことを考えれば、あの女はメローもしくは積荷目当てと思われる。ならば彼女はまだメローのことを諦めてはいないだろう。
少なくとも国境を越える寸前まで、どこかで俺らの様子を覗っているはずだ。
「あの女盗賊、ボチボチ現れてくれないかな……」
思わずぼろりと本音を呟く。
「どういうことですか? ――私の代わりに彼女を雇うってことですか?!」
そこでまたナナバが喰って掛かる。
やっぱり、俺は女……というより他人が苦手だ。
ナナバの対応を巡って自分の心の中で、小学生の自分の気持ちと色々な人生を歩んできた人達の記憶との衝突が起きる。
小学生の俺は『この女を追放してやろうかな』と考えていたのだが、他の人物らの記憶が『病人相手に喧嘩するほど愚かだ』と強く諭してきたのだ。
色々と葛藤したが、最終的に大人としての彼らの経験を信じることにした。
だから、ナナバに、こう答えた。
「違うな。俺は女性の気持ちを良く理解していない。それに同性のことは同性に任せた方がいいだろう。それに俺よりも彼女との相性が良さそうだしな」
「そうとも限りませんよ。私は――」
そういうと彼女は立ち上がろうとするが、力が入らずその場に尻餅を突く。
彼女が言う『そうではない』という意味は、あの女傑と相性が悪いとでも言いたいのか?
仮に衝突しても、今の彼女では到底敵わない相手だし……とりあえず、その時が来たら様子を見て判断するとして、今は彼女を休ませた方が良いだろう。
「とりあえず寝てろ。実力では今のおまえより相手の方が遥に上だ」
「い、いやそうじゃなくてっ……」
彼女は俺の言葉を否定している。自分が勝つとでも言いたいのか?
――いや、ひょっとすると相性がいいというところに反応していたのか?
それとも…………………………
ナナバの奴、俺と相性がいいとでも言いたかったのか?
――いやいや、それはないな。だったらこんなに俺に食って掛からないもの。
いずれにしても、本人がハッキリ言わないとこちらでは推測で話を進めていくしかない。
彼女は俺とのやり取りで何かを話そうと迷っている。
遅かれ早かれ俺に真実を打ち明けてくれるだろう――けど、ぐったりしている本人と何時までも問答をしている訳にもいかない。
「あぁ、話は後にしろ。もう寝ろ!」
俺はそう言うと彼女に催眠の法術を掛けた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。正直に言います――だからっ……」
彼女は意を決して何かを言おうとしていた様だが、俺の法術に負けて意識が遠のき、そのままぐったりと寝てしまった。
「うーん……結局、何が原因で彼女は俺に食って掛かっていたのかは不明だが、今は彼女の体力を回復させた方が先だな」
ナナバの熟睡を確認したところで、俺は馬車荷の後ろから幌上部に出る。
辺りを確認したところ、行者台ではバーナードが警戒にあたり、メローが馬を操っている。目視範囲では特に異常はなさそうだ。
ちょっと、索敵範囲を広げてみるか。
今までは視界範囲プラスαで検索していたが、それを3キロ先にまで広げる。
さらにはエリアを360度から、球状のオールラウンドに展開させる。
――すると、この先2キロ地点に、穴を掘っている連中を発見。
うん。間違えない。あの時の女傑である。
どうやら、馬車の車輪を穴に落として身動きをとらせないにするか、真下から攻撃を仕掛けるかあたりだろうか。俺は直ちに彼らにその事を伝える。
「おい、この先に落とし穴あるぞ」
「え、マジ?!」
「馬車止めるか?」
「俺に良い考えがある。とりあえず首魁を拉致ってくるわ」
「「はぁ?」」
ここからは速やかに行動に移る――といっても、彼らの目には俺がスタスタと落とし穴の方へと進み出している様にしか見えないだろう。
だが、これは俺の姿をした立体造影であり、俺本体は上空に移動していた。
面倒臭い術式であるが、浮遊と加速の法術を同時に行使することにより俺の体は空を飛んでいる様な形で移動が出来るのだ。
当然、空を飛べば目立つし、こんな複合的な術式展開する術者はあまり存在しないだろう。
特にメローが問題だ。
一応、行商人とのことであるが、何者なのか判明しない以上、できるだけこちらの手の内を見せたくない。
俺は彼ら・彼女らに悟られることなく 落とし穴にいる彼女らの上空に到着した。
足下では彼女と同年代の数人の男女らがせっせと大穴を作っている。
その脇に薄いベニア板みたいなものが置かれていたので、それで大穴の蓋に土や砂をまいてカモフラージュつもりなのだろう。
大穴といっても馬車全体が入らない位の大きさだが、もし罠に引っかかれば、メローの馬車は馬車や馬本体に大ダメージを与えるくらいの被害を被るだろう。
「おーし、こんなもんだろう。おまえ等、ご苦労だったな」
女傑は配下の連中に作業をやめるよう指示を与えた。
配下の連中を確認すると、男女が入り交じって対等な立場で作業をしていた。
荒くれ者……もいるが、ごく軽装の一般的な連中もいる。
なるほど――こいつらやっぱり、タダの盗賊じゃねえな
それは後で尋問するとして……とりあえず気付かれる前に、一気に潰しておこう。
上空からある一定の部位を狙った変動重力波の法術を放った。
狙った部位は彼らの脳。
簡単に説明するなら、彼ら全員に脳震盪を起こさせる。
別に殺す目的でもないので、ダメージを与えない程度の衝撃で十分だ。
ハイ、この一撃で全員の気絶を確認。後は目的の女傑を攫うだけである。
足下に横たわる女……ナナバよりは育っているが、それでも色気は感じられない。
「まぁ、俺らくらいの女の子だからな。遺恨を残さない様に丁重に扱わないとな……」
俺は彼女に触れることなく浮き上がらせ、そのままお持ち帰りにした。
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