第6話 新たなる旅ダチ
――さて。いきなりであるが、俺らはこの村を後にした。
簡単に言うなら『用が済んだ』からである。
村を撤収する旨ナナバとバーナードに告げると、特に理由を尋ねることなくそれに従った。
俺らが村を出る際も特に混乱はなかった。
些か違和感を覚えたことは、村民は一様にぐったりとしており、村を開放された喜びとか憎しみとか、そういう感情表現がなかったことである。
寧ろ、何らかの覚悟をしていた感じがする。
そうなると、贄活動は村ぐるみで支援していた――とも解釈出来るのだが、そこはあえて触れないことにし、この後は本来の役目の人に任せるとしよう。
閉じている門扉のところから街道へ進む。
ただ、扉は既に開閉出来ない様破壊してしまったので、今度は門ごと破壊して村を出た。
さらには村から外へ出られない法術で住民を閉じ込める。
その方が後任者も仕事がしやすいだろう。
村を出て街道をさらに進む――
行く先を眺めると、道は小高い丘へと続いていた。
見晴らしの良い場所まで歩くと、バーナードが「ちょっと待ってくれ」と一声掛けてその場所で立ち止まった。
彼は振り返り、切なげな表情で遠く小さくなった村を眺めていた。
数秒眺めた後、顔を横に振り、自分の両頬を叩く。
「スマン……ちょっとばかり感傷に耽ってしまった」
過ぎ去りし日々はもう戻らないが、目を瞑れば瞼に映るハズだ。今も、そしてこれからも映し出されていくだろう。
負けるなバーナード、ナナバよ。
「その場所には彼女らはもういない――今はとりあえず、前に進もう」
そう促すと、彼らはコクンと頷いた。
だが、バーナードは己の掌をジッと見て何かを考えている様だ。
…………多分――
そこで俺はある提案をした。
それは悪目立ちするその服装を旅人の軽装に変更しようというものである。
「当分は自分らの命さえ守れればいい。過剰な物はいらぬトラブルを起こすし、あとでトラウマになるから」
「何か、気を遣わせてしまってすまない……」
バーナードはこちら側の意図を察してか素直に俺の提案を受け入れた。
ナナバにあっては口頭では反対はしないものの、無言で自分の軍用ナイフをジッと眺めていたので、心の中では思うところがあったのかも知れない。
「それはこの世界に合う形にして返すよ」
「えっ、いいんですか!」
俺は彼女の軍用ナイフを切れ味そのままに、一般的なナイフに変えてそのまま返却した。
あとは近代兵器、防具、戦闘服は、全てこの世界感の物に作り替えた。
これで、俺らはごく普通の旅人になった。
まずはここから、本当の意味でこの世界の第一歩が始まる。
彼らにあっても、新たなる気持ちで前に進めるだろう。
◇◇◇◇
そこからしばらく道を突き進むと大きな道路へと合流した。この先には村があり、さらに進むと『ブラッケンクラウス』の城に行く道と、『青い連中』の集落へ行く道に分かれているという。
ここまで来るとナナバが、辺りを見回して気にし始めた。
やがて、ナナバが口を開くが――
「ところで……いや、何でもないです」
「どうしたんだ? なんでも聞け」
「いや、私達は主人の意見に従うだけですから」
彼女はどこにいくのか気にしているようだ。
確かに、ナナバやバーナードに行き先は告げてない――というか、厳密にいうなら、俺自身もブラッケンクラウス城方面に向かう以外決めていなかった。
「行き先は考えていない。適当に歩いている」
「……そうですか。ならば私らもそれに従います――」
ナナバは俺の意見は当然であると言わんばかりに黙り込んでしまった。
どうやら、彼女は『主人である俺に意見するのは畏れ多いこと』とでも勘違いしている様だ
「あーっ、そういうことか……わかった。ならばこうするとしよう――」
俺は彼らにある提案をした。
その提案とは……
「贄の任を解くよ。贄の役目は十分果たしてくれたので、もう俺の下僕や従者になる必要はない。今後、俺に気を遣わず自由に生きてくれ」
今まではこいつらを見捨てる訳にも行かず俺の手下として保護していたが、問題が解決したので、もう命を狙われることもないだろう。
そこで解放してやろうと思った。
だが、俺の提案に、ナナバとバーナードは「うーん……」と唸って困惑している。
何が不満なのか、確認する必要がある。
「自分の国があるんだろ? そっちに帰ってみたら?」
俺の勧めに、バーナードはこう答えた。
「自由にしろっていうなら、カノンさんに付いていっていいか?」
「どうせ、親も死んじゃっているし、家も乗っ取られているし……」
ナナバも複雑な表情で答える。
要は帰る場所が無い訳か……
「――それじゃ、俺と一緒に旅する?」
俺がそう問うと、二人は「お供するよ」「お願いします」と頭を垂れて跪き、俺に忠義を示す態度を取った。
これで一応、旅のパーティが結成されたのだが……正直言うとあまりこの光景は好きではない。
どうも、実家に住み込みで修業していたお弟子さんのことを思い出してしまうからだ。
俺をこの世界に追放したあの実家のことは思い出したくない。
――そこで、俺はある条件を付けた。
「おまえらさ、そう言うのはやめてくれよ。もう俺との関係は対等で構わないからさ。言葉遣いなんかもタメで構わないし、人として最低限の礼儀さえ守ってくれれば、おまえらが普段話している口調で俺に接してくれ」
ナナバとバーナードはキョトンとした表情で俺を見上げる。
「――確かにあの時はさぁ、おまえらのことを『俺の贄』って言っていたけど、そもそも俺には贄で召喚された訳じゃねえし、同じ年代のガキが3人揃っているんだ、もっと普通に会話してくれてもいいんじゃねぇかって話だ」
ナナバが首を傾げながら確認する。
「お気に召さないって言うなら――直しますが……」
「そこ!『気に入らないって言うなら直すけど!』って訂正」
「んじゃあ、カノンさん……でいいのでしょうか?」
「そこも訂正!『カノン、それでいいの?』」
バーナードも頭を掻きながら確認する。
「つまり……『ダチ』っていうか『友達』感覚で構わないのか?」
「それでいい」
「じゃあ、カノンよろしく頼むよ」
バーナードはすぐにタメ語に切り替えた。
ナナバはちょっと困惑しながらも、「カノン様……じゃなかったカノン……よ、よろしく……よろしくお願い……します」と俺の顔を見てドギマギして答えた。
これでようやく彼らと対等の立場になった。
彼らとの縁がいつまで続くのかは分からないが、しばらくはこの面子で旅をすることになるだろう。
ここで、一旦時を遡る――
時は概ね2時間前。丁度、村長の案内で長老方に到着したあたりから話を進める。
俺はナナバとバーナードを玄関先に残して、長老であるサンマールという老女に対して、村長であるエルネーゾも含めて今回の事件について確認するため、こちらから事実を伝え、それは全く意味を成さない召喚方法であると告げた。
「な、なんと! それでは無用に我らは罪なき者の命を奪っていたと申されるか?」
「そうだ。被害者は犬死にしただけだ」
「それでは、勇者殿はどうしてこの場所に……?」
「俺はそもそも、ブラッケンクラウス公の元に転移召喚してお世話になる予定だったんだよ。確かにおまえらの贄召喚によりここにいる形にはなっているが、それはブラッケンクラウス公からぶんどる形で連れて来られただけだ。まさに殺された被害者と同じ様に拉致されただけなんだよ」
「それでは我らは――」
「新手のカルト宗教で犯罪殺人集団ってところか。多分、おまえらの風評は公の元にも届いているだろう。そして俺をここに横取り召喚したことにより、捜索隊がここにも派遣されるだろう」
その場でガクッと崩れしゃがみ込む村長、長老にあっては身体を震わせ腰を抜かして尻餅をついた。
「前もって言っておくが、俺を仮に口封じするだけ無駄だぞ」
「いや――もう、儂らには抗う力はありません……」
もちろん、そうだろう。
手練れは全て殺したからな――もっとも贄召喚システムの完全破壊の為にしたことであるが……
「ところで、ここはどこだ? どこの国に所属する村で、何という村か」
「あっ、はい。ここはブラッケンクラウス公国領内のピオス村で――」
――なるほど。俺を転移させる場所の方向については合っていた様だ。ならば、転移するイメージが弱かったか、法力が足らなかったのか……というあたりで目的にたどり着けず、ここに引っ張られたと考えた方が妥当だろう。
ただ、疑問に思うのは何故『彼女』を使って俺を転移させたのか、という点である。
『彼女』とは俺を転移させた相手であり、幼なじみの真成寺香奈子のことだ。
それについて、大凡予想は付くが、判断するにはまだまだ情報が足らない。
強いて言えることは、『意図的に失踪する様仕向けられたこと』である。
「ブラッケンクラウス公国か……ならば自国で起きた重大犯罪は絶対に見過ごさないだろうな」
「そう……ですな……それに儂等は極力他国の人々贄として拉致をしていたとはいえ、その話もすでに公の耳に入っているじゃろう」
この婆は先ほどから元気がなく、翌々疲れ果てている。
もちろん、意を決して行った犯罪行為が全く意味をなさないものであったことや、その罪の重さ故に良識に苛まれていることもあるだろうが、どうもそれだけではなさそうだ。
医学に詳しい人間の記憶がそう告げている。
血色が悪く、動きが鈍い。体力的にもかなり弱っている
何らかの病を発生している可能性がある。
もちろん、診察すればきっちり判明するのだが、別に死にゆく者を親切丁寧に治療させてやるほど、俺はお人好しではない。
だから所見のみで、婆の具合の悪さを確認しただけだ。
そこで本人に改めて尋ねる。
「おい、婆。おまえは持ってあと1ヶ月の命か? だからこの使えない馬鹿を村長にしたのだろ?」
俺は会話に参加しないでジッと様子を覗っている村長エルネーゾを指差した。
「言いにくいことをハッキリいうお方だこと。おっしゃるとおり、儂は医者からもう長くはない旨告げられました……そこにいる馬鹿は私の弟です。他に務まる者がいなかったので彼に私の代わりをさせていました」
「だから贄の管理が疎かになっていたのか。ならば俺から提案しよう。こうすればいくらかの村人が助かる可能性はあるぞ――」
俺の提案に、長老サンマールと村長エルネーゾは即決で受け入れた――
――そして、時を戻す。
村から数キロ離れた道中、ナナバが俺に質問してきた。
「何で彼らを処刑しなかったんですか?」
確かに、彼らからして見ればその辺は疑問だろう。
今までは従者として俺に従っていたので確認されることもなかったのだが、お互い平等の立場になったので、疑問に思えば確認してくるのは当然だ。
これはお互い連携を高める意味でいい傾向だ。
「このあとは領主ブラッケンクラウス公が処断するハズだろうから……」
「えっ、ここってブラッケンクラウス領だったのですか?」
そう言えば、俺はナナバとバーナードにサンマールとの会話内容を話していなかった。
俺はあの村がブラッケンクラウス領ピオス村であることを告げた後に簡単に説明した。
「俺も当初は処刑にするつもりだったけど、あの国はしっかりしているので領主に任せることにした。それに長老に関しては寿命が残り僅か……一応、国で処断されるその時まで延命術を施してきたが、あとはあいつらが解決するだろう」
横で話を聞いていたバーナード納得した表情で俺に話しかけてきた。
「あぁ、ここはブラッケンクラウス公国だったのかぁ……ここの大公は非常に厳しいことで有名だからな。アイツら極刑は確実だな――あぁ、だから『用は済んだ』ということなのか」
「あの村長と長老には村民を助ける為に、これから来るであろう公国軍に対して、召喚に関わった者すべてを申告するように約束させた。それと――」
「それと?」
「召喚の結果、召喚された者が大暴れした。教会で仕留めたところ大爆発を起こした――ということにさせた」
「――そんな内容でよく要求を飲んだな」
「まあ、こじつけも甚だしいが……な。タダでさえブラッケンクラウスの連中としては客人を横取り召喚された上、人心誘拐や贄殺人その他諸々で、村の印象がもの凄く悪い……そこで、召喚されたとする者が爆発で行方不明になったのであれば、客人の件については、それが客人かどうか判明することなく終結する。誘拐殺人と誘拐強姦殺人については責任者を差し出し、これ以上村人を巻き込まないようにする――その提案をした。だから村人を守る為受け入れたのだろう」
そこでナナバが首を傾げている。
「質問なのですが……もしかして、その客人とは――」
「ああ、それもおまえ達に説明していなかったな。実は俺はブラッケンクラウスに客人として転移される予定だったんだ……そこで俺を転移させようとした術者が何故か失敗し、あの贄召喚に引っ張られる形でおまえと出会った訳だ。だからブラッケンクラウスが俺の事を探しているハズだ」
「そ、それじゃあ……」
「カノンは……」
「ん? 俺か」
ふと、『ブラッケンクラウスに行けば……自分の世界に戻れるかも』と小学生の俺が心に訴えかけた。
だが、その訴えはだいぶ前に他の経験者の記憶から否定されている。
――戻ってどうする。あの実家のクソ野郎らに馬鹿にされるだけだぞ。
……いや、失踪を謀ったヤツらのことだ。戻れば今度こそ消される!
ヤツらに対抗できるだけの力が欲しい。
そうなると……
その時だった――
馬に乗った兵士達……いや、正確に言うなら、騎士団だろう。彼らがパカパカと馬蹄音と鎧の金属が擦れる音をたててこちらに向かってきた。
騎士団の中心には馬車が配置され、それを警護するように騎士が配備されている。、
サンマールの話では彼らが来た方向にブラッケンクラウス公国のお城があるとのこと。ならば彼らはブラッケンクラウス公国軍と思われる。
「話している傍から、噂の連中がお出ましだ。思ったより行動が早いなぁ――とりあえず、立て膝付いて頭を垂れるか」
「それはいいが――草むらかどこかに隠れてやり過ごすのもいいんじゃないか?」
「兄さんそれだと不審者と勘違いされるから、カノンのいうとおりやり過ごしましょう」
まぁ、ナナバが言う『やり過ごす』という考え方も間違えではないのだが、俺としては本来送り込まれる予定だったブラッケンクラウスの連中がどんなヤツらなのか確認したからそうするのである。
俺らは道端に寄って、立て膝をついて頭を垂れる。
そしてチラリと騎士団を覗き確認する。
彼らは馬なや馬車などの移動手段で行動し、歩兵が誰もいない状況である。
人員的にもせいぜい2個小隊。
――ということは取り急ぎの部隊というところか。
それにしても何で馬車を同行させている?
馬車の車輪や車台下部を確認したが囚人護送車ではないし、旅人が乗るような幌馬車でもない。華美でないもののどことなく上質な作りをしている。
真っ先に考えられるのは、馬車には国家元首以外の重要人物が乗車しており、騎士団はその警護員であろう――
先頭の騎士は俺らを注意深く様子を覗っていたが、敵意のない旅人と理解した様で、その前を通り過ぎた。
だが、何故か馬車だけが俺らの前で急停車したのである。
――何だ?
俺は少し戸惑いながら、とりあえず様子を覗う。
すると馬車の戸が開く音が聞こえ、少女らしき人物が俺の方に歩み寄り立ち止まった。
「おい、そこのおまえ。ちとばかり尋ねたいことがある」
声質から少女、それも小学生から中学生に掛けてあたりか。
偉そうにしていることから、そこらの貴族の娘か何かだろう。
「……はい、何用でしょう」
俺は頭を下げたまま答える。
「この先に、村があると思うが? あとどれくらい掛かるのか?」
「はい、徒歩で1時間くらいなので、馬車であれば12分くらいで到着するかと」
「なるほど。距離にすると?」
「5キロ程度ですね」
「で、実際に村はどんな感じだ?」
「いや――普通に入れませんでしたよ。城壁みたいなのに囲まれて、夜間は門扉を閉めているみたいです」
「ほぉう。夜立ち寄ろうとしたところ入れなかった訳か。では一応確認しておくが、村の爆発の件はその方らは知っておるか?」
昨日の情報がすでにここにも伝わっているのか。ブラッケンクラウスの情報網は優秀だ。
どうやら事前に密偵を村に配置しており、逐次本隊と何らかの手段を用いて情報を共有していたと考えるのが妥当だ。
――そもそも、この部隊って村を急襲するためのものか? ……いや、それは無理がある。
昨日の今日でブラッケンクラウス城からここまで到着する訳がない。到着が出来るのは転移法術であるが――だったら騎馬隊で陸路から来る必要は無い。
それに人数から考えるに、村を急襲するならもう少し部隊が欲しいところである。
つまり、彼らは村に対する急襲部隊ではない。何らかの別働隊だ。
それにしても、その彼らにも情報が入るのだから、この国の軍隊は侮れない。
そこで一つの問題が生じた。『密偵が村内に入り込んでいたのでは?』という点である。
彼らがもし、村民になりすまし、俺らのことを認知していたら……と考えると非常に面倒なことになる。
――いや、それはないか。
あそこの村は隔離されており、外部の人間が自由に出入り出来る場所ではない。それに俺らが幹線につながる門を破壊したので、仮に密偵が内部に侵入出来たとしても外に出ることは出来ないだろう。
なら、密偵は村の外から様子を覗っていたと考えた方が良いのかも知れない。
――それでも問題はある。外から俺らの姿を見られた可能性があることだ。
少し様子を覗ってみるか……
「確かに爆発ありましたね」
「昨晩の話だったそうだが――それで、村のどの辺が爆発したのか?」
質問している少女は一つずつ問題点を遠慮無く確認している……しつこい性格のようだ。
ここは無難に答えるとするか。
「いえ……村の構造は分かりませんが、色んな場所で何度も爆発をしていました」
「つまり多発的に爆発していたのをおまえは見た――ということでよいか?」
「左様です。最後に地響きがするほど大きな破裂音がしました」
「どの辺からだ?」
「外から見ただけではわかりませんが、感じだと村の中央あたりからではないでしょうか」
「中央あたりとな……なるほど――おい、騎士団長はいるか」
少女と思われる人物は俺の近くにいた男の方に声を掛けた。
騎士団長と思われる彼は「はっ!」とかけ声と共に彼女に頭を垂れた。
「例の教会付近で爆発だと。別部隊に『今から捜索隊もピオス村に合流する』と連絡せよ」
なるほど。ブラッケンクラウスは村の贄召喚場所まで特定していたのか。
なら、こいつらの目的は俺――つまり、こいつらは俺の捜索隊ってことか。
さらにピオス村急襲部隊がすでに動き出している様子。
これで状況が合点した。
――そうすると、今の問題は『この女は俺が転移された人物だと感づいたのか?』という点である。
さらに、その女が「顔を上げよ」と俺に命じてくる。
さて、これはどうしたものか……
ただ、言えることは、この時点で危機的状況に陥っているわけではない。
相手の対応次第で決めるとするか。
「はぁ……わかりました」
俺は何事もなかったように顔を上げた。そしてこの女と目が合う。
金髪で青い目の少女だった。
彼女は俺の顎をクイッと指で上げると「フム……この男……か?」と首を傾げている。
彼女はしばらく考えた後に、俺に尋ねてきた。
「おまえ、召喚とか――知っているか?」
「将官? いえ、私には軍人さんの知り合いはおりませんが?」
あえてここは惚けてみる。
俺だと判明すれば、間違えなくブラッケンクラウスに『保護名目』で連行されるだろう。
そして、実家と陰謀に関与していたならば、俺は確実に消される。
まずは、彼女の出方を覗う――この女、俺の正体を気付くか?
金髪少女はマジマジと俺の顔を覗き込むと、ようやく口を開いた。
「ふむ……召喚って法術知らないようだな。ならば行って良いぞ」
彼女はそう言って、いとも容易く俺らを解放してしまった。
ずいぶん思い切りが良い少女である。
案の定、騎士団長から「あのっ、少年見かけては片っ端から声を掛けて確認するのはいい加減、やめてくれませんか」と怒られている。
この少女は感性で行動しているのかもしれない。
「ではな、その方達よ。運が良ければどこかでまた会うこともあろう」
その金髪の少女はそう言い残して馬車に乗り、護衛の騎士らと共に颯爽とピオス村方面へと立ち去った。
そして再び3人に戻る。
「いやぁ、ずいぶん賑やかな人でしたねぇ……何かあとあと振り回されそうな人ですね」
「そうかも知れないけど――でも本当に名乗らなくて良かったのか?」
「いやぁ、ナナバ言うとおりあのクソガキは絡まれると色々と面倒なことに巻き込まれそうだ。距離を置きたい」
バーナードとナナバは笑いながら「確かに」と納得しているが、俺としては笑い事ではない。
ガキのこともそうだが、アイツら自体何を思って行動しているのか、全く情報がないのだ。特に村外から様子を覗っていたブラッケンクラウスの密偵が非常に気になる。
どこまで俺らのことを把握していたのか――
あのガキは『俺らのことをあまり気にしていない』風に装っているが、内心は強かそうだ。
今、現在考えられることは、俺らのことを泳がせているのか、それともまだ俺らに関する情報が入っていないのかというくらいである。
いずれにしても、今はブラッケンクラウス城付近で情報を収集するのは得策ではない。
一旦は彼らの監視が及びにくい場所に向かって情報収集した方が賢明だろう。
なら行き先を変えるか。
「ところで、バーナードとナナバは青い連中の住人でよかったのか?」
俺がそう尋ねると、バーナードがいきなりツッコミを入れてきた。
「今頃かよ!」
おや、ここでも情報不足が発生しているか。
そう言えばお互い素性も話していなかったからなぁ。
するとナナバが、バーナードに肘打ちすると間髪入れずに答えた。
「――っていうかゆっくり話す時間もありませんでしたからねぇ。お察しのとおり、私らはその地区のバザック村の住民でした」
苦笑いしているナナバの脇で、彼女の肘が鳩尾にヒットし悶えているバーナード。
息を整え現状を語る。
「あそこは何もないぞ……廃村って言っても過言ではない」
そう言えばこいつら、『家がない』っていっていたな……
「なら、どこかいいところないか。例えば街みたいなところとか」
「そう言えばうちらの地区で有名なアドカボさんが住んでいる集落は街と言えるくらい大きいかも」
「ではそこに行くか。まずはそこで今後どうするか決めるとするか」
俺らは再び歩き出す、ファンタジー世界の片隅を。
頼れるのはこいつらと自分のみ。
明日はどうなるのかすら露知らず。
今はそれでいい。
いつか、俺をこの世界に捨てたヤツらに対して、復讐を果たすため。
この未開の地に俺がいたという歴史を刻みつけてやろう。
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