第12話 新たなる戦力


 俺は皆を集め、部下を1人雇用する旨告げた。

 当然、ナナバとバーナードは「「そんな話聞いていない」」と猛烈に抗議され、メローには「また何で?」と質問された。

 今回はあえてオブラートに包んで彼らに説明する。


 「今までは索敵して先手を取ってきたけど、今後は白兵戦も考慮して戦士を雇用することにした」


 メローは「なるほどな」と納得を示しているが、うちのあんちゃんは「うちらだけで十分だろ?」、うちのお嬢は「これ以上お金ないでしょ!」とすぐに反論した。


 ――つまりは、フェルナンデスは冷静に状況を理解している。一方であいつらは感情的になって理解していないことを意味する。


 要はそこが知りたかった。だから今度はストレートに問題点を指摘した。


 「いいか。指揮官である俺が、直接戦闘に躍り出ているという状況――これは非常にマズい」


 この指摘にバーナードが「何がマズいんだよ」と若干キレ気味に反論する。

 ナナバも「私ら、そんなに役に立ちませんか!」と怒っている。


 ――そうだ。役に立たない。寧ろ足枷である。


 ……と、ここまでど直球に言えばナナバどころかバーナードまでひねくれてしまう。

 だからさらなる説明は必要だ。


 「おまえら自分なりに工夫して戦っていると思うけど、その都度を俺がフォローしているのが現状だ。それはおまえらにとってそれは良い経験になるが、本来の目的はメローの旦那を守ることなんだぞ」


 「お、おう……」


 バーナードが一応納得するが、あの子は納得しないだろう。

 文句を言われる前にさらに付け加えた。


 「だから、俺がおまえら指示を伝えただけで、俺が望む戦い方をしてくれるようにスキルアップをして欲しい。そのため経験者の雇用は絶対不可欠になる」


 彼女にそう説明するとナナバがジッと俺をにらむように考え込む。

 またへそを曲げたか?


 「――それは疚しい気持ちがあって……っていうことではないんですよね」


 「何を以て疚しいとするのか、よくわからんが……おまえが思っていることはないと思う」


 「ふーん……」


 なんだか、面倒臭い奴だなぁ……もちろん、それを緩和させる意味であいつを雇う意味もある。

 ナナバはジトッとした目で俺を見ていたが、膨れ面しながら「じゃあいいわよ」と渋々承諾した。


 とりあえず、俺の考えは伝えた――のだが……



 その翌日



 「今度、ここで世話になるキユって者だ。よろしく」


 キユの挨拶にナナバが彼女の胸元を凝視しながらむくれている。

 もっともキユの格好は胸当てすら装備していない軽装で……まぁ、確かに彼女より胸はあると思う。

 ……が、俺には関係のないものだ。


 一方で、ジッとキユのソレを凝視している男が1人。


 その視線に気付いたナナバが「フン!」と気合いが掛かった鼻息とともにそいつを思いっきり張り倒した。

 彼女の一撃でバーナードがぶっ飛び転げた。

 彼は数秒ピクピクと痙攣した後、ふらつきながら立ち上がると鼻血を垂らし「痛いんだけど!」と涙目で抗議した。

 ナナバはそんなバーナードを鼻息で一蹴すると、


 「あぁ……こうなることはわかっていたんですよ。えぇ、わかっていましたとも」


と不機嫌そうに、何故か俺をにらんだ。

 

 ――言っておくが、俺はバーナードみたいに凝視はしていないぞ。


 ……と説明しても、火に油を注ぐだけなのでやめておく。

 ナナバの奴はプンスカ怒っているが、どうやら俺がキユを雇うのではないかと予想していた様だ。

 一方で別の反応を示したのはメローである。


 「ちょっと待ってくれよ。君、うちらを襲おうってしたよね」


 当然の反応である。

 かつての敵が今日の味方ということは、歴史上多々あることだが、それは経緯があってのこと。今回彼はその経緯を知らない。

 だが、彼の素性が分からない以上、全部説明するのは抵抗がある。

 それは、事前にはぐらかす様にキユと打ち合わせしてある。

 彼女はそれを守って……

 「そうしようとした」

……とだけ答えた。


 ――それはいくらなんでも短すぎるだろ。

 つまりは、ボロを出さない様に俺が巧いように説明しろということだ。


 メローも彼女が説明する気がないと理解したのか、俺の顔を見ながら「どういうこと?」と真意を問い直す。

 しょうがないなぁ……


 「まぁ、色々あったけど……俺は彼女の戦士としての能力を高く買った、ということだ」


 俺は彼にそう告げその状況について説明する。


 「彼女はこう見えて――」


 俺がそう説明を切り出した途端、ある1人のペッタンコから小さな野次を飛ばされた。


 「……どうせ、高く買ったのはそのおっぱいでしょ?」


 ナナバの嫉妬まみれの言葉に場の空気が一瞬で凍り付く。

 キユは顔面を真っ赤にして「なにぃ~、おまえの目的は私の体かぁ!」と自分の胸を両手で隠す様な仕草で俺を睨み付けた。


 ――うん。俺もこういう状況になることは何となく想像していた。想像していたとも。


 「慌てるな。俺はおまえを慰み者として雇った訳じゃない。でもおまえが考えている事以外でお願いするとしたら……」


 俺はトラブルメーカーの彼女を指差した。

 指差されたナナバは憮然とした表情でこちらをにらむ。

 キユは一瞬何のことだか分からず首を傾げたものの、ナナバの突っかかる様子を見てこちらの意図が分かったようで「あぁ……そういうことか」と彼女の前に歩み出た。


 「おう」


 「な、何よ」


 「あたしはキユだ。女同士仲良くやろうぜ」


 ナナバは釈然としない表情でキユを下から覗き見るも、キユはニヤッと笑いながら豪快且つ強引にナナバの右掌を掴み握手をした。

 掴まれたナナバはキユの握力に「痛い痛い」と若干キレ気味に怒っているが、これでパワーバランスを理解したのか、これ以上文句を言わなくなった。


 この様子を見ていたメローが「あぁ」と感嘆な声を挙げる

 どうやら彼もこちら側の意図を理解した様だ。

 あとはもう少し彼の不安を払拭させか。


 「メローの旦那、彼女を雇うのはこちら側の都合だ。それに報酬はすでにこちら側で支払い済み。もちろん雇用条件には旦那の護衛を記しているので、今後襲われる心配もない」


 「報酬? 俺の積荷以上のもの持っていたの?!」


 メローは素っ頓狂な声を出して俺に確認する。

 確かに、キユがメローを襲うとした理由はメローが運んでいた荷物、すなわち『法術の教本』である。

 それなのに他の物で納得出来るのかという疑問からなのであろう。

 実際、この教本は『俺にして見れば価値はないもの』だ。

 それでも、メローにしてみればその本は極秘事項であり、それを俺が公然に晒していいわけでもない。

 だから、彼女には納得できる代用品を渡してある。


 「彼女の腰に付けている刀。俺、お手製の業物だ。それをあげた」


 みんなの視線がキユの刀に集まる。

 キユは「おまえらちょっと下がれよ。今、もらった刀を見せてやるからよ」と言い、みんなから若干離れ、抜刀する。

 刀は日本刀をモデルとした細身の片刃刀である。

 平地が若干黒みを帯びており、刃文が不気味に鈍く輝いている。

 長さは概ね80センチメートル。当然反りがある打刀である。

 そして、何よりもキユが持っていた剣よりも軽い。


 それを見せられた3人は『えぇ~っ……』と言わんばかりに残念そうな表情になる。

 

 「なんだなんだ、その湿気た表情は。まるで『こんなもの、普通の剣と打ち合いすればすぐ折れる』……とでも言いたそうだな」

 

 キユは以前俺に尋ねたことを、今度はそのまま彼らに問う。

 その問いに彼らは「うん」とすなおに頷いた。

それでキユが、ケタケタと笑い出した。


 「あたしもそう思っていたんだけど――これマジでやべえ品物なんだぜ」


 ナナバは「そうはいっても……」と呟き、まだ理解出来ない様子である。

 だから俺から、その刀の特筆すべき点を説明することとする。


 「ナナバの持っている短剣くらいに斬れるぞ。そしてこの刀、そう簡単には折れない。打ち合いも想定している。相手がグレートソードだろうが斬馬刀であろうが打ち合いしてもこの刀は折れないよ」


 メローがいるので具体的には説明していないが、彼女の刀は元々彼女が持っていた剣の素材を参考に純度を極限まで上げ、うちの世界にあった日本刀に近いものに仕上げていている。

 通常はこれで終わりである。

 だが、今回はこれだけではない。

 その刀には内緒で法術も仕込んである。

 その刀の特筆すべき点は、


①刃は切れ味を落とさないよう法術で研ぎ澄まされ、原子接合部に食い込み切断する

②一太刀振るえば、自分に負荷を与えず相手に衝撃を与えるが、逆に相手の衝撃をいなして自分に負荷をかけさせない。


の点であり、さらに付け加えるなら、『上記の性質素材になるよう法術で構造変換をかけているだけなので、法力の補充は不要』であることが挙げられる。


 もっとも、弱点がない訳ではない。

 仮に『この刀が敵の手中に渡った』とか、非常に困ることだが『キユが裏切る』という可能性もある。

 だからそれくらいで抑えてある。

 でも、ここまでサービスしたから、今後の彼女の活躍に期待するとしよう。


 話を戻す。


 俺が刀はそう容易く折れない旨彼らに伝えると、ナナバとバーナードは「あぁ、そういうタイプの剣にしたのね」、「またどえらいものを作ってあげたのね」と俺の考えを察して納得したが、一方でメローは納得しきれない様子である。

 キユは「試し切りするか?」と近くの立木をを指差すが、別に部外者に手の内を明かす必要もないので、俺は彼女に手を振って彼女に刀を鞘に収めさせた。


 「俺の刀は実用的なアイテムとしてガンガン使ってくれ……と言いたいところだが、今はその時ではないのでお楽しみはとっておいてくれ」


 「そうだな。前の剣よりはもの凄く軽くて振りやすいから、あまり振り回すと余計なものまで切り落としそうだ」


 彼女はそう言いながらケラケラと笑っている。


 もっとも、キユの腕前なら前の剣でも十分使いこなせていたのに、何故彼女にこの刀を与えたのかという疑問に行き着くだろう。


 実は、彼女の素性に問題があった。


 彼女が持っているあの剣には『キユ=アドカボ』、『勇者アドカボ作』と刻印されている。どうやら『勇者アドカボ』とやらは、青い連中の一集落の長の様であり、彼女はそこのお嬢さんなのだ。

 当然、キユと雇用契約するとなれば、これが問題となる。

 言葉だけの素性は何とでも誤魔化せるが、持っている剣の刻印にあっては誤魔化すことはできない。

 つまり、彼女に何かあれば背後にいる勇者アドカボが巻き込まれることになるのだ。

 だからといって、他人の宝物をこちらの都合で刻印を消す訳にもいかないし……


 実際、キユも「この剣で用心棒すると、何かあった時に問題になる。あたしを雇うならこれ以上の剣をよこせ」という要求をした。

 だから、彼女の希望に沿う形で刀を与えたのだ。

 きっと彼女はこの刀を思う存分使いこなせるだろう。 

 

 「悪いがあたしの指導は鬼が付くほど厳しいらしい。そういう事でこれからよろしくな」


 キユはあからさまに作り笑いをして彼らにプレッシャーを掛けた。

 当然、指導されるバーナードやナナバはこれから大変な思いをすることになる。

 彼らの表情からサーッと血の気が引いていた。

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