第11話 経験値不足
俺の休憩の時間になった。
俺自体、法術を使えば、不眠でも体力回復させる事も出来る。
だが今回は軽く仮眠を取ることとにした。
さすがに、法術を用いて警戒し続けていたので、ほんの僅かだが保有している法力が目減りしていた。それは特に問題ないレベルであるが、用心に越したことはないので、ここは『寝る』という自然の摂理で体力や法力を回復させておこう。
さて、最も効率良い方回復方法であるが、安全な場所――この場所であれば『馬車の中』が考えられる。しかしながら、馬車には先約がいる。
さすがに体調不良のナナバを追い出して仮眠を取るほど、非道にもなれないし、それは小学生の俺でも、大人の俺でも反対である。
必然的に俺は外で寝ることにした。
だが、木の上で寝ようとよじ登ったところ、メローに「木にぶら下がっている死体みたいで気持ちが悪いからやめてくれ」と言われてしまい断念することにした。
仕方がないので、今度は幌の上によじ登ろうとするも、バーナードに「もし、幌が破けて落ちたら、下のナナバが大けがするだろ」と止められ、これも断念した。
アレもダメ、コレもダメで若干ムカツク。
「じゃあ、いいよ。俺、ここでおまえ等と共に警戒しているから」
警戒しながら少しうたた寝しようかと思っていたら、バーナードに真顔で
「さっさと馬車の中で寝ろよ」
と言われてしまった。さらにメローまでもが「どうぞどうぞ」と俺の選択肢を狭める様に馬車の出入りを許可する始末である。
「はぁ、ナナバが寝ているだろ?」
俺が反論すると、バーナードの奴が俺の両肩を掴み前後に揺すりながら、
「構わないからっ、一緒に寝ろよっ!」
と必死に馬車での休息を提案してきた。
「ナナバの奴、嫌がるぞ」
「そ、そりゃ……動揺する……だろうけど、最終的にめっちゃ喜ぶから!」
無茶苦茶な説得である。
トドメについては――
「何だったら、イタズラしちゃっていいから! って言うか子作りしちゃってもいいから!」
――と言う始末である。
生理的には小学生だが知識的は大人なので、それが何を意味しているのかぐらい理解出来た。
要はこの世界では孕ませてしまっても夫婦になれば問題はないということだ。
その理屈に本人の意思はどこにもない、人権もクソもない男尊女卑の考えだ。
それに反抗期真っ最中のナナバが相手だぞ。
喜ぶハズもなければ、憎まれるこの上なし。
「あのよぉ……それはおまえの言葉であって、彼女の言葉じゃないだろ」
「そりゃ……そうなんだけどよぉ……だ、大丈夫だ。俺はおまえの義兄になる覚悟はある」
口調が若干弱まる。それに説得力も皆無だ。
「おまえに覚悟があっても、彼女がソレを望んでいるとは限らない」
「いやいや、あいつはなんだかんだ言ってもおまえのことは――」
バーナードがそう切り出した時、馬車の方から「フン!」という気合い声と共に何かが飛んできた。それが真っ直ぐバーナードの後頭部に直撃する。
ゴツンという鈍い音と共に前につんのめるバーナード。
ほら、いわんこっちゃない馬車にいたナナバが怒りだした。それにしても投げつけたモノってメローの教本じゃないか。
メローが「あーっ!」という声を挙げ慌てて本を拾い上げ確認する。
幸い、破損もなく本の価値が落ちる事態もなさそうだ。
「何、勝手にしてくれているのかなぁ、この馬鹿兄貴は!」
ナナバが肩を揺すらせながらこちらに来るなり、脳震盪でクラクラしているバーナードの胸ぐらを締め上げ鬼の形相で怒鳴りつけた。
「ちょっと先走らないでよ! こっちも色々と心の準備があるんだからっ!」
顔を真っ赤にしてバーナードの体を前後左右に振り回した。
ほら、見ろ怒りだしたじゃないか。
「ナナバ、ゴメン。ナナバを起こすつもりはなかったんだ。バーナードの奴が勝手に妄想垂れ流ししていたもんで……」
彼女に話しかけると、彼女はバーナードを乱暴に地面に叩き付け、俺に詰め寄る。
「いーいっ、今の話はコイツの妄想だからっ! 今の話忘れて下さい」
彼女は鼻息荒く、かなり頭に血が上っている様子だった。
「わ、わかった」
「そ、それとぉ……」
彼女は顔を真っ赤にしながらソワソワしだし挙動がちょっと怪しくなる。
俺の視線を気にしたのか、ゴホンと咳払いをして体制を整えた。
「まぁ……そ、そうね。その……馬車で一緒に寝る……くらいは……問題ないわよ」
ナナバはこちら側をチラリチラリと視線を送りながら確認するように答えた。
俺がキョトンとしていると、さらにナナバが話を続ける。
「だ、だってカノンはずっと休んでいないでしょ。少し休んだら」
彼女がそう言うのなら問題はない。
「まぁ……おまえが良いというなら」
横でメローが教本を大事そうに抱えながら「よかったですね」っとナナバに一言。
その言葉が、ナナバとしては面白くなかった様で、懐からナイフを取り出し「今度、その本を試し切りさせてもらっていいですか?」とメローと教本を指差し、これ以上茶化すなと脅した。
そりゃ、腹立つわな。
彼らに促されるまま、荷馬車の中へ。
ナナバは耳を真っ赤させずっと俺から背を向けて座っている。
どうも落ち着かない。
俺だってどうしていいのかわからない
――ていうか、この後の流れ、十分過ぎるほどわかっているから!
頭の中では『このムードならばこの後はエロいことする』という流れは理解出来ている。
俺がわからないというのは、『それをどう回避するのか』という意味のことだ。
それに、彼らが思うような事にはならないハズだ。
第一、俺はまだ小学生だぞ。
感覚が経験値豊富な大人と違って生理的未熟もあるし、大事なところは敏感故なので行為に及ぶ以前にすぐに果てるだろう。
まあ、そうやって少年から大人になっていくのだろうが、こういう雰囲気で半ば強制的に促されるのはお互いに良くないはずだ。
それ以前に、何故そう言う感じに導いたんだ、この女は?
何を考えている……
俺の事、煙たがっていたんじゃないのか?
どうも俺は人の心って言うものが理解出来ない。
多分、俺はコミュ障なのだろう。
故に彼女がどんなつもりでそういう誘いを掛けているのか理解に苦しむ。
さて、どうしたものか。
では俺はどうなのか?
俺自体、この女を好きかどうかわからない。
けして彼女のことを嫌っている訳ではないのだが、色々と気を遣うので苦手だ。
ただ、献身的なところもあり嫌いではないのは確かだ。
むしろ普通に仕事をする仲間としては好きな人間である。
ここから導き出された答えは、今のところはLIKEであってLOVEには至っていないということ……その上俺は彼女のことを何も知らない過ぎる――
答えが出た。結論として、『こんなことするのにはまだ早すぎる』ということだ。
それなら、それで無理に大人になる必要はない。
次に考えるとしたら、その断り方だ。
彼女は男と女の関係になることを望んでいたのかどうかはさておき、そうなるかもしれないと考えた上での行動だろう。
それを頭ごなしに否定するのは気の毒だ。
無論、チャラけたり、しらばっくれたりして誤魔化すのはダメだ。
さて、どうやって断ろうか。
それとも……ここはお互いに受け入れるべきなのだろうか。
そこで、ふと昔の事が脳裏に過ぎった。
昔の事?
そう、これは小学生の俺の昔の事だ。
思い出したのは、親友だと思ったアイツの事だ。
俺はあいつに――あいつにダマされてこの世界に送られてしまったのだ。
真宮寺香奈子
あいつに裏切られた少年の心の傷が未だに疼く。
その彼が、他の記憶の俺の話し合いに入ってきたのだ。
『信用するな』
さらに主張を続ける。
『折角、この世界でやり直そうと思っているのに、この世界でも嫌な思いをするの?!』
これで俺の最終考えがまとまった。
最終的にまとまったことは――
「ナナバ、俺は向こうの世界で嫌な思いをして生きてきたんだ……だからこの世界でも嫌な思いはしたくないんだ……」
――自分の気持ちを正直に伝えることだった。
「…………」
「出来れば、おまえ等と仲良くこの世界を歩いてみたいんだ」
ナナバに背中越しに語るも、彼女は黙ったままであり、俺の言葉はまるで独り言ようだった。
それでも構わず話し続ける。
「今のままだと、俺はおまえ等と仲良くやっていく自信はない。それはしょうがない事だ。だっておまえらと俺とでは育った環境も考え方もまるで違うのだからな」
「…………」
「そこで、まずは俺の考え方だ。できればこの世界はどんなところなのか見て回りたい。感じてみたい。愚者のように、喜怒哀楽の旅をしたいんだ」
「…………」
「おまえらはどうしたいんだ?」
「…………私は……」
ナナバがようやく口を開くが、そこで戸惑って言葉が止まってしまった。
何となく彼女らの育ちが関係していることだと察した。
「正直言うと――どこかに地を付け、安定した生活を送りたい……てところじゃないのか? おまえらも嫌な思い、散々してきただろうからな」
俺が彼女に問うと、彼女は「あっ……」と小さな声をあげた。
否定しないところをみると、それが的外れということではなさそうだ。
「そこで提案がある。俺がこの世界で何をすべきなのか悟るまで自由に生きたいんだ。もちろん、おまえらの生き方も自由であっていい。ここで解散するのも良し、一緒に共にしてくれるのも良し……」
「わ、私は――!」
ナナバが立ち上がり俺を見下ろしながら何かを伝えようとしている。
『遮れ!』
俺の気持ちが一斉に警告する。
これには小学生の俺もそうだが他の連中も同意である。
それは彼女の今の気持ちを吐露しようとしているからであり、その結果次第によっては収拾つかなくなると判断したからだ。
俺は彼女の言葉を遮る形で話を切り出した。
「だから、おまえ……いや、おまえらが『もうここでいい』と俺に愛想を尽かすまで一緒に旅を続けてくれないか? 俺もおまえらとできるだけ仲良くしたいから」
俺は彼女から背を向けたまま彼女の思いを留まらせた。
ナナバは俺の意図を汲んでくれたのか、そのまま黙って再び俺から背を向け小さく丸まった。
「――あぁ、残念でしたね。今の一言でヤリ損ねましたよ。あとで後悔しても知りませんからね」
ナナバが若干むくれながらそう苦言を差してきた。
そんなことは重々承知だ。
「でもよ。そうなるには情報量が絶対に足りてないよ。俺はお前の事を知らなすぎるしおまえも俺の事を知らなすぎる」
「――!」
「だったら収拾付かない結果を求めるよりも、すべてにおいて色々積み重ねてそれから判断してもよくはないか。だからみんなで旅を続けたいと思うんだ」
ナナバが食い入る様に質問する。
「じゃあ、旅している間は私らは何をすればいいんですか」
ナナバの奴、何か勘違いしていないか?
もう主従関係はないのに……
「そうだな――それはその都度考えよう、みんなで」
俺がそう答えると、ナナバが急に声を荒げた。
「みんなで?! でも、あなたは私らに考えを示さないじゃないですか!」
ナナバがへそを曲げているのはそこだったか。
俺はこの世界でならほとんどのことを対処することが出来る。
対してこいつらは……
それに今は主従関係もないので命令したりそれに従う必要はない。
それでもバーナードは要領よく俺に合わせてくれていた様だが、ナナバは俺同様、相手に対してどう接していけばいいのかわからなかったのだ。
――わからない、この俺が?
それはおかしい、俺の記憶はかつてのやつらの経験があるはずだぞ?!
俺は先述べたようにほとんどの事案を対処出来るスキルと知識ある。
だが、今回の件でよくわかったのは、結果的に全てを処理できる能力がある、それはあるのだが……
あぁ――なるほど、どうやら俺は大きな勘違いしていたようだ。
そもそも、俺が受け継いだのは彼らの『記憶』と『スキル』、『法術』であり、内容は結論だけダイジェストされている。
具体的に言うと『成功した場合』と『失敗した場合はその原因はなにか』である。
裏を返せば引き継いでいないものもある。
それは成功にせよ失敗にせよ『それに至る途中経過』それが欠落していた。
たぶん、引き継がれる際に脳に負担が掛からない措置で削られたのだろう。
そして、ピオス村での戦闘で違和感。
今、思い返すと『間合いの微妙なずれ方』や『すぐに息が上がる』ということは、そのかつての俺の記憶に引きずられる形で小学生の体を振り回した結果である。
そこからわかることは、俺自体が経験結果等からチート能力を使えても、その能力の経験値が俺にないということ。
つまり、レベル1がいきなりチートを使って知識スキルを全てマックスにしただけで、素体は小学生のままということである。
ただでさえ、友達が少なかった小学生の俺である。
これでは仲間同士のコミュニケーション不足が発生してしまうのも頷ける。
――ダメだ。これでは俺も初心者だな……
この状態で、チームを組んで旅することがやっとであって、ベテランの様な立ち居振る舞いを求める方が愚かである。
ここは素直に非を認めるべきだ。
「ナナバ、俺が悪かったよ。色々と緊急時だったから……」
――いや、それだけじゃないな。
「ゴメン、それ以外もある。俺は口下手で、俺の価値観をおまえ等に押しつけているところもあるかもしれない」
そうナナバに伝えると、ナナバも「そうですよ」と文句を言ってきた。
ナナバが再び立ち上がり俺の背中をポンポンと叩くと勝ち誇ったように話を始めた。
「なんでも口にしなくてもわかり合える、に越したことはありませんが、口にしなければ分からないこともありますよ――なんて、そういう私自身も今分かったばかりですがね……だからこの際、どさくさ紛れにハッキリ言います」
ナナバはコホンと咳払いをすると深呼吸をした。
――なんか、いやな予感がする……
「私はあなたが好きです! ――でも、今は伝えるだけにしておきます。だから今は否定しないで下さい」
一瞬の出来事だった。
あんなこと言われた後で、言葉を遮るなんて出来る訳がない。
――どさくさ紛れに言いやがって、俺はどうしたらいいんだ?!
その言葉に、一瞬戸惑い言い返せず沈黙する。
でも、何だろう……これって巧く言い逃げした感じだけではないような気がする。
彼女の言葉の意味を少し考える。
伝えるだけで、否定はするな……これって言い方変えると『保留でいい』とでも取れるよな。
もちろん、肯定は歓迎するという意味でも取れるけど、少なくともく、俺に配慮した発言の様だ。
なるほどなと俺は彼女の言葉に感心した。
これなら今までの関係が維持できる。
さらに彼女が俺に助言をする。
「それと自分だけで行動しないで、私らにもどうして欲しいか伝えて下さい。私らなりに勝手にしますので」
確かにこいつらは俺の信用に足りる程、能力はない。
だから用件を伝えれば自分の出来る範囲で処理してくれるわけだな。
安心した。これで無事に仕事を達成できるし、こいつらと旅も続けられる。
問題は解決した。
なるほど……俺も少し力を抜いて任せることを覚えなければいけないな。
そうなると、彼らにある程度考えを伝えた上で、実際に彼らにやらせてみて、俺がフォローすればいいのか。
そうだ、そうだ、俺がフォローすれば…………
そこで俺は脳内シュミレーションをするが、出てきた答えが……
――こいつら、一部の能力除いて使えねえじゃん! このまま俺は尻拭いしっぱなしじゃん?!
これは俺の経験値を上げる意味ではいいのだろうけど、これはこれで問題だ!
今まではソコに触れず、なあなあで済ませていたが、今回はそれは敢えて指摘することにした。
「気を悪くしないで聞いてくれ。冷静におまえらのことを評価すると、一部のスキルに特化しただけで、基本的には年相応なんだよな」
「それは……否定できませんが……」
「おまえらの索敵能力や暗殺スキルはいいとしても、白兵戦は――」
ここでナナバが意味を理解した様で「あっ……」と声を出した。
「それに交渉術、策略、食料調達等、欠けているものが多い」
「――すいません……勝手に出来るだけの能力ありません……でした」
ナナバはその場にしゃがみ、俺に背を向け床にのの字を書きいじけだした。
余り指摘したくないところであるが、現状を知って改善してもらわないとナナバの提案を否定しなければならない。
「どうしたら……いいのでしょうか……」
ナナバは不安そうに俺に助言を求める。
彼女にして見れば大口を叩いたものの、現実を知ってこれでは自ら否定しなければならない訳だ――これでは今まで俺がしていたことを肯定してしまうことになる。
折角一歩前進しようとしていたのに、これでは元の木阿弥――それはお互いにとって良くない。
ならば、俺がそこをフォローする必要がある。
「とりあえず能力スキルアップをすれば良いと思う」
「能力ですか? それではいつぞやみたいにスキルを複製譲渡してくれるんですね」
ナナバの奴がいくらか元気を取り戻した。
――う~ん、それでは結果だけ得られて経験値は得られない。
「俺さぁ、何でも出来るけど『思ったとおり出来る』わけではないんだ」
「そうなんですか?」
「知識はあるけど、実際におまえとトラブルみたいになったじゃん。要は実体験が足りていないんだよ」
「じゃあ、みんなで経験を積みましょうよ」
――うん、思ったとおりの答えである。
ならば、あの話を切り出してもいいだろう。
「そこでだ。俺から提案がある。お互いの経験値向上の為、その道のプロを雇わないか?」
「――はぁ?」
ナナバが俺の意図を読んだかのように不快そうに低めな声を挙げた。
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