第10話 キユ
俺はなんとかあの女傑を拉致した訳だが……俺の見立てではナナバとは馬が合いそうだ。
ただ、問題はナナバの奴が相当へそを曲げていることだ。
いきなりナナバの前にコイツを連れて戻っても彼女は『私はいらない子なんでしょ!』とか言って余計拗らせてしまうだろう。
そこで、この女傑の素性を知ってからでも遅くない。
それからナナバと引き合わせることにしよう。
俺は街道から若干離れた場所の木下で、彼女を降ろした。
まずは所見から。
褐色の細マッチョの体型であるが、汗臭さは皆無で微かに花の様な薫りがする。
装備や衣服も特に汚れていない。
――やはり盗賊にしては綺麗すぎる。
特に違和感を覚えるのは彼女が携える剣。
盗賊が持っている刀剣にしては、質が良すぎる。
華美な装飾が施されている訳ではないが、握りやすく、振り回すには丁度いい重さで実用的なものに仕立てられている。
抜刀すると、刃こぼれ一つない。巧いのか刃こぼれだけではなく傷もほぼ皆無である。以前、俺と手合わせした際に刃先がいくらか当たったとは思ったが巧く、いなされた様だ。
何の鋼を使用しているのか……いや、これは鋼ではないな。アダマンタイトだ。
さらに確認すると刃先はミスリルになっている。
そうか。ミスリルを心金、アダマンタイトを皮金にして組み合わせているのか。
これはお飾りではない戦闘向きの刀剣だ。
これは彼女向きにカスタムされたものであり、強奪品等には思えない。
ならば、ちょっとこの剣の鑑定をしてみるか。
分解すると直すのが面倒なので、その辺は法術でスキャンしてみる。
――スキャン終了。
この剣は日本刀のように柄の
この世界で自分の事を勇者と号する愚か者は、転生や転移者の他は、余程の愚者か頭がおかしい者、それと余程の鬼畜外道か、『ある連中』くらいだろう。
俺の有する記憶や知識内に、業物武具を仕立てる集落があった。
確か国名はなく、彼らは通称で『青い連中』と呼ばれていた。そいつらがたまに勇者を名乗ることがある。まぁ、言わば中二病的なノリで名乗っている様ではあるが……
その彼らはドワーフと呼ばれる部族ともう一つの部族で構成されており、国家と言えるほど纏まりは無く、集落の寄せ集めである。
ちなみに、ここで言うドワーフ族とは俺がいた世界で語られるドワーフとは若干異なっており、筋肉質であることは共通していても、ずんぐりむっくりではない。
彼女のように褐色で長身の者もいれば、そうでないものもいる。
そういえば、バーナードやナナバも青い連中の住人だった。
あいつらは体付きがひょろっとしているから、ドワーフと呼ばれる部族ではなく、もう一つの部族であるゴブリン族なのだろう。
もちろん彼らも、俺の世界のゴブリンとは異なり、見た目はゴブリンと言うよりエルフに近いし、緑色の肌ではない。
そして力が弱くとても賢い。それ故に狡賢いイメージがこの世界では伝えられている。それだけが、唯一俺の世界のゴブリンと一致している点だ。
まぁ、ナナバらをみていると、とても狡猾には見えないし実際の所は力がないので、知恵で何とか生きてきたっていうところだろう。
――おっと脱線した。話を戻す。
以上から、この刀剣製造技術は『青い連中』のところのドワーフと言われている部族で作られたものと推測される。
そして、彼女自体も筋肉質であることからドワーフと思われる。
なら、こいつは青い連中のドワーフの族『勇者アドカボ』の娘、キユと考えるべきであろう。
勇者――と号するくらいだろうから、何らかの実力者と思われるが、さすがに俺の記憶に『アドカボ』に関する知識はないので、起こしてちょっとカマを掛けてみよう。
「起きろ」
俺は彼女の頬に往復でビンタを食らわすと、彼女はゆっくり目を開け、寝惚け眼で俺の方に目を移す。
そして、自分が拉致されたと気付くと自分の身の回りを見回し、自分の身に特異状況がないのを確認していた。
「安心しろ。服を脱がしたり、おまえの体にイタズラはしていない」
彼女は自分が何も拘束されていないことに気付き、腰を落とし剣の柄を握りこちらを凝視する。
「拘束しないし丁重にもてなそう、ただ剣を抜くなら遠慮はしないが。どうする?」
「何が目的だ!」
彼女は後ずさりしながら、柄を右手に握り締めいつでも抜刀できる体制は維持している。
こちらが迂闊に動くと斬りかかってくるだろう。
だから、身動きせずジッと彼女を凝視した。
ここでは話し合うだけだ、早速カマ掛けてみよう。
「俺が聞きたい。何故、俺らを付け狙うか、キユよ」
「そんなの決まっているだろ――って、なんであたしの名前を知っている?!」
やっぱりビンゴである。素直に答えてくれてありがとう。
さらに話を進める。
「先に尋ねているのは俺だ。答えろ」
彼女はジリジリと後ろに下がり僅かに剣を引きだしている。
「……あたしの目的は荷台の物と行商人の男だ」
「おまえだったら何も盗賊まがいな事をしなくても済むだろうに」
俺は敢えて、暗に『その立場なら』と解釈できる言葉で彼女を誘導する。案の定、彼女は「おまえ、あたしの素性どこまで知っている!」と警戒していた。
「一応、言っておく。剣を抜けば遠慮なく潰す。もちろんおまえの素性関係なく殺すことになるが……」
俺の警告になんとなく嫌な予感でも感じたのか彼女はようやく柄から手を放した。
そして強がりを言う。
「い、一応、話し合いに応じる」
「そうしてもらうとありがたい」
◇◇◇◇
彼女と話し合った結果、彼女は俺の予想どおり『青い連中』のキユ=アドカボであり、バッカーマーツリー集落の長、アドカボの娘であることがわかった。
このアドカボはどうやらこの集落の英雄の様で、集落の人々の人望が厚いので集落の長として任されている様だ。
簡単に言うと、キユはそこの令嬢である。
なぜ、令嬢がうちのメローや彼の積荷を狙っているのか……であるが。
「悪いが、それは知らされていない。それは嘘ではない。ただあたしが父上から言われていたのは、『彼がうちの集落に禍をなす前に捕縛せよ』だけだ」
「禍をなす? あの男はどういう人物か知らんが、あの荷台にそれだけの価値はないぞ」
「何が乗せられている?」
どうやら彼女も荷台のことについては知らされていないどころか心当たりがない様だ。
そこで俺はふと彼女の問いに答えるべきかどうか考えることにした。
彼が禍なのであれば荷台のことよりも、一番の問題はメローのハズだ。
メローを守るのであれば、ここではぐらかす方法もあるが、逆に本当のことを告げて彼女にその目的を理解させた上で様子を見るのもありだろう。
「本だよ、本。それも『基礎的な』法術書だ」
実は荷台の中身についてはすでに法術でスキャンしており把握済みである。
これは基礎的な攻撃や治癒などの法術が記されている教本様なものである。
ここでいう『基礎的な』であるが、これは俺から言わせてみると……という意味だ。
多分、こいつらレベルで言うと高等法術であることには違いない。それの研究成果が記されているものなのだが、この本の肝心な部分が記されていない。
それは法術を掛け合わせた応用方法と掛け合わせた反作用の部分がすっぽり抜け落ちている……と言うより研究がそこまで進んでいないということだ。
おそらく法術の研究黎明期の資料であり、研究資料としては歴史的価値があるだけで戦術的なものではない。
こんな基礎知識の教本を持っていたって、法術階級を上げる以外、何ら役に立たない。
そこから俺が導き出した結論であるが、『メローの雇用者は法術階級を上げるための教本を集めていた』と言うことだ。
それをあえて俺の考えを示さずに彼女に晒すことにした。
その後、彼女がどう出るかである。
「本だと?……しかも基礎的なもの……」
キユはそうつぶやくとしばらく考え込み何かを思いついた様だ。
「で、でもその本があれば一国だって滅ぼせる威力がある攻撃は出来るんだろ?!」
キユはそれ位の認識しかなかった。彼女の『知らない』は本当の様である。
「まぁ、大型の攻撃法術も記されてはいたので出来なくもないが、そのためには少なくとも術者1人が犠牲になるわな。なんせ遠方に放つ方式ではなくその場に放つものだからな」
「それでは意味がないな……ではなんで父上はその本の強奪を指示したのか」
「俺がそんなこと知る訳ないだろ。それではなんでメローの旦那を――って?!」
俺はそこでその意味を理解した。
どうやら、俺はとんでもない奴の護衛についてしまったようだ。
――俺はキユと話し合った結果、当初の予定を変更することにした。
彼女を連れ帰ることはせず、その場で彼女を解放した。
それから俺はメローの馬車に戻り、状況を説明した。
「穴を掘っていたが、カノンさんを見ると弓矢で威嚇しながら逃走した――か」
その嘘の情報を報告するとメローは案の定、首を傾げていたので俺が「諦めが良すぎるので気味が悪い。逆に旦那の方で何か心当たりがないか?」と尋ねてみた。
するとメローは歯切れの悪い言い方で「い、いや何でもない――気のせいだろう」と打ち切った。
……思ったとおりである。
――奴は何か隠している。
法術などで自白せてもよかったのだが、粗方予想が付いていたので敢えて乱暴な手段を執らずに様子を見ることにした。
まぁ、今の俺は彼がどんな人物であっても裏切る真似はしないつもりだ。
それに俺の目的は彼を無事に行き先へ送り届ければいいだけだから。
俺はバーナードと話をするため、メローに断りを入れて荷馬車に入る。
荷馬車の中ではバーナードがキユの看病をしている。
彼女が寝ている場所には例の本がベッド代わりに敷かれている。
これはメローの善意で提供されているものであるが、これは無造作にそこらに置かれているよりも敷いてしまえば俺らの目に止まることはないという解釈も出来なくはない。
……おっと、今は教本はどうでもいい。バーナードには一応手短に話しておく。
「いいか。これから何が遭っても俺を信じろよ」
「ん? どういう意味だ」
バーナードは若干困惑した表情で俺を見ていたが、すぐにウンウンと頷き「わかった」と納得した。
一方で、ナナバはジッと俺の顔を睨んでいる。
だから、俺は彼女にこう言った。
「ナナバは俺のことを信じなくていい。自分が思ったままに生きろ」
俺の言葉にナナバは動揺しながら「な、なんで……」と声を詰まらせながら涙目になっていたが、俺はすぐにこう補足した。
「それがおまえに対する指示だ」
ナナバはその場で泣き崩れたが、バーナードは俺の意図を汲んだようで俺にあたることもなくナナバをあやしていた。
そして案の定、メローはこちらの様子をチラ見して覗っている。
今はこれで十分だ。あとは俺がしばらく索敵してその後の動きを見てみることにする。
――さて、馬車は更に進み、白帝があった共和国方面へと進む。
夜も更け、馬車も再び休憩に入る。
俺はバーナードと入れ替わり休憩に入ることにした。
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