第8話 擦れ違う気持ち

 行商人との契約成立につき、俺らは彼の警護に就いた。

 ただ、ここに来て不協和音が生じ始める。

 それは俺とナナバとの関係である。

 俺は元々、人付き合いは苦手だ。

 バーナードは気が利く奴なので、妹のナナバは無論のこと、俺とも良好な関係を保っている。

 一方で、俺とナナバとは最初はそれなりにコミュニケーションがとれていたが、段々微妙な空気に変わり、コミュニケーションが取りにくくなってきたのだ。最近では合わすなりプクッと頬を膨らませるようになった。


 ……まぁ、ずっと彼らと一緒に旅を続けるつもりもないので、とりあえずはその時まで仲良く過ごしたいものだ。


◇◇◇◇


 「カノン、時間になったから代わるぜ」


 「おう、あとは頼むわ」


 後方の見張り番をしていた俺の所にバーナードがやってきた。

 俺は彼と見張りを交代し、馬車の幌の上で仮眠を取る。

 その間、バーナードが俺が先ほどまでいた場所で、ナナバが荷馬車の行者台から警戒にあたっている。

 バーナードは視野が広く、遠くも見通せるので索敵させるのには適任者である。

 一方で、ナナバは近接戦闘に特化しており、幸い今のところ活躍する事態には至っていない。

 

 ――まぁ、それは彼らの存在意義を与えるだけの口述だ。

 

 実際は俺がここに寝っ転がっていても、バーナードよりも広範囲に索敵ができるし、戦闘に関してもナナバよりも先に動ける自信はある。

 だから建前上、任務交代をしながらこの馬車の警戒にあたっているのだ。

 さて、法術を組み合わせた自動索敵を走らせ、俺は暢気に空でも仰ぐとするか。


 ――ゆったりとした時間が流れていく。


 それにしても、ここの空は高く広い。

 ビルなどの高層建造物もなく、空気の汚染もない。

 澄み切った青が、目に染みる。

 時折、ボーッと白い雲が流れていくのを眺める……


 そう言えば、俺の人生でこんなにゆったりと空を仰いだことはなかったな。

 まぁ、引き継いだ記憶の中には同じような体感経験はあるのだが、実際に目の前で見た物が一番心に響くのだ。


 馬車は広い広い草原の街道をカポカポと進んで行く。

 どこまでもどこまでも進んで行く。

 俺は馬車の目的地すら考えず、ゴトゴトと揺れ動く幌の上で揺られていた。

 この揺れで俺はついウトウトと意識が朦朧となる。

 やべー、眠くなってきた……

 

 ――そんな中。急に馬車が止まった。


 ん? ――敵襲……か?

 索敵結果は特に不穏な状況はなく、敵襲とかそういうのではなさそうだ。

 

 「おーい、お昼ご飯にしないか」


 俺に声を掛けてきたのは、雇用主である行商人の男だ。

 彼の名前はメローという。見た感じは10代後半から20代前半。見た目はそこらにいる行商人そのものであるが、どこか商人にしては素直な性格で、いやらしい物の見方はしない。


 どうも彼は行商人というより、それらを統べる老舗豪商の若旦那というオーラが滲み出ている。どういう経緯でこの仕事をしているのかは知らないが、あえてそこには触れないでおこう。


 なお、俺は彼を『メローの旦那もしくは旦那』、彼は俺のことを『大将』と呼んでいる。


 「飯か。わかった」


 俺は馬車の幌から地面に降りて、指をパチンと鳴らす。

 これは昔見たアニメで活躍していた錬金術師の物真似である。

 俺が指定した何もない場所で火を起こした。

 

 「それはファイアに似てるけど、そんな法術あったんだ……」


 メローは俺の法術に興味津々で目を輝かせている。

 だが、これはあくまでも初級の炎系法術ファイアの応用である――てかファイアそのものだ。


 「ああ、これはファイアであっている。指パッチンは俺のクセでこの動作に意味は無い」


 「あぁ、そうか。でも、そのリアクションって格好いいな」


 そりゃ、人気のアニメキャラクタのポーズだかね。


 「ところで旦那、あいつらも呼んでいいか?」


 あいつらとはナナバとバーナードの事である。

 彼らは俺が自動索敵していることを知らず、ずっと警戒態勢を保持している。

 まぁ、油断しないだけマシであるが、あまり根を詰めて仕事をされるのも良くないので適度に休ませてあげる必要がある。


 俺はメローの「かまわないよ」という承認を得て、二人を呼んだ。


 「おう、俺らもいいのか?」


 「バーナードも分かっていると思うけど、この周りは人はうちらしかいない。小動物はそれなりにいるが、狼や熊などの猛獣は少なくとも草原ではいない」


 「うへぇ――索敵も出来るのかよ。俺の存在価値がまた下がるよなぁ」


 バーナードは若干自信を失うが、彼の索敵能力、『目視確認』は俺にはない能力である。

 確かに目視であるから、そう遠くまで索敵できないが、目視であるから解析する必要は無く、直ぐさま対応出来るのが利点である。


 「そう気にするな。索敵は複数で行うべきなんだぞ。それに索敵方法も俺のとは違うみたいだし、おまえの索敵もないと困る」


 「そうか?」


 「そうだ」


 バーナードの奴はこんな感じで手短に意思の疎通が取れる――対してナナバに関しては。


 「私は最後で結構です。仕事がありますので」


 彼女はそう言って行者台に戻ってしまった。

 真面目なのか、反発なのかは知らないが、あまり良い感じはしないし、彼女とは疎通が難しいそうだ。


 「お嬢は今日も機嫌が悪そうだね」


 メローが困った表情で愛想笑いをする。

 メローがナナバのことを『お嬢』というのは、彼女が気分屋ということのようだ。

 確かにいくら対等の立場だとはいえ、『おまえ、何様のつもり?』と言いたいくらいの態度だ。

 それでも、外部の人間に身内の悪口を言うのは御法度だ。


 「――仕事熱心なのは結構なことだ」


 俺は彼女の態度を無視することとし、さっさと昼ご飯の支度を始めた。

 とりあえず、荷馬車にあった食材を使わせてもらい錬金術で創り出したフライパンで調理を始めた。

 俺が調理中、バーナードが俺の脇に寄り、彼から話しかけられた。


 「すまねえなナナバの奴が気分悪くさせて」


 「別におまえが謝ることでもないし、ナナバも間違ったことはしていない」


 俺は調理終わった炒め物をメローとバーナード、自分のものを盛り付け、任務中のナナバの食事はたんまりと用意した。


 「お、おい……ナナバの奴、そんなに食べられないぞ」


 「いや、仕事をしっかりしてくれているのだから――しっかり食べてもいたいなとおもって」


 「おまえ――ひょっとして怒っている?」


 「――いいや怒っていないぞ」


 ――といいつつ、本当はちょっとカチンと来ていた。本音を言うと激辛調味料を用いてナナバ様にアレンジしてやりたかったのだが、そこまでするとさすがに大人げないので、たんまり2人前で仕返しすることした。

 それにしても、ああいう『つっけんどん』な態度はどうも、親族や昔の家にいたお弟子さんの態度を彷彿とさせられ気分が悪い。


 結局、ナナバと俺は相性が悪そうだったので、俺が食事をさっさと済ませ、ナナバと交代することとした。


 「代わるぞ」


 「――わかりました」


 ナナバは素早く俺にぺこりと頭を下げると足早にバーナードの元に行ってしまった。

 あの感じだと、腹はそれなりに減っていたか。あるいは俺と一緒にいたくなかったのかのどちらかだな。

 俺、そこまで彼女気に障ることでもしたのか? ――まあ、どうでもいいけど。


 俺は敢えてナナバをスルーして仕事に移る。

 もちろん、先ほどから自動索敵を行っているから、ある意味仕事をしていたといっても過言ではないが、折角なのでちょっと変わった事をしてみるか。


 自動索敵を手動に変更。

 さらに、索敵候補に小動物――それも食べられそうなものに限定する。

 ……野ウサギ2匹と山雉3羽を発見。

 

 まずはデスツイッター――まあ簡単にいうとザラキみたいな即死系法術をかけ、その死体を亜空間経由でこちらに取り寄せる。

 後は食材加工して肉にするが――こっちのウサギはどちらかと角があり、中型犬の大きさぐらいである。どちらかというとモンスターの部類である。

 このウサギは、角は薬剤になるらしく、そこそこの値段で取引できるらしい。

 毛皮は丁寧に縫製すれば武具屋で高額で取引してくれる様であるが、こちら側で防寒アイテムとしてとっておくか。

 

 さて、これから解体に移る。

 小学生の俺であれば捌くのは出来なかったと思うが、この世界得た経験では何の躊躇いもなく捌ける。


 …………


 そうこうしているうちにウサギと雉の精肉できた。

 早速、これを彼らに提供してもいいが、昼飯を食べ終わった後では、今すぐにこれを食べたいとは思わないだろう。

 それに冷蔵保管庫――も錬金と法術で作リ出す事も可能であるが、一々製造に取りかかっていては時間が掛かるので、ここは保存用として干し肉に加工することにした。


 さて、僕の個人的な用件は終わったので、あとは再び自動索敵に切り替えて警戒態勢を維持し続ければいい。


「おぉい。メローの旦那、塩や胡椒などの香辛料持っていないか?」


 「おおう、大将。あるにはあるが、何に使う」


 「さっき、山雉とウサギを捕まえて精肉にした。干し肉にしたいんで融通してもらいたい。もちろんあんたも食うだろ?」


 「もちろんだ。一応、香辛料はそれなりに揃っている使ってくれ」


 あとは干し肉加工か。

 俺1人で十分できるが、ヤツらにも作り方教えておくとするか。


 「おい、バーナード、ナナバ」


 俺は彼らを呼び出すが、バーナードは「あいよ」とこちらにすっ飛んできたが、ナナバは憮然とした表情でもたもたと俺の元にやってくる。


 「これ、調理するから手伝ってくれ」


 彼らに精肉を見せると、2人は大層驚いており、ナナバは「これ、どうやって整えたんですか?」、バーナードは「どこで仕入れたんだ?」とそれぞれ尋ねてきた。

 どうやら、俺の精肉技術を驚いている様で、それは精肉店レベルとのことだ。


 「そこらにいたウサギと雉を狩っただけだ」


 俺がそう告げると、ナナバが「えっ……」と絶句しており、と何かのショックを受けている様である。



 「それじゃ、私らこんなことをしなくても路銀を稼げたんじゃないですか……」



 「まぁ、結果的にそうなるの――か? バーナードが売れないって言っていたからうちらで食べるために加工しただけだぞ」


 「いやぁ、カノンにここまで加工技術があるとは思わなかった……野生の獣って血抜きとか内臓の処理なんて慣れないと出来ないし、巧く精肉しないとマズくて食えないんだ。」


 「なら、俺は将来、肉屋でも開こうかな」


 「あぁ、確かにここまでの技能が商品として成立しただろう。ところで、それ今から食べるのか? それとも売りに行くのか?」


 「いいや、今から保存食を作ろうと思う、手伝ってくれないか」



◇◇◇◇



 ――夜になった。


 立ち寄る街はまだまだ先だ。馬車は夜通し走る訳ではなく、馬を休ませる名目で安全な場所で仮眠をとる。

 あとは交代で仮眠をとるが、メローに関しては出発まで休ませることにした。

 休憩時間が俺の番に変わり、ウトウトしていると、バーナードに起こされた。

 得にトラブルが発生した訳でもなく、「ちょっと相談に乗って欲しい」とのことで、目を擦りながら彼の話を聞くことにする。


 「ナナバが何かへそ曲げているんだが、カノン、心当たりないか?」


 「……俺もそれを聞こうと思っていた」

 

 話題のその子は今の時間、警戒にあたっており、ここにはいない。

 どうもバーナードもそれを感じていた様で、2人で思い当たる事を探す。

 色々話していくと、どうも俺が何かする度に彼女が――

 

 驚いたり、ショックを受けたり、へそを曲げたり


――という状況が散見されたのが確認できた。


 「そうすると、カノンが意図してナナバを怒らせた訳ではないな」


 「無論。ただ、俺が無意識的に苛つかせたのかもしれん」


 「でも、どうするか」


 「理由がわからない以上、どうすることもできないな、このまま様子見るしかないか」


 「確かに。仮に俺があいつに聞き出したところで『別に』とぷいっとそっぽを向かれてしまうだろう」

 

 ボンクラ男が揃って頭を抱えていると、メローが「何やら青春しているなぁ」と口を挟んできた。

 俺らの話で目を覚ましてしまったようだ。


 「あぁ、旦那か。起こしてすまない」


 「いや、どっちにしても今の時間、まだ眠れない……まだ外で寝るのは慣れなくてね」


 ――やっぱり、この旦那もどこかのボンボンだったんだな。


 俺はそこに触れず、「俺らはへそ曲げている娘の対処に悩んでいるだ」と打ち明けた。


 「まぁ、俺の見た感じでは――お嬢、迷ってないか?」


 「ナナバが迷っている?」


 「そうだ。お嬢が大将と何らかの会話をすると戸惑っている様にも見えた」


 メローからそう指摘され、俺はバーナードと顔を見合わす。

 彼女が俺に戸惑いを感じている……か。

 それは煙たがられているということなのだろうか?

 

 いずれにしても、俺がこのまま彼らと一緒の行動をしていると、最後には喧嘩別れになってしまうのではないか。


 彼女とは信用関係は築けないわけで、このまま騙し騙し一緒に旅をしてもこの先、きっと取り返しのない問題がおこるだろう。

 だったら、この際、解散させたほうがいい。


 「バーナードよ。この仕事が終わったら、このチームを解散させよう」


 「えっ、それマジで?」


 バーナードが驚いてすぐに俺に問う。彼は俺とタイミングを合わせてくれし、逆にバーナードとタイミングが合わせやすい。だからもの凄く頼りになる。

 一方で――


 「ナナバは呼吸が合わないし、俺も合わせ難い……このままだと巧くいくものも巧く行かなくなる。それに――」


 ここで俺は本音を語ることにした。


 「俺は居心地の悪い環境に育った……それは俺のトラウマなんだよ」


 バーナードは俺の本音に「まいったなぁ……」と呟きナナバを呼んでくると言い出した。別に、この状況で話し合っても解決しないから、呼ばなくて良いと言ったが、メローに


 「蟠りがあるなら一度良く話して置いたほうがいいのでは」


と提案され、それに応じることにした。


 きっと、呼び出して話し合いをしても、彼女のことだから頬を膨らませて、いじけた表情で俺を睨み付けて、喧嘩別れになるだろう。

 俺は――そう思っていた。

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