魔王を討伐しようとしたら、実は自分がソレだった件について ver.1

田布施 月雄

第1章 勇者という魔王の召喚

第1話 始まりの地

 気がつくと、そこは石の建物だった。


 辺りは真っ暗で人の気配はないが、先ほどまで香を焚いていた匂いが残る。

 こういう場合は慌てずジッとした方がいい。

 しばらく大人しくしていると暗闇に目が慣れ、周囲の状況が見えてくる様になった。

 目が馴染んだところで周囲を見回すと、ここは神殿の様な作になっており、だいぶ古いものであるが、清掃がなされ手入れが行き届いている感じだ。

 さらに凝視する。

 どうやらここは個室形状になっており、何かの像が壁に奉られている。


 「これは……勇者の像か?」


 開口一発目に、本来知るはずのない情報が俺の口から出てきた。


 「――って、何で俺はここにいるんだ?」


 少し、頭が混乱している。少し整理しよう。


 俺の名前は神池龍一朗、小学5年生の名家のご子息――さっきまでそうだった。

 うちの家業は呪禁師という呪術系の拝み屋なのだが、何代か前に異世界人と交流を持ち、事ある毎にそこの当主の子が『留学』と称して送りこまれる習わしがある。

 正直、その当時の俺はあまり気が進まなかった。

 現当主である祖母のみふねは『魔王を倒してこい』とこの俺を送り出した首謀者だ。

 

 ――魔王を倒せ? ババアよ、おまえ何言っているんだ?


 そんなの、この世界にいる訳がない。

 無責任にも程がある、育児放棄か児童虐待も甚だしい。

 当時の俺は泣いて拒んだが、母親と父親は黙ってババアに従った。


 あの人等は所詮は俺の事より家のことが大事なんだろう。

 とりあえず産んでくれたことだけは感謝する……


 しかも、この俺をここに送り込んだのは幼馴染みの真成寺香奈子。

 本来ならば、経験豊富な術者が行い、父の知人方へ送られることになっていた。

 それなのに、何故か彼女が施術者に指定され、結果的にここ送りとなった訳である。

 端から見れば、術が失敗して失踪したと映るだろう。

 そもそも、彼女はこんな簡単な転移法術を間違えるほどバカではないハズなので、彼女の背後にいた俺を快く思わない信者と両親等が彼女を唆して俺を飛ばしたと考えるのが自然である。


 ――これはもう、許せないよなぁ。

 

 さて、生まれた星を恨んでも仕方が無いので、新たな世界に踏み出した以上は前向きに踏み出さなければならないな。


 ……と何故小学生の俺がこんなに割り切っているのか。


 通常の子供ならばその場に泣き崩れていたか、呆然としていたハズである。

 俺の心情としても、裏切られたやるせない気持ちで、今にも涙がこぼれそうだ。


 だが、実際に至ってこんな感じだ。


 大方想像はつく。

 ここに転送された時に、この世界のかつての住民――それも複数人分の記憶が頭に刷り込まれてしまったためだろう。

 具体的に言うと剣士だった人の記憶、法術使いだった人の記憶……など彼らの人生経験が、小学5年生の俺に付与されたのだ。状況は違えども結果的に名探偵湖南なんとかと理屈は同じである。

 だから、判断するのは俺であっても、小学生の俺の判断ではないのである。

 その記憶の片隅が『泣くより先にここでの対策が急務』だと諭す――だから泣きたくとも泣けない。

 

 今、必要なのは情報だ。


 俺の記憶でもある程度は何とかなるだろうが、この場所が記憶にない以上、とりあえず新しい情報を探すしかない。


 俺は部屋を隈無く探すことにした。

 ここは窓のない個室であること。そして勇者の像の他に、この部屋には何もない。

 ここに像があるということは必ず搬入口はあるはず。

 さらに探ってみると、像の対面側の壁に大きな石が二枚埋め込まれている。

 実際に手で触れてみる……と少し動いた。これは両開き扉の様だ。

 どうやら鍵は掛かっていなさそう。ここから退室できそうだ。

 

 ただ、その先にトラップが仕掛けられている可能性も否定出来ない。現に、隣の部屋から人の気配がする。

 

 ならばその対策を考えよう。


 とりあえず今の自分の状況だ。

 衣服は……送り込まれた時に着せられた白装束と足袋と草履。香奈子のバカと戦った際に残った護符が数枚あるだけ。


 武器は――ない、他は何もない!


 これで、どうやって魔王を倒せというのか?

 本当に厄介払い……いや、始末するために俺を送り込んだんだな。


 

 次に確認したのはこの世界で使う術関係。

 こういう世界って『魔術・魔法』などと呼ばれるチート技が定番である。

 実際、この世界では『法術』と呼ばれる魔法の類は存在する様だ。

 俺の使える法術は何か――火炎系、爆裂系、回復系、召喚系、身体強化系etc.……


 調べてみると、この世界のあらゆる法術をマスターしているではないか。

 それと別枠で法術剣であるクリスタルブレードが使える!

 これがあるなら武器はなくともなんとかなりそうだ。


 問題は術を行使するためにはその燃料となる法力が必要だ。

 あらゆる法術が使えても、法力がクソだったら話にならない。

 これを測定する法術は……『サーチ』か。

 では、計測してみよう。

 目の前にヘッドアップディスプレイの様に数値が表示された。

 俺の実力は5000PT(ポイント)である。

 俺が得た知識では標準的な法術師で500PT、法術兵でも1500PT弱なので、これは喜んでよいところだ。


 ちなみに今のところ、俺が行使できる攻撃最強系の法術は『アルティメッドソドム』である。これは核弾頭に類似する火力を有しており、その法力消費量は1億PT。桁外れに高い。


 ――そこで一つひっかかることがある。それは5000PTしかないのに1億PT使用できる法術がリストアップされていることだ。


 そもそも法術は使用使役出来るものは法術師のランクや保有PTの高さで決まる。

 法術に1億PTが使えるものがあるということは、ランク的には問題はない様で、法力容量も1億PT以上保有可能と思われる。


 今現在、PTがそこまで達していないない理由についてはあとで考えるとして……今は判明したことを整理するとしよう。


 今の俺は転移したばかりであること。

 そして転移時に何故か知識が授けられたこと。

 法術は今時点でも十分使えるというここと。


 ……今はこれだけあれば何とかなりそうだ。

 

 それでは次の行動に移る。

 ここでの作業はとりあえず終わりにして、隣の部屋に移ろう。

 まずは、護符を扉の隙間から隣の部屋に投げ入れる。

 この護符には虫の容姿を変える術を施した。

 そして虫はドローンみたいに部屋を飛び回り、映し出した情景を自分に転送させる様にした。

 この術は法術ではなく、うちの実家の呪禁の術である。

 この術ならここの世界の住人に見破られることはないだろう。

 もし、何かあれば直ぐさま室内に侵入し、敵として撃退すればいい。

 とりあえずはこの護符を使い、隣の部屋を探索させる。


 護符は隣の部屋に侵入すると虫に化けて辺りを見回した。

 部屋は中央に台が1つ。何かを捧げる為のものか?

 そして、その周りにはランタンを持っ者が1人、そしてて何かを片手で鷲掴みにして引きずっている者が1人――こいつらは30代の男の様だ。

 男は引きずったものを台に叩き付ける様に放り投げると、小刀を取り出した。

 台に投げられたのは女性……正確に言うと俺と同じくらいの金髪色白の少女。

 衣服は一枚布の中心に穴を開け、そこから頭を通し、服がはだけない様に後ろから紐で縛っているシンプル且つ粗末な格好である。

 その少女は半狂乱で逃げようとしているが、麻酔か何かの毒を盛られて身体が自由に動かない様だ。


 声も出ていない――よく見ると喉元を切断された古傷が確認できた。

 

 「このガキ、本当に往生際が悪いなあ」


 「なぁに、このコレを殺せば召喚の前準備が終わる。そのための生け贄なんだからな。気に病むことは無い」


 男等の声が聞こえた。

 なるほど。ここは異世界人の召喚施設なのか。

 でも、その前にこの子の命を使わずとも既に俺がここに送り込まれてしまったのだから――今、この子を殺したら犬死にだよなぁ。


 仕方が無いので扉を開けることとした。



 「――おい、おまえら。この子を殺さなくても、この俺様が来てやったぞ」



 ランタン持った男は「わっ」と大層驚いて腰を抜かして座り込んだ。

 一方で、小刀を抜いた男は「何だどこからここに侵入してきたのか!」と小刀を構えて警戒している。

 

 「ん? 何だこの部屋……生臭い。鉄の様な臭さだな」


 台に視線を移すと、石で出来た台は真っ黒に変色しており、それが長年血液を吸い込んで変色したものだとわかった。

 

 「俺なんかの為にずいぶん殺したなぁ……」


 小刀を構えた男が俺の呟きに顔を顰める。


 「うるせえよ。おまえ、どこからここに紛れ込んだんだ? ここはな悪名高き『勇者』を召喚する施設なんだよ」


 ――ん? ここでは『勇者』がうちらの世界の『魔王』っていうんだっけか

 

 「おい、ちょっと待て。勇者って魔王の事なんだろ?」


 俺は咄嗟にストレートに小刀男に尋ねてしまった。小刀男は俺が言っている意味を分からず困惑している。


 「はぁ? おまえ何言っているの? 魔王って血も涙もない非情な『法王』に対する悪名だろうが!」


 小刀男は俺が言っている意味を分からず呆れている。


 ――やっぱりそうだ。ここでは魔王と勇者の立場が逆転している。


 ここでいう勇者とは魔王のことであり、うちらの世界の魔王は法王というややこしい状況になっているんだっけ。うちらの世界で言う勇者っていうのはここでは存在しないんだった……

 それでも一部の部族では長のことを『勇者』って名乗っているところもあるが、それはうちらの世界で言う『中二病』ネームで悪ぶって気取っているんだっけ。

 

 「んじゃ、俺はおまえ等でいう『勇者』だ。その子は俺がもらい受ける。それでいいだろ?」


 「ふざけるな。こいつは本物の勇者を召喚するために大事な生け贄なんだよ。そんなにこいつが気に入ったならおまえも一緒に生け贄にしてやるから」

 

 どうやら、こいつは俺の事をどこからか紛れ込んだクソガキだと思っている様だ。

 まぁ、それはいいのだが、俺を殺すってこのバカは言っているのか?

 ふと俺を送り込んだクソ野郎共が脳裏を過ぎる。


 俺は何でこんなクソみたいな理由で送り込まれ、害悪の告知を受けなきゃならないのか。

 

 そう考えてみると段々腹が立ってきた。

  

 「どいつもこいつも人の事馬鹿にしやがって!」


 気がついた時には、俺は左の掌でその先のモノを振り払っていた。


 「えっ……」


 その瞬間、振り払った先にいたのは小刀男。

 彼は唖然とした表情で固まった。

 首がゆっくりと一文字に切断。

 胴体から鮮血が吹き上がり、アレが少女がいる石台の上にゴロリと転げ落ちた。

 少女と目が合うとソレは痙攣してか目と口ををパチパチして、やがて動きを止めた。

 彼女は血の気が引いて、その場で白目を剥いて卒倒し、ランタン男はその場で腰を抜かししゃがみ込んだ。


 ――後日、この出来事は彼女のトラウマとなり『私を助けるならもう少し良い方法がなかったの!』と苦情を受ける事になる。

 その時は適当に理由をつけて謝っておいた……が、正直言うと彼女を『助けるため』そうしたのではない。

 ただ単に俺を送り込んだクソ野郎らとそいつらとがダブって見えてしまい、八つ当たり殺しただけに過ぎない。

 彼女が助かったのは結果的にそうなったのだ。

 それを彼女に説明すると確実に泣かれるので、未だ真実を語っていない。

 話を戻す――


 「おい、そこのランタンのおまえ――」


 「は……はい」


 「こいつがどうしてもと言うから俺の贄にしてくれた……正直いらなかったけどな。どうしてもまだ生け贄が必要なら、おまえの命を戴くことになるが」


 「ああぁ……」


 ランタン男は震えだし声すら出ない。


 「それでだ。ここの施設の目的と構造、他に何があるのか答えろ。沈黙したままでもかまわんぞ――」


 

 それから5分後――



 俺は白目を剥いて気絶していた少女を叩き起こし、この建物の中を歩いていた。

 少女の負傷部位は俺の法術で治療しており、すでに問題なく回復している。

 もちろん発声機能も修復されているはずだが、彼女は怖がって黙ったままである。

 声が出ない理由はすぐにわかった。

 彼女を起こした後すぐに、あのランタン男も法術で自害させてしまったからだろう。彼女が俺を怖がるのも無理はない。

 だから、俺はある提案をした。


 「おい、怖がらなくて良い。おまえが裏切らない限り命を保証する。だから分かる範囲でいいから案内しろ」


 そう話を向けるも怯えた目で俺を覗き込む少女。

 そもそも少女って言っているが、俺と大して年齢差はないはずである。俺と同学年か一つまたは数学年下か……


 「そう言えば名前はないのか? その方が色々話しやすい」


 彼女は重い口を震わせながら開き、小さな声で答えた。

 

 「――ナナバ。ナナバ=クリファー……」


 「ナナバか。良い名前だな」


 俺がそうボソリと呟く。もちろんこれは素直な感想だ。

 この言葉に安心したのか、ようやく彼女が自分の意思で話しかけてきた。


 「あなたは?」


 「俺の名前か? 俺は――」


 俺は少女――いやナナバに神池龍一朗だと名乗ろうとした。

 だが、そこまで口に出掛かった時に、それを語るのをやめた。

 かつての神池龍一朗は多分違うモノに変わってしまったハズだからだ。

 そうなると、名前を付けなければいけないな。

 そう考えた時、あるワードが脳裏に浮かんだ。


 「俺は――カノン」


 「カノン?」


 彼女は凄く驚いた表情で俺の顔を二度見した。

 たぶん、この『カノン』という名前が引っかかるのだろう。

 この『カノン』と言うのはこの世界では『臆病者、泣き虫』という意味があるのだ。

 そんな名前を付ける人なんていない。

 でも、今の俺にはぴったりの名前だ。


 「今はそういうことにしてくれ」


 「――わかった。カノン様」


 ナナバはコクリと頷くと建物地下の牢獄へと俺を案内した。

 そこは真っ暗であり、じめっとした不快な感じである。

 そして進めば進むほど刺激臭が強くなる。


 「ところで、何だこの臭い――これって……」


 「私にはこの臭いが何なのかは分かりませんが、私が連れて来られた時からこんな臭いでしたよ」


 彼女はこの臭いがどういう状況を意味しているのか理解していないのだろう。

 この臭いの正体は、多分アレだろう。

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