第2話 贄にすらなれなかったモノ

 彼女の案内で奥へと進むが、進めば進むほど刺激臭が強くなる。

 ナナバは慣れているのかあまり気にせず、スタスタと前へと進んでいく。

 そして鉄格子がある場所へと案内した。

 

 「ここが先ほどまで私がいた部屋です」


 部屋――というより檻である。

 俺は鉄格子を掌でと叩くと、それはギイギイ音を立てて、砂状に崩れた。

 この中に入ると不快な臭いを感じる。

 床にはゴザが敷かれており、ここで彼女が寝ていたと思われる。

 臭いがする方向を見ると室内右角には汚物を溜めていた窪みがあり、そこに溜まった廃棄物は壁に空いた穴へと流れていく。


 あとは何もない。ちり紙すらない


 「あの……誠に申し訳ないのですが――出来ればその窪みを見ないでください」


 「理解した――ところで、この部屋はもぬけの空だが、おまえの私物はどうした?」


 俺がそう問うと、ナナバは寂しそうな表情をして答えた。


 「私の私物はありません――ここに入れられた時にみんな取られてしまいました。この布きれはカノン様をお呼びする際、あの男等に着せられたもので……それまで何にも身につけていませんでした」


 「ふーん……だから尻が綺麗なのか」


 「えっ、お尻見えますか? ……ていうか勘ぐらないでくださいよぉ」


 ナナバはそういうと恥ずかしそうにお尻に手を当て俺から遠ざけた。

 ちり紙すらないこんな汚部屋で裸で寝起きしていているのであれば、ここにいた彼女らは汚物まみれだったと思われる。

 今の彼女はそんな感じはなく、贄になる際にどこか違う場所で身体を洗わされたのだろう。

 

 「他の連中は?」


 「男の子は違う場所にいると思います。ここには他の女の子もいましたが――気がつくと奥に連れて行かれました。この前もこの部屋にいたお姉ちゃんがさっきの人達にこの奥に連れて行かれました」


 そうなると他で贄にされたか――性欲の道具にされたあたりか?


 「わかった。もうこの部屋には二度と戻らないからな」


 「――はい」


 彼女は無表情でこの空間を見つめた後、さらに奥へと歩み出した。

 それから間もなくして、扉がある部屋の前に辿りつく。

 先ほどの場所と比較して、一応部屋らしい感じがするところである。

 中に入ると、この部屋にだけは不快な臭いは感じる事はなかった。部屋の壁に触れると僅かに施術の痕跡があるのを見つけた。この術式は臭いを遮断するものだとわかった。

 室内を見回すと、比較的綺麗であり、先ほどの汚部屋とは雲泥の差を感じた。

 家捜しするが、この場所から彼女らの私物はここにはなさそうだ。

 部屋の奥にはベッドやシャワーや風呂まで設けられており、水でいくらか濡れている。


 「ここで身体を洗ったんだろ?」


 「はい」

 

 ふーん……ここは基本的に贄を綺麗にする場所であるが、さっきのクズ野郎どもの待機所としても利用されていたと思われる。

 理由としては彼女らがここに囚われていた訳ではないから。

 ならば、ここにはベッドは不要であり、オマケに――このベッドのシーツに鮮血が染みついている。


 「おまえ、ここで何かされたのか?」


 「いえ何も――ただ、彼らは『おまえは贄だから』といってました。これってどういう意味ですか?」


 俺は彼女の姿を確認する。

 上から下まで。

 俺の目に映ったのは、真っ平らなスレンダーで凹凸のないなだらかボディである。

 一部の変質者を除いてこの子で性欲をかき立てられるハズもない。


 ――そうすると、この血痕は一緒にいた女性のか?


 ……と、そんな事を考えていると、ナナバが複雑そうな表情で声を掛けてきた。

 

 「あのカノン様ぁ、残念そうな目で私を見ていませんか?」

 

 残念か? そんなことはない。一部の需要はあるはずだ。

 それに俺にしてみれば、彼女の体型がどうであっても関係のないことである。

 一応、彼女にしても『彼女なりの羞恥心』はあるのだろうから、あえて質問についてはスルーすることにした。

 そのまま通路を進んでいくと突き当たりとなった。そこは丁字路であり通路が左右に分かれている。そこで彼女は立ち止まった。


 「カノン様、私この先には行ったことはありません」


 ――というより、『自分の足で行ったことがない』ということなんだろう。逆に言うと『連れて来られたのはどちらかの通路』である。


 彼女がそう答えたということは、『眠らされこの場所に連れて来られた』と考えた方がすんなり納得出来る。


 今度は俺が彼女をリードして先に進む。

 とりあえず左に行ってみる。

 通路の先には大穴というか、槽になっていた。そこから刺激臭がする。

 中を少し覗いてみる――案の定、ゴミ捨て場になっており、壁に設けられた排水路から汚物が垂れ流されている。

 その大きさは学校のテニスコート2面分、深さは廃棄物までは2メートルというところか。

 アンカー固定式のステップが槽底まで設置されており、それを伝って下に降りることは出来る。

 このゴミ捨て場に好んで降りる奴はいないと思うが、ステップには湿った汚れが付着し、最近このステップを伝って上下した形跡が残っていた。

 それにしてもここは臭い、強烈だ。

 槽から放つ強烈な臭いは糞尿だけではないハズ。さらに槽の中を確認する。

 刺激臭の元が分かった……腐敗した人間の死体である。

 その中には真新しいものもあったが、他のものに比べそれだけは丁寧に置かれていた。


 「カノン様、この先には何が――」


 ナナバは俺の背中越しに大穴の中を覗こうとする。

 だが、あえて彼女の顔を手を当て制止した。


 「何? 突き飛ばす気か」


 「ち、違います!」


 もちろん、彼女にそんなつもりはなかったと思う。

 俺の脅しにびっくりした彼女は慌てて俺から離れ奥に下がった。

 

 ――あそこにあったアレが同屋の子なのだろう。見せるのは得策ではない。

 

 ならば根本的なものを解決するしかない。

 まずは浄化と分解だ。


 「この量を処理するとなると、それなりの法力を要することになるな……ちょっと試してみるか」


 とりあえず法術を発動させる。

 俺が指を弾くと法術が発動し、ここにある汚物・腐敗物は浄化が開始された。

 腐敗物は浄化され消失していく過程で赤い粒子が発生し、それらが槽の真上に集結し始める。その粒子の塊はやがて球体となり、浄化が終了する頃には野球のボールぐらいの大きさなった。

 その赤い球が俺の元にゆっくり降りてくる。

 この球は浄化された際に生み出された副産物である法力の塊だ。

 

 槽の浄化が終了すると、残された物は腐敗物が切り離された骸である。

 先ほどの赤い球はこれらを処理する工程でその役割を果たすこととなる。

 この赤い球に手を当て法術を行使すると体内の法力を消費することなく実行出来る。

 もちろん、法術で骸を錬金材料にして何かを生み出すことも可能ではあるが、どうせ同じ処理するのであれば酸素などの空気に変換し風に乗せて天に返すのが妥当だろう。

  

 それに、本来ならば腐敗物ごと全て空気化すれば用が足りたのだが、今回はあえて手間を掛けることにした――それは法術のハイブリッド化である。


 法力も燃料みたいに限りがあり、使用すると減る。

 だが、行使した法術で新たに法力を生みだし回収すれば自己消費を抑えられる。

 それに錬金の様な等価交換ではないため、消費した法力よりも生み出された法力の方が高いこともある。

 実際に今回は余剰分が俺に還元され、6000PTに上がった。

 ……ていうか、1億PTの不足分はこんな感じで集めるのか? あの術を使うとなると大虐殺をしないとならないか。

 

 とりあえず、槽の片付けは完璧に終わった。

 清掃業としてもやっていけそうだ――が、それでは向こうの世界に帰れないな。

 今は先の事は後回しだ。

 ここまで綺麗にすればナナバに見せてやっても問題はない。

 

 「――トラウマになるのは片付けた。気になるなら中を見ても良いよ」


 「いいのですか? あっ強い臭いが消えている……」


 だが、僅かに残っていたものがある。

 それは服だ。数十人分残されていた。

 これは死体が着ていたものなのか、生け贄が連れて来られた時に剥ぎ取られたもの……だろう。


 「そこにナナバの服、あるか?」


 ナナバに尋ねると、彼女は下に降りて確認した後、顔を左右に振った。

 彼女の服がないということは、少なくとも廃棄されていないということだ。

 これだけではまだ断定できないが、彼女がここに連れて来られた理由がなんとなく見えてきた。


 「カノン様、この服はなんでこんなところにあるんですか?」


 彼女はこの時、その意味を理解していなかった。


 ◇◇◇◇


 それから再び丁字路に戻り、今度は反対の通路を進む。

その先にはナナバがいた場所と同じ作り檻に辿りついた。

 同様に格子を手で叩く――いや分解させると、砂化して地面に崩れ散った。


 中を確認すると壁にもたれ体育座りで俯いている人物が確認できた。

 座っているのは裸体の男の子で、丁度俺と同じくらいの年代だ。

 ナナバと同じ色白で金髪でひょろっとしている――こいつがナナバが言っていた兄だと思われる。

 彼の外見をさらに確認するに大腿部付近まで異臭を放つ汚物が付着していた。このことから、彼が先ほどのゴミ捨て場に出入りした人物であろう。

 見た感じ、完全に生気を失い呆然としている。

 法力を完全消失したのか? いや、あまりにショックを受けすぎて精神が跳んだしまった様だ。

 ナナバが「兄さん、兄さん!」と彼の頬を叩いて、意識を呼び戻そうとしている。

 多分、殴ったくらいでは正気に戻らないと思う。

 どんなことをされたのか、彼の脳に直接働きかけて記憶を確認するしかない。

 俺はナナバを制止させ、彼の頭の上に手の平を置き、彼の脳と直接リンクを張る……彼の今までの経緯が自分の記憶の様に脳裏に映し出された。

 

 ――なるほど、彼は死体運搬係をさせられたんだ。直近ではナナバの同室の女の子か。


 その子は、彼のガールフレンドだったようで、あの小刀男に殺害された後に、先ほどの大穴に投げ捨てる様命じられ、それを実行した。


 それじゃ、生きる希望も気力もなくなるわな。


 とりあえず、こいつも連れてここを脱出するか。

 先ほどの要領で彼から腐敗物及び汚物を浄化する。綺麗に浄化された身体を確認すると大きな怪我などはなさそうだ。念のためここで作られた微量の法力を治療法術をかけておこう。

 あとの問題点としたら、全裸であることだ。

 いくら兄妹とは言え男子が裸体歩くのは年頃の彼女にしても目のやり場に困るだろう。

 それに、全裸であればなんらかの際に負傷する可能性もある。


 ならば、俺の能力で服を作り直すことも可能なので服を3人分作ろうか。


 しかしそれには元となる布地が必要だ。仮に俺や彼女の服の布地を利用して、作り直したとしても3人分となれば布地の面積が絶対的に足らない。

 下着であれば布地的に足りるとは思うが、急所以外の裸でいるのも負傷するリスクが増える。


 ――そうなると、槽にあった遺品を利用するしかない。


 作るのであれば、『軽く動きやすい』、『通気性が良く』……その反面『素材が丈夫で切れにくい』、『水は時期が良い』というような戦闘服が丁度いい。

 足らない素材について錬金で対応することは可能だ。ただ、布地の錬金となると過去の記憶でも試したことがなく、いちから挑戦するとなると時間が掛かってしまう――それは妥当的ではない。他の物で代用する。

 直ぐさま遺品を解体して、こちらの意図するものに錬金変換させて再構成させる。


 ……一着、二着、三着を仕立て、付属するものも仕上がった。


 戦闘服が完成し、まずは自分で着て彼女らに見せる。

 どちらかというと、海上自衛隊の迷彩服をイメージした戦闘服である。

 素材はポリエステル――と行きたいところであるが、さすがにポリエステルの素材はこの世界にはまだないので、布繊維をポリエステル素材の特徴に調整させた。

 警備靴も作った。ただし、素材が革やゴムが入手できなかったので布繊維を改良させ代用した。これについては一時的なので、ゴムや革の素材を入手する必要がある。

 また防弾防刃チョッキも作ってみた。中の防護材は、かつての記憶にあった石や岩から鉄などを錬金で作り出したオリハルコンを同様に錬成して利用した。

 こんな感じで防弾ヘルメットも作った。

 ――ただし、プラスチック素材についてはこの世界そんざいしないはずだろうから、それに近い素材を錬金して代用することとした。

 

 これをナナバの兄に装着させ、とりあえず転がしておく。


 「変わった……服ですね」


 ナナバが俺や転がっているそいつの姿を見て不思議そうに戦闘服を手に取った。

 

 「応急的に作った物だから完璧ではないが、今のおまえ等には必要なハズだ。着てみろ」


 ナナバは辺りを見回す。

 彼女は「ここでですか?」と若干不満げに確認する。


 「どうせここにいるのは俺とおまえの兄くらいだ。気にすることはないだろう。逆に目の届かないところで着替えられると何かあった場合、対応が遅れる」


 その旨彼女に説明すると、なぜか観念した感じで俺に背を向けながら、無言でそれに着替えた。

 感想的には、まあ入隊したての新人という感じでどこか頼りない。

 それでも真っ平らな分、装備はちゃんと装着できそうだ。


 「大きさは調整できるが――俺の目に狂いはなかったようだ。その必要はなさそうだ」


 俺が彼女の装備に緩み等がないか胸や胴回り確認すると、ナナバは顔を真っ赤にしながら「カノン様のエッチ。それにまだ発展途上だもん……」とボソリと呟いた。

 そして彼女は顔を膨らませ何故か俺を睨む。

 大丈夫だ。少なくとも今の俺は身体は小学高学年なので女体に興味はない。

 だから敢えて無視することとする。


 彼女は何とかなりそうだ――問題は、この転がっている男である。


 「おまえ、とりあえずここから脱出するぞ」


 ボーッとする男の胸ぐらを掴み、上に引き上げようとする――と、彼は素直にスッと自ら立ち上がった。


 「俺の言っている意味わかるか?」


 彼はボーッとしたままコクリと頷いた。

 奴には奴なりの覚悟はありそうだ。その点は安心した。

 そこでナナバにある武器を2つ与えた。

 それは2本の軍用ナイフである。

 これも石からオリハルコンに錬金して作ったものであるが、ナナバとその兄用として作ったのだが、正直まだ兄が身を守れるとは思えない。

 戦闘に入ったら守ってやれる保証はない。

 せめて護身用に渡しておく。


 「一本はおまえの兄用だが、今はまだ頼りない。何かあったらナナバ、頼むな」


 「何をするつもりなのですか?」


 「見ればわかるだろ。戦闘だよ、ここの連中と」


 彼女は目をパチクリしている。よくわかっていない様だ。


 「おまえを殺そうとした連中だぞ? そのまま無事に返してくれるわけないだろ。ここを脱出するには戦闘は避けて通れない」


 「わ、私――人を……」


 そこまで話すと彼女は頭を抱えて悩んでいる。それは当たり前のことだ。俺は暗に人を殺せと言っている。当然、小学生の俺でもそんな発想は出てこないだろう。

 多分、彼女もそういう経験はない。

 ただ、言えることはこんな場所で敵に情を掛ければ間違えなく殺されるという事だ。

 どんなことをしても生き残らなければならない。

 

 「伝えておくが、おまえらが纏うその服はここで亡くなった奴の無念の塊だ。おまえらが生きたいと思えばきっとおまえらを守ってくれる。だから彼らの無念を晴らしてやれ」


 「――まさか、これって……」


 ナナバはこの服の元となった素材はどこから流用されたのかなんとなく察した。

 そしてこの男も……


 「うわああああああああああっ。アポル、アポル――っ!」


 彼は自分の両肩を抱く様に丸まり、嗚咽をあげた

 叫んだ名前は殺された幼馴染みであろう。

 

 「バーナード……」


 ナナバは彼を抱きしめ静かに慰めた。

 本来ならば、彼らのメンタル面からこういう曰わく付きの素材を使いたくなかった。

 それでも、彼らの形見を頂くしか方法はない。

 今は時間もないし、泣かせるのは後からでもできる。

 

 だから俺は――こう煽ることにした。


 「おまえら、亡くなったヤツらのために生き残る為に命を賭けろ! 敵の殲滅をもって御霊の鎮魂とする」


 敢えて彼らに復讐心を植え付けた。

 正直、俺にして見れば俺は殺された連中のことなんか知らない。情は皆無である。

 もっと酷い言い方すれば、彼らを助けると称して、憂さ晴らしをしていたのかもしれない。

 その反面、罪悪感もそれなりにある。

 それでも、こいつらとはこの場所で縁が結ばれた。だから彼らを安全な場所に送り届けたいと思う。


 兄妹は俺の呼びかけに「はい」と泣きじゃくりながら応じた。

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