第3話 仇討ち
通路をさらに進むと、右側に通路もしくは部屋様な空間があるのを確認した。
そこから明かりが通路までゆらゆらと照らされ、男等の楽しそうな声が聞こえてくる。
照らされた明かりから格子や扉もないことや、腰高棚で通路と仕切っているのがわかった。
「……おい、ここはおまえらを見張る警備部屋だ」
俺は護符を使い、蟲を放つ。
その蟲を腰高棚の上に静止させ中の様子を覗わせる。
蟲からの映像では腰高棚の上に弓と小刀、そして長剣が無造作に置かれている状況確認できた。
そこから更に室内を映し出す。
部屋中央には大きな丸テーブルが、その周りに男3名が酒を飲みながらトランプ様なカードゲームを楽しんでいた。
部屋の四隅とテーブル中央にランタンが置かれており、ヤツらの顔ぐらいは拝める明るさを保っている。
この男等は先ほど贄としたクズの同僚で見張りの交代要員だろう。
ヤツらは俺が様子を窺っているとも知らずベラベラと談笑しだした。、
「そういえば今日で贄が1体だけになったんだっけか?」
「野郎だけが残っちまった」
「くっそう、抱ける女もいなくなっちまったし……あの鶏がら女でも抱いておけばよかったかな」
「マジかよ。そんなに飢えているならおまえはあの男でも抱いていろ、どうせ今日も召喚失敗したんたんだろうから、またどこかで補充が入るだろ?……ほら、ストレートフラッシュだ」
「マジかよ……」
蟲が見聞きした内容は嫌でも俺の目や耳に入る。
これがうしろにいる連中の耳に入らなかっただけ救いである。
贄の補充話をしているが、彼らの話しぶりからすると、入手ルートまでは知らない様子だ。
仕入れて来るヤツらが別にいるということか。
「それにしてもあいつら遅いな――ここぞとばかりにハメて遊んでいるんじゃねえだろうな」
「おいおいおい、一応は勇者に捧げる贄なんだぞ。あいつらが楽しんじゃったら、贄の価値がなくなる」
なるほど、こいつらは雇われ見張り番なんだな……
補充された贄候補を性欲を満たすか否かで判断していたということか。
ナナバが贄に選ばれた理由は後者だったからで、それ以外の女性は用済み後、口封じで始末されていたのか。
一方、男は奴隷として扱っていたのだろう。
……いや――ちょっと違うか。
本来ならば、保有法力等で判断して人物を選定して贄にするハズだ。
だが、なんらかの原因で責任者が機能しておらず、あいつらが自分らの都合が良い様に取り決めを変更したのかもしれない。
そもそも、彼らが行う儀式自体、なんら召喚効力は発生しない。
俺が得た知識でそれは分かっている。
しかし、俺みたいに何らかの間違えで異世界に飛ばされた場合、ここへ引き寄せるくらいの因果は生じるくらいは可能だろう。
つまりは、どこかのバカによっては俺みたいに召喚される可能性はあるのだ。
そいつが転送した際、俺の様なスキルを保有すれば、きっとそいつは俺と対峙することもあるだろう。
――だって、俺がここの魔王になってやろうと考えているところだしな。
この俺をここに飛ばしたヤツらの顔を忘れはしない。
絶対に復讐してやる。
だから、あいつらが警戒していたソレになってやる。
その為にも、俺の計画を妨害する勇者召喚はどんな可能性であっても絶対阻止だ。
だから、贄や奴隷を解放する振りをして、儀式関係者には悪いが死んでもらおう……
――そんなことを考えていると、バーナードがぼそり俺に呟いた。
「あんたに頼みがある」
先ほどまで生気を失っていた奴がハッキリとした口調で申し出た。
「俺にアポルの仇討ちをさせてくれないか」
「ほう……」
信用に足りるか否かは、とりあえず彼の目を見れば分かる。一見すると、先ほど彼と打って変わって決意に満ちている様子だ。
体の良い風に理由をつけるとするのであれば、『彼らの尊厳を回復さえるため、彼らに仇討ちさせる』べきなのだろう。
本音を言えば――使えそうな駒は使う。こいつには俺の役に立ってもらおう。
だが、それはいい。問題は3人相手にこいつがどこまで戦えるかである。
実力もないのに勢いだけで仇討ちすることは蛮勇であり、結果は犬死にだ。
――ならば俺が男等の身動きをとめる形で助太刀すれば良いだけのこと。
「それは構わないが、さすがに相手は3人だぞ。まさか1人で仕留めるつもりではないだろうな。だったら――」
そこで俺は『俺がヤツらの動きを封じてやろう』というつもりだったが、その前に、ナナバの話で上書きされた。
「私もやります!」
ナナバは怒で目をつり上がらせ身を震わせながら申し出たのである。
彼女も仇討ちするつもりである。
――かえって面倒である。
だが、彼女なりにもここで自信を持たせれば、俺の仕事も楽になるかも知れない。
ちょっと面倒だが、彼女にも役に立ってもらおう。
いずれにしても、あの部屋で3対3で立ち回っていては身動きがとれない。
そこで、役割を決めることにした。
「わかったよ。ただ、部屋が狭い。とりあえず俺が1人で急襲するが、トドメはおまえ等やれ」
ナナバとその兄バーナード俺の指示にがコクリと頷く。
ではミッションスタートだ。
――それから40分後。
警備部屋一面が血でしたたり、肉片がゴロゴロと散らばっている。
1体目は手足と首が切断された死体。
2体目は陰部と手足をもぎられ、顔面は鋭利な刃物で切り刻まれた死体。
3体目は内臓がブチまかれ腹部に大穴が開いている死体。
これでミッションコンプリートである……
「おまえら、仇は取れたか?」
俺が彼女らにそう問いかけると、ハアハアと肩で息をしていた2人が、俺の顔をチラリ見た。
「俺、やった……アポルの仇を取れた……」
「うわあああん、お姉ちゃん!!」
2人はお互いをハグして大号泣をする――今まで緊張していたものや、気持ちを抑えていた物が、涙で一気に解放された。
贄や奴隷にされた上に、幼なじみを陵辱され殺されたわけだ。さらにバーナードに関しては彼女の亡骸を捨てに行かされたわけである。
よかったな。仇討ちができて――これでおまえ等も立派な人殺しだ。
今からおまえ等はその事実を嫌と言うほど実感することになるだろう。
彼女の仇討ちが終わり、歓喜の感情が爆発すれば、その興奮はやがては落ち着く。
落ちついたことで、自分が何をしでかしたのか――理解することとなる。
まず、落ち着いた彼らの視界に入る物は……地べたに転がる肉片。
俺も力を貸したとは言え、彼らは仇討ちという名目ですぐに楽にさせることなく嬲り殺した。
その行為は、俺から言わせてみれば無駄な労力である。
それだけ彼らの憎悪があったということか。
だが、いくら酷い事をされたとはいえ、この反吐が出る惨状を冷静で見られるか。
綺麗ごとを言っても、彼らの手にはベットリとヤツら血で汚れている。
その汚れた手で相手を殺めた感触も刻まれている。
「……ぅぅううううっ!」
「……おえぇっ!」
案の定、2人はその場で嘔吐した。
俺はそんな彼らを冷静に眺めている。俺の感情が新たに上書きされた経験値によって麻痺していく――小学生だった俺の感情もとうとうぶっ壊れてしまった。
以前の俺ならば彼ら同様に反吐を吐いたと思うが、俺に植え付けられた記憶の持ち主はこんな光景、日常茶飯事だった様で、なんら感情が湧かない。
しかも、肉片の健康度具合やナナバ等の吐瀉物を冷静に観察していたくらいである。
もしかしたら、その記憶の持ち主は学者かそれに類する何かだったのかも知れない。
だから冷酷に見ていられるのだろう。そんな中、非常に気になったものがあった。
それは彼らの吐瀉物である。
それを確認したところ、殆どが胃液であり、彼らはろくな食事を与えられていないことが分かった。このままでは燃料切れになる可能性がある。
見た感じ、飢餓状態ではないので、食事は全く与えられていないわけでもなさそうだ。
ならば、法術で代謝性の合併症にならない程度に体調調整した上で、胃に負担が掛からない程度の食事を与えるべきである。
「おまえら何か軽い食事するか? この部屋のなにか食べ物くらいあるだろう」
当然、地面は血肉が散乱している惨状である。当然、彼らも食欲が湧く……ハズはない。
「た、食べ物ですか? ちょっと無理です……」
「うぇっ今は食べる気しないなぁ……」
「そうか。でも食べておいた方が良いぞ。今なら新鮮な食材がその辺に転がっている事だし」
俺はそう冗談を彼らに話すが、どうも彼らは本気にしている様で、2人とも手を振って僕から背をむけて嘔吐いた。
「悪い。冗談だ、冗談。いくら俺でもおまえ等にこんなもの食わせないよ。とりあえず食欲が失せるだろうから、俺がここを掃除するよ」
だからといって手で拾って片付けるようなことはしない。
先ほどの要領で血を浄化対象としてハイブッド法術で肉片を分解させた。
ただ、今回は完全消失ではない。
それで作った肉片を分解させて鞣し革として錬金させた。
これはこいつらの仲間に対していい見せしめになる。
だからこそ、いま履いている靴の素材をソレに置き換えようとしたが、さすがにナナバが「そんな気持ち悪いの履くのは嫌!」と泣かれてしまい断念。この革は違う使い道をすることとする。
あとはこの部屋の家捜しである。
棚は上中下に引出が設けており上段には矢が98本、中段にはフライパンや鍋などの加熱調理器具、下段には米とパン、チーズと葡萄酒、水、塩等の食材が収納されていた。
加熱器具はなさそうだったので床に炎法術で調理しよう。
「キモい物は片付けたから、安心して飯食え」
俺は彼らの体調調整を施した後におかゆを作った。
当然、2人は「いらない」と拒んでいたが、強引に口を開かせ、冷ましたおかゆを注ぎ込んだ。
最初は2人とも暴れていたが、途中から観念したのか自分でおかゆを食べ始める。
「ヒグッ……酷いよぉ……」
「あんまりだぁ」
2人は白い目で俺を睨むが「生きたきゃ食え」という一言で渋々食べ続けた。
俺は体調も良いので、残ったチーズとパンを食した。どちらかというと生きるための燃料だったのでこの際、味に関しては諦めた。
何はともあれ、飯を食べたら彼らもだいぶ落ち着いてきた。
次に武器類だ。
彼らが棚に置いていた長剣、弓、小刀は手にすることなくそのままの状況で残されている。これについてどうするか話し合う。
「先ほどの仇討ちを見ていたら、おまえ等それなりに武器を使えそうだな。何か得意な武器あるか?」
「私は小刀なら使えますが……先ほど頂いたナイフで十分です」
「俺は弓が得意だ」
ナナバは軍用ナイフを逆手で構え、バーナード棚の弓を手にした。
意外な答えだった。そこでちょっと気になったことをナナバに尋ねる。
「どこかで習ったのか?」
「はい、私達の両親が健在だった頃は乱波の仕事をしていたのです。ですから多少は刃物の使えますよ」
乱波、つまりは忍者である。ここではアサシンとも言う。
なるほど、だから躊躇わず仇討ちが出来たのか。
――だが、それだと疑問に残る。
拉致られた後に格闘技で相手を倒して武器を強奪できたのではないかということだ。
その疑問をバーナードが答えた。
「格闘技を俺も習いたかったんだけど、教わる前に両親が……」
両親が亡くなったから修得できなかったのか。だから抵抗できず拉致された……そう考える方が自然だ。
それであれば、彼らのアサシンとしての知識や技能はけっしてプロフェッショナルとは言えない。
「なら俺が知っている格闘技の知識や技能を即興で修得させてやろうか?」
俺は彼らがその返答をする前にフライング的に俺の記憶にあった格闘技を2人に彼らの記憶として複製した。仮に『嫌です』と言われても強引にそうした。
彼らが「お願いします」と頭を下げた時にはすでにスキルとして修得し終えた後である。
「うそ……」 「マジで?」
これで近接格闘については何とかなるだろう。
あとは、個々に特化した武器使用スキルの複製である。
俺の記憶の中にアサシンに特化したナイフ使用スキルがあったので、ついでとばかりに格闘技を移植する際、彼女にオマケとして移植した。
問題はバーナードである。確かに弓関係使用スキルはあるが、これを複製譲渡しても、非効率過ぎる上、たった1人の弓兵が役に立つとは思えない。
だから、彼には違う武器を与えることにした。
――それは銃器だ。
だが、この世界に『銃』は存在しない。だからかつての記憶にも銃器スキルは存在しないので彼には教え様がない。
仕方が無いので、現物で覚えてもらうことにする。
俺は棚にあった小刀、長剣を素材ごとに分けて錬金であるものを作り出した。
俺が作ったのは、狙撃者が使え、歩兵戦でも使えるライフル小銃である。
俺自身、興味あったので仕組みと粗方の形を理解していた。それがここで役に立った。
もちろん何ミリ単位正確に記憶していないことから、その辺はアレンジした。
ただ、火薬はまだ入手していない。そこで破裂系法術を弾に封じて代用することにした。
「えっ……何コレ」
「俺らの世界の弓だよ。これがあれば3秒あれば5人くらい殺傷できるし、オリジナルの射程距離は500メートルだ。まあ、ライフリングは精密に再現できなかったから、その辺は法術で強化している。これで狙撃してくれ」
「ちょっとまってくれ。言っている事がさっぱりなんだが……」
バーナードが困惑している。
異世界の武器を見て、さらにその名称まで言われて驚いているというよりかは、訳分からない物を手渡されて理解できる範疇を超えてしまった様だ。
その上この武器はこの世界では存在しないので、俺の知識を伝えるしかない。
その知識とは言っても、実際に銃器を手にしたこともないので、あくまでも模型や書物による情報だ。
もちろん、俺には銃火器の実戦能力がない。
ここは口頭で説明するほかない。
「悪い。この武器の情報は乏しい。だから口頭で説明する。今、覚えろ」
俺は作り出した小銃を手に取り、各パーツと使用方法を説明する。
「ここに矢と同じ役目をする弾をマガジンに装填する。コッキングレバーを引いて弾を装填して――」
大事なところだったので、銃と彼の目を交互に見ながら説明する……だが、バーナードは頭を抱えており、俺の話が頭に入っていかない様子だ。
「……ゴメン。やっぱり、今の状況ではイメージがわかない。ぶっつけ本番は苦手だ。あとで教えてくれ」
「わかった。好きにしろ」
本人がそう言うのであれば、あとは本人が何とかするだろう……そう思ってそれ以上は言わなかった。
とりあえず弓のスキルを彼の記憶として複製譲渡する。
「我がまま言ってすまねえ……」
「矢は棚の中にあった奴を使え。100本弱ってところだ。それを使い切ったら、いよいよそいつをぶっ放すしかないぞ」
「わかった」
そこで話は終わる――が、その瞬間バーナードの頭が前につんのめった。
ナナバである。彼女が彼の頭を掌でビタン!ひっぱたいたのだ。
「お兄ちゃん、いい加減にしな! 何でカノン様の指示に従わねえんだ!」
ナナバは顔を真っ赤にして怒り出す。
だが、バーナードが難色を示した理由があった。
「いってえなぁ! 仕方ないだろ。使ったことないものでカノンさんの支援するのって難しくね? もしカノンさんに当たっちゃったら一大事じゃないか」
確かに連射設定にして発射した場合、銃口の先に俺らがいたらちょっと面倒である。
俺なら当たらない様に法術防御出来るが、彼女の場合は避ける間もなく後ろから撃ち抜かれてしまうだろう。
「確かにおまえの言うとおりだ……だが弓矢がなくなって時や集団で襲われた場合はナナバを後ろに下げて、その銃を使ってくれ」
ここで役割を伝える。
突撃役として俺が先行する。
バーナードは中距離から攻撃する敵に対して弓で撃退、ナナバにあってはバーナードに対して白兵戦を挑む敵に対してナナバが撃退すると言った単純なものだ。
――ただ、それは表向きの話だ。本音は違う。
今の俺は復讐の怒りで突き進む魔王見習いである。
俺は一つ一つ問題を解決して、ヤツらを地獄に落としてやらないと気が済まない。
そのためにはあらゆる可能性があるものを最大限利用して、力の差を見せつけてやる必要がある。
だが、正直彼らの実力なんて高が知れている。
彼らの援護なんぞ期待していないし、なんならそのまま逃げてもらっても構わない。
あくまでも彼らの救出を口実に、俺が憂さ晴らししているに過ぎないのだから、彼らには俺の邪魔さえしなければどうでもいいのだ。
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