第5話 結論ありきの審判
その村は壁で巡らされている要塞であった。
先ほどの兵舎急襲の煽りで、村の至る所で火災が発生。
外部に通じる門は開かないように破壊したので村人は脱出できずパニックを起こしている。
その上、バーナードには村の外へ逃げる者を狙撃する様命じた。
これで贄の首謀者は村人ごと閉じ込められた。逃げられないだろう。
――それを俺は遠巻きで見ている。
……俺も趣味が悪い。
ここにいる村人の何割、贄の存在を知っているだろうか。
たぶん贄の存在自体知らない人もいるはず。
それなのに彼らが死んでいく状況を、ただ傍観していた。
そんな俺の心中を知ってか否かナナバが問いかけてくる。
「カノン様、なぜ逃げないのですか」
確かに、俺はナナバらの命を救った。
村人なんて放っておいて、彼らを連れて逃げた方がどれだけ楽か。
その選択は正しい。
だが、贄の儀式を使ったことは決して許されるものではないし、それを正当化して人の命や尊厳を軽んじた行為はそれ相当の責任を果たしてもらう必要がある。
……それは建前だ、違うな。
感情論か?
確かに『魔王を倒せ』とクソババアの妄言で、転移させられた上に予定外の、それもクソみたいな場所に引き寄せられこいつらの面倒を見なければならない事に腹を立てている……のかもしれない。
それは間違いなく八つ当たりの類である。
だが、俺が怒っている理由は――と問われると、小学生の俺と違う他人の記憶が混在しているから、正確に答えることは出来ない。
それでも贄の関係者を殺害し教会ごと召喚施設を破壊したことと、その障害になり得る兵を殺害した行為は確実に八つ当たりであると自分でも理解している。
ただ、村人を巻き込む行為は八つ当たりの範疇を超えている。
基本的に俺は無駄なことはしたくない。
そう考えると感情論だけとは言い切れない。
俺が無差別虐殺に舵を切った正解は……贄の儀式関係者の確保の為である。
召喚システムをなまじ囓っている連中に逃げられ様ものなら、またどこかで召喚システムを行い、その結果被害者も増えるし、新たなる勇者を引き寄せる要員にも成りかねない。
だから、彼らをなんとしても確保するため合理的に判断したものである。
それが、この世界を攻略する上で、確実に必要な選択肢となる。
――それをナナバ等に話したところで、到底理解は出来ないだろう。
敢えて、こう答えた。
「ここの村を滅ぼしたいから」
「…………」
ナナバは黙って下を向く。
きっと、彼女も何か思うところがあったに違いない。
さらにこうも付け加えた。
「この俺が、あいつらが望んだ『勇者』だからな」
彼らは他人の命を利用して、自分の成就を果たそうとしていた。
彼らがその先、何を望んでいたのかは知らないし、叶えるつもりもない。
俺がここにいる以上、彼らの望みは叶ったと考えている。
俺が欲するのは、『迷惑極まりない召喚システムを破壊して復元不可能にすること』である。
だから、そのシステムに関わった全員を贄として代償を払ってもらう。
それが降臨した勇者(魔王)の望みであり、俺の責務だ。
今、俺の冷酷な判断で村に災難が降り注がれている。
この状況では生き残るのに精一杯ってところか。
そろそろ、この村人らに直接出向いて問いただしてもいいだろう。
「おいナナバ、バーナード。今からあの村に最後の仕上げを掛ける」
「えっ、村を爆発させるんですか?」
「一気に焼き上げるのか?」
こいつらも俺に感化されたのか、発言が段々過激になっている。
ここは勇者としての品を見せてやらなければならない。
「違う。恐怖のどん底に陥れるだけだ」
――それから夜が明け、時はお昼ごろになった。
住民は全員広場に集められて、村長や役人が俺の目の前に引きずり出されていた。
すでに俺の脇には何人かの村人が死骸になっていた。
村人は誰も下を俯き、一言も発していない。
小さな子供らは意味が分からず泣いていたり、遊んでいたが、それは対象外とした。
「さて、まだ抵抗したい者がいるか? 相手になるぞ」
俺が恫喝すると、村長は「ありません。もう抵抗しません!」と観念した。
そこで問う。
「贄の関係者を出せ。もう一度問う、贄の責任者は誰か」
村長は冷や汗を流し震えている。
多分、こいつは知っている。全てを知らなくとも何らかのことは知っている。
だから何も答えられないのだ。
それ故、鬼の様な言動で彼の心を揺さぶった。
「そう言えば、おまえには娘がいるな……確か15歳程度の」
「あっ……そ、それは」
俺は村長の顎をしゃくると「なぜ、自分の娘は贄に差し出さないんだ?」と歪んだ笑みをイメージしながら畳みかける。
「ユーバって名前だっけか?」
「なぜ……それを」
村長は身体を震わせながら、腰を抜かせた。
なぜってか? 俺は思考・記憶・考えを読むスキルも保有しているからだ。
「おまえ、知っているか? 贄になった女って――門番に犯されて殺されているってことを」
村人の大半はそんな話を初めて知ったという感じで、俺の言葉にまだ半信半疑である。
ならば、実行犯を捜してみよう。
辺りを見回す――ほらいた。昨日お休みの門番が。
「なぁ……カルカドさんよ。おまえ、4人抱いて――そいつら殺したよな」
村人に混じり顔を背けている男を指差すと、バーナードがその男の肩をつかみ村長の前に引きずり出した。
村人は俺が一目で名前と顔を言い当てたことで、それが本当なのかも知れないという疑惑に変わる。
そして、一部の村人が――
「こいつ、教会の門番しているって言っていなかったか?」
「いや、昼間教会に行ったけど見たことなかったな……」
「でも、教会に出入りしているのを見たぞ」
――等の声が聞こえ始める。
村人が彼に対する疑惑が一層高まり、その視線が鋭くその男に刺さる。
こいつらのせいでこんな目にあったんだと怒りの声が、殺気が、その男に集中的に浴びせられる。
ただ、ここで村人に騒がれると審判が面倒になる。
俺はバーナードをチラリと目で合図を送ると、彼から「うるさい! 騒ぐ奴もこの場に引きずり出すぞ!」と一喝され、村人は一応静まり返った。
さらに男に尋ねる。
「さて、弁解を聞こうか」
「ちが……違うんだ」
突然の断罪とバッシングに男は恐怖に震え、必死に否定する。
「何が違うんだ? ガナードさんがあの世で『こっち来いよ』って呼んでいるが」
俺は奴にちょいとカマを掛けてみた。
ガナードとはバーナードの幼なじみを陵辱した野郎の名前である。
俺は奴がバーナードらに殺される前にある程度、記憶をちょいと覗かせてもらった。
「ガ……ガーナードが……し。死んだのか」
「ああ、死んだ。手足やナニを切り落とされ、顔なんか切り刻まれてな」
そう告げると、1枚のなめし革を彼に見せつける。
それは人間の皮を原材料としたものである。
「これはガナードのなれの果てだ。彼に尋ねるがよい」
この鬼畜の所業に村人が一斉にざわめく。
男は恐る恐るその革を手に触れる。もっとも動物の皮人間の皮もなめし革として加工されると区別もしにくいだろう。
だが、この男はそれが本物だと察したのだろう、腰を抜かし悲鳴を挙げた。
「ひっ……人殺し!」
「おいおい、それをおまえが言っちゃうか? おまえはたった1人だけで、無抵抗な女性を4人も陵辱して殺した人がよぉぅ、しかもどこぞで拉致られた善良な一般人だったって話じゃねえか…………どちらが極悪か考えろよ」
男は「違う、違う……」と頭を抱えながら身体を丸めた。
さらに追及をする。
「何が違うんだ? もしかしてやむを得ないことでもあったのか? 聞いてやるぞ。誰に誘われたんだ? そいつの名前を言って見ろ」
あえて甘い言葉で誘導してみる。
もちろん、こんなことで済ませるつもりもない。
「そ、それは奴に……そ、そうだ。俺はガナードに唆されたんだ! だから俺は」
男は俺の甘言にあっさりと引っかかった。
犯行を認めた。
「これでカルカドの供述は得た。さて、村長よ。この者の処遇どうする?」
今度は青ざめている村長に尋ねる。
言葉が出ない。
「ならば、おまえの娘を贄として差し出せ。おまえの娘はカルカドとやらに色々世話してくれるハズだから。なんでも基準があるらしく、抱き心地の良さそうな女は――犯されて口封じに殺されるそうだ。もっともその場合は俺がおまえの娘に会うこともないだろうがな……だったら、おまえの妹の子なんてどうだ? あれなら、おまえ等の言う贄として丁度よさそうだが」
俺はヤツらが贄の儀式で働いた悪事を村長に全部情報を流した。
もちろんいくつかは知っていたと思う。だから村長にいう体で村人に説明したのだ。
そうなると、村長の奴の思考はこうなるだろう。
自分の娘を贄にしないために、贄の儀式を悪用した男を処罰する。
だが、それは裏を返せば村の娘は贄の儀式の対象外であるということ。そして村人以外なら対象者であり村では関知しないということになる。
もっとも、『私らは何も知らない、だから勇者が何を言っているのか分からない』といって惚けて逃げることも出来るが、今はそのどちらでも構わない。
その上で、彼の決断の言葉を待つ。
「カルカドを牢に連れて行け!」
村長がその言葉を発した。
これは『とりあえず牢に連れて行くので許して下さい』という意味だ。
つまり、村長はこの男を庇ったことになる。間違えなく何らかの事実を知っている。
俺はその言葉を待っていた!
村長の命で他の村人の男2人が俺に頭を下げながらカルカドの両肩を抱えられた。
その場を見計らって男らに「待て」と引き留めた。
そしてこう付け加えた。
「村長の言葉には続きがある。『まずはこの男に縄を打て』だとさ」
さて、そう言われたら村長はなんて擁護するだろうか。
縄を打てと言うことは罪人であるという見せしめ。そして逃げられない様にする為である。
さらに擁護出来ぬよう畳みかけた。
「おまえ等の村長はこう言うつもりだ。『この者の首を跳ねよ。そして村人で贄の関係者を全て捕らえてこの男に捧げよ……でないとこの男がおまえ等老若男女問わず全てを贄にするであろう』と――おまえも怖いこと言うなぁ……俺は人さらいと人殺しだけを片付けに来ただけで、無関係な村人には無縁なことなのにさぁ」
俺は一人芝居しながら村長にそうするよう遠回しに命じた。
それで『なぜ俺が村人に対してこの様な非道な仕打ちをしたのか』という建前が明確化され、『無関係な者は命を奪わない』と約束した。
これで村民の意思は俺の言葉に傾いた。
目の前で公開処刑が行われることについては動揺することはあっても、彼に同情することはない。
だが、ここの村長は判断力が悪い。なかなか判断が下せない様だ。
彼を庇うにせよ、ここらで判断を示さなければ村人が困惑する。
村長はただ口を震わせながら言葉が出ないで狼狽えているだけなのだ。
こいつは本当に村長なのか? 疑問に思う。
そして、村長が何とかしてくれるとタカを括っていたカルカドが、いよいよヤバいと悟ったのか狂った様に暴れだす。
いくら複数人でカルカドを取り抑えていても、彼が火事場の馬鹿力で暴れられては抑え込むのも困難だろう。このままでは逃走する可能性がある。
するとナナバが暴れている男を指差して俺にアイコタクトを送ってきた。俺はただ黙ってコクリと頷く。
その瞬間、ナナバは素早く男に駆け寄り、軍用ナイフで男の喉元を一瞬で切り裂いた。
カルカドの首の切断面から鮮血が吹き出し、辺りにまき散らす。正に血の雨だ。
彼は白目を剥いてその場で事切れた。
広場に悲鳴が轟く。
その男が処刑されるのはわかっていても、実際に目の前で人が処刑されればパニック状態になるのは極自然な反応だ。
「おや。俺の贄は優秀だから、おまえが言う前におまえの命令を代行してしまったぞ……さて――」
あとは――この贄の責任者である。
「ところで、村長さんは決断がちょっとばっかり遅い様だが――実は裏で指導している人いないか? 例えば長老さんとか……もしくは占いのお婆殿……とか」
村長の顔からさらに血の気が引いた。
もっとも、この世界では村長をサポートする年配者がいるわけで、この様に判断が鈍い奴が村長であるならば、前任者が補佐役につくのは当然である。
増しては、今回の黒幕は召喚儀式のを囓った者である。
そう考えると『法術使い』あたりであるが、昨晩の兵士に該当する者はいなかった。
法術使いの上級者であれば兵士等にも指導しているハズだ。
そこで出てきた結論は、俺が先に述べたとおりだ。
「わ、わかりました……そこまでご存じならば案内します」
村長はひれ伏し完全に観念した。
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