第9話

結論から言うと、飲み会は大盛り上がりだった。


それもそのはずである。今日が中間テストウィークの最後の日だからだ。本来なら、中間テスト期間は、先週の一週間で終わりのはずである。ただ今年は、大学祭や夏休みなどの振替休日の関係で、一日ずれたのだ。そのせいで、テストウィークが土日をまたいだ。大学生の鬱憤は、たまりにたまって、もう爆発寸前だ。宴の準備は、4時には始まったらしい。たくさんの学生がもう肉を焼き始めている。場所は、キャンパス内の学生会館だ。この建物には、大学公認のサークルの拠点がほとんど集まっている。昔、騒音による近隣住民からの苦情に手を焼いた事務担当者が、学内中央にある会館一か所にサークルの集会所を集めたのだ。おかげで、サークルに所属するだけで、そのサークル外でも友人ができるようになった。そのうえ、会館の周りの広い空間を使ってバーベキューを楽しむこともできるようになった。突然の決定と引っ越しに対する大学からの補償であろう。そのうえ、学生会館でする飲み会の場合、予算の一部は大学が出してくれることになっている。太っ腹だ。噂によると、この制度ができる前、一部の学生が近くの飲み屋で酒を飲んで暴れまわっていたらしい。相当苦情が来たようで、この予算補填も苦肉の策であったらしい。当時の担当者は、18年前に定年退職している。生死もよく分からない。それでも、学生には今でも神のように崇められている。毎年、文化祭の日にはこの担当者と、アメリカにある有名な”自由の神像”、を合体させた”自由のヨモさん像”が立てられている。


僕が学生会館にたどり着いたとき、すでにソラは酒を飲んでいた。こいつは今日2時間目にテストが終わったようで、正午からずっと暇だったらしい。手を振って近づく。顔はゆでだこのように真っ赤だ。とりあえず水を飲ます。

れれれ、おそかったろうあれれ、遅かったのう。」まるで呂律が回っていない。ソラが続ける。「おおろっくにありあってるれもうとっくに始まってるでカーノはんもつれれきららえーのにカノさんもつれてきたらええのに。」

別の友人、リツが笑顔で紙皿をくれた。リツは、ソラのカレである。ソラは積極性がある人だが、恋愛には奥手だったらしい。リツも関西出身だ。「ほら、あんたも向こうからとってきぃ、こいつは、もうダメやから。じき寝るて。ほっときぃ。」リツさんはお酒を飲めない体質なのだ。代わりにたばこを吸っている。銘柄は、マールボロというらしい。前に見せてもらった。ありがたく皿を受け取り、バーベキュー用のコンロに向かう。牛肉、かしわ、豚串、肉団子、ピーマン、カボチャ、玉ねぎ、マシュマロ、・・・。種類も色もより取り見取りだ。いくつかとって、次にテーブルに目を移す。近くの飲み屋から宅配を頼んだのか、お持ち帰りしたであろうおつまみが皿の上に置かれている。漬物に魚の塩焼き、餃子、おにぎりまで置いてあった。でも、驚くことではない。去年の1学期期末テストの時は、豚の丸焼きが並んでいた。あの時は本当に驚いた。今回は、明日が平日なので規模は大きくない。金曜日だと宴会が好きな教授陣がやってくる場合がある。教授陣としては、これから始まる採点地獄のために、気合を入れる宴会なのだそうだ。一部の学生はテストの点をあげてもらうために、必死で媚を売る。当然そんなことで点は上がらない。だいたい、授業でも宴会でも何人もの学生がくるので、個人として認識してもらうには相当の労力がいるはずだ。それでもその学生は諦めない。曰く、信じる者は救われる、だそうだ。やっすい奇跡だ。


ソラとリツさんの分も皿にのせる。いろいろ物色してから帰ったら、ソラは寝ていた。リツさんに膝枕してもらっている。ソラは酒を飲むと甘えん坊になる。そして記憶を忘れる。リツさんは、普段少しきつめに見える人だ。よく知らない人がみるとそこまでソラのことを好いていないようにも見える。でも実際は恥ずかしがり屋なだけだと思う。記憶が残らないから、と言ってソラがお酒を飲んだ時にはいつも膝枕をしてあげている。リツさんは、いつもその様子を写真に撮っている。自分が死んだあとでも悲しまないようにしてほしいんだそうだ。「一世一代のジョークやな」、リツさんはニカッと笑いながら言う。これがカンサイジンなのか。ショウジキスゴクウラヤマシイ。ナツキは、普段あまりそんな事はしてくれないから。今度頼んでみよう。リツさんは、「次はナツキさんも連れてきぃ」、と言ってくれた。僕は毎晩日記をつけるのが日課なのだが、これからは写真付きの日記にしようかな、と思った。絵日記ならぬ写真日記だ。


喧騒は一段と盛り上がり、陽はゆっくりと落ちていく。夏至を少し過ぎたくらいなので、まだ太陽は沈まない。誰かが文化祭用の照明を運び出してきた。僕たちはスポットライトに照らされる。辺りは束の間、ステージに変わる。祭りはこれからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かまきり お椀信者 @prayer01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ