第7話
ナツキと別れて講義に向かう。5分もあれば教室にたどり着けるのでそんなに慌てることはない。のんきにゆっくり歩いて向かう。そよ風を感じながら。
僕は、文学部に所属している。実は、小学生の頃の夢は科学者になりたかった。その理由は幼稚園の時、不用意な一言で母を悲しませたからだった。
「ねえ、どうしてお母さんはお父さんを殺したの?」
今から思えば僕はなんて酷いことを言ってしまったのだろうと思う。成長して、彼女と出会って、愛を知って、タイムリミットが迫ってきて、それでようやく本当の意味で”その質問の持つ重さ”、がわかるようになった。
でも、それでも、あの時母は、そんな僕を優しく抱きしめた。そして、頭を優しくなでながら言ってくれたっけ。
「私たちに、お父さんとお母さんに、愛はあったわ、きっとね。貴方もいつかわかるから。」
あの時、その言葉を聞いて、胸がキューっと締め付けられたっけ。
でもその言葉は、母が自分に言い聞かせているようにも聞こえたっけ。
抱きしめられたとき、その言葉を聞いたとき、僕は、いつかこの悲しい世界を変えてやる、そう思った。でも、現実は甘くなかった。僕は、数学や理科が苦手で結局文系の道を選んでしまった。高校の時の進路面談で文系を進められたとき、自分の不甲斐なさに腹がたったことを今でも覚えている。
教室の扉を開ける。友達の近くの席に座る。彼は関西出身の人懐っこい奴である。名前は、ソラ。どうやら昼休みの僕たちの様子を目にしたようだった。「いい雰囲気やから声はかけへんかったけど、今日サークル来るん?別に俺らもおるし、カノさんと過ごしたりなよ。」そう言って気を使ってくれる。僕は、大丈夫、一昨日から今朝までずっと二人きりだったから。「ええなあ。まあ俺は同棲してるけどな。」おいおいこれが自虐風自慢というやつか。二人で笑いあう。こいつといると飽きない。いい友達だ。
そうこうしているうちに授業が始まる。先生は10分程遅れてきた。どうやら急な来客があったらしい。
この授業は、宗教学。形態はオムニバス式だ。話を聞いて感想とレポートを書くことで成績が決まる。レポートは毎回だが、期末のテストラッシュ回避のためには仕方ない。この先生はインド神話を教えてくれる。僕はインド神話が好きだ。内容がぶっ飛んでいる。とにかくいい意味で頭がおかしい。怪獣大決戦を見ているような気持ちになる。
破壊と創造の神、シヴァ。雷を司るインドラ。顔を一つ減らされたブラフマー。有名な叙事詩の主人公役を二度も務めたヴィシュヌ。愛の神カーマ。親に首を斬られて象の頭にされたガネーシャ…。正直、この設定を作り上げた脚本家は天才だと思う。それに、神様だからだろうか、この神話では子供を作ったくらいでは、誰も死なない。
オムニバスなので、先生も毎回変わる。今日の先生はあたりだ。話が面白い。授業中に授業に関係のある小噺を挟める先生はいい先生だと思う。今晩の飲み会ネタが増えた。
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