第5話
昼休みになった。僕は、学食に行く。ナツキは先に来ていたようだ。遠くから手を振っているのが見える。少し恥ずかしいが、いつかこれも大切な思い出になるのだろうと思い、大きく手を振り返す。
列に並んでメニューを決める。ナツキは、今日は焼き魚定食にするそうだ。月曜日は好物のサンマの塩焼きだからだろうな、と思う。焼き魚の種類は日替わりなのだ。少し考えて、僕は、かつカレー丼を選ぶ。丼にカレーとカツが両方乗っているのだ。朝から課題のレポートを書くのに頭を使ったおかげで、お腹がすいていた。それに、僕は3時間目から授業である。栄養が必要だ。
ナツキは、魚の食べ方が上手い。神業のような箸捌きである。身と骨が綺麗に分かれていく。さながら箸がダンスでも踊っているかのようだ。不器用な僕にはとても真似できない。
感心して眺めていると、ナツキはおしゃべりをやめ、焼き魚を小皿に入れて渡してきた。カツを少し食べたかったらしい。表情がかわいい。僕はカツを一切れと、カレーを味噌汁の蓋に載せて渡した。カレーはほんの気持ちだ。ナツキは喜んで食べた。僕は、この子が幸せそうに頬張る姿が大好きなのだ。ふと笑みがこぼれる。その様子に気づいて何か勘違いしたのか、ナツキが少しむくれる。たまらず僕はクスクスと笑う。幸せな時間が続く。
授業の話になった。ポルトガル語の授業に留学生が来たらしい。いつもの退屈な授業じゃなくて面白かったようだ。僕は、文学部であるが歴史学科ではないのでポルトガルと日本の関わりについて詳しくは知らない。それでも、ルイス・フロイスやフランシスコ・ザビエル、天正遣欧使節の話を歴史の授業で聞いたことを思い出した。それぞれが、どんな出来事だったかはもう、覚えていないが。
僕は課題のレポートの話をした。内容自体はそう難しくもない。昨日までにネタは考えていたのだが、4000字は辛かった。今食べているカレーは甘口だけれど。必修で、テスト無しの授業とは言え、文字数が少し多いのではないかと愚痴を言う。ナツキは、うなずいて半分なら許せる、といった。1000字で良くない?さすがに少ないわ、ナツキはそう言って笑った。
朝と同じだ。起源は迫っている。わかっているけれど、これからの話を切り出せない。なんとか今のままを続けようとして、僕たちにはまだ日常が続くんだと思いたくて、虚勢を張り続ける。絶対に後悔するのにね、心の中にいる誰かが笑っている。胸がチクチク痛む。
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