第13話 最後の夜

 自分を奮い立たせ、ICUに行くと、修ちゃんの体に継れていた沢山のコード、管や機械が外されていた。

紗綾さんは修ちゃんに縋りついて泣いていた。

その隣で修也君が、「パーパ」と言いながら修ちゃんの体を揺すっていた。


私は間に合わなかったのだ、修ちゃんの最後に。呆然と立ちつくした。


どのくらい経っただろうか、違う部屋に修ちゃんと私達は移動していた。

看護師さんがエンゼルケアにやってきた。

落ち着きを取り戻した紗綾さんは、葬儀会社の手配、職場や親戚への連絡と忙しくしていた。

修也君は、不安そうな顔で私の服を引っ張った。

私は、修也君に見せたくなくて、慌てて彼を連れて病室から出た。

修也君と自販機の前のベンチに腰掛けた。

修也君にはアンパンマンのリンゴジュース、私は、珈琲を買った。

「修ちゃんに、逢いたいな。」私は呟いていた。

修也君は私の手をぎゅっと握ってくれた。



 親族が集まる前に帰ろうとしてる私に、紗綾さんが

「厚かましいお願いだとは思うんだけど、最後に修一さんを有加さん家に一晩泊めて貰えませんか?

帰りたくて帰れなかったと思うの。お二人の家に、最後に帰してあげたいんです。」

そう言って頭を下げた。私は、迷ったが受け入れた。



 我が家で、久しぶりに修ちゃんと二人で横になった。

修ちゃんの顔は、傷はあるが穏やかだった。

まるで眠っているかのようだった。

久しぶりに修ちゃんの顔を触った。凄く冷たかった。

「どうして、先に逝っちゃうのよ。どうしたらいいの?」

いくら話かけても返事はない。

「返事くらいしなさいよ、本当はずっと一緒に居たかったのよ。

でも修也君の事を思って我慢したのに、あなたが死んじゃったら意味無いじゃない。

バカ、バカ。」


 私は修ちゃんに抱きついた。

それは、修ちゃんが倒れて初めて流した涙だった。

冷たくなった修ちゃんは、重そうなドライアイスを乗せられていた。

それを見て修ちゃんは眠っているのでなく、死んだんだと改めて突き付けられた。

私の心も凄く寒くて、真夏なのに震えていた。

いっぱい泣いたら、いつの間にか眠っていた。



 修ちゃんと食卓に向かいあって座っていた。

「有加さん、ただいま」

「修ちゃん、おかえりなさい」


 「ごめん、有加さん。悲しませちゃった。」

「本当にひどいよ。最後まで私を置いて逝くなんて。」

「ごめん、ごめん。」彼はいつもの様に片手を顔の前に上げて謝った。

「でも僕は有加さんと一緒に過ごせて、本当に幸せだったんだ。

君のことだから、きっと僕の言うことなんか、信じないだろうけどさ。」

「そうね、あなたの言葉は信じられないけど、幸せだったわ。私も。」


 「あと、厚かましいとは思うんだけど。修也と紗綾さんが、困っていたら、二人の力になって貰えると安心です。」彼は小さく笑って言った。

「も~、厚かましいなぁ。修ちゃん。

じゃぁ、代わりに私が安心してあの世に逝けるように、ちゃんと、あの世で待っててよ。でも、そもそもあの世なんて本当にあると思う?」


 電話の音が遠くで聞こえてきた。

「ちょっと待ってよ。話の途中だから。修ちゃん。」

電話の音はどんどん大きくなって、目が覚めた。

紗綾さんからの電話だった。時計を見ると朝の8時半だった。



 紗綾さんがやって来きた。

深々と頭を、下げて 「ありがとうございました。」と言って修ちゃんをお寺に連れていった。

修ちゃんが居なくなった家で、また涙が出た。

どうして、私を置いて先に逝ったのか、最後まで私を置いていくなんて!

本当にあの世があれば、あの世で探して愚痴ってやらなければならない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る