第6話 時きたる

 ある日恐れていた事が起こった。

樹雨にいるところを修ちゃんに見つかった。

 修ちゃんは一瞬私の顔を見て表情を強張らせたが、視線を反らした私を深追いすることはなかった。

これで意外に楽しくて、曖昧な時が終わった、動かなければならない時がきた。そう決意して帰路についた。


 

 そろそろ修ちゃんが帰宅する時間だ。

私の落ち着かなさとは異なり、修ちゃんはいつもと変わらぬ時間いつもと同じ様に帰ってきた。

 私もいつもの様に玄関で出迎えた。「おかえりなさい。」

 食卓に座った彼はいつもと同じように、今日の会社の出来事を話した。

いつもと同じ時間なのに、永遠の様に感じた。


 私は意を決し、「今日樹雨で会ったわよね。かわいい修也君と魅力的な紗綾さん。素敵な親子ね。」

彼は、一瞬息を呑んで

「隠してて、ごめん。紗綾さんに聞いたら、最近良く通ってくれてるお客さんだって言ってた。凄く話しやすくて、優しい人なんだって言ってたよ。

なんて言えばいいか。」

「今後の事を聞きたいの。」

「今後?今後って、まだ決めてないんだ。」

 

 私は修ちゃんをまっすぐ見て、「修ちゃんはそれで本当に修也君が、幸せになれるのと思う?修ちゃんが一番に考えないといけない事は誰のこと?」

修ちゃんは黙って、私を見つめた。

「念願の我が子でしょ。一択じゃない。パパなんだから。しっかりして!」

 修ちゃんは一瞬目を見開き、絞り出す様な声で、

「でも有加さんは、僕の大切な家族なんだ。大切な人なんだ。君が居ない場所では、僕は僕で居られない。」

私は胸が締め付けられる思いで、

「大丈夫、一緒に住めば自然と家族になれるわよ。そして、私達は離れて暮らしても家族よ。」

そう言って私は、私の記名、捺印がされた離婚届をだした。


 修ちゃんは驚いた顔で私を見て首を振った。

これは修也君の存在を知った時に用意した物、その時から覚悟は決まっていた。

 その時が来ただけ、「慰謝料代わりにマンションは私にくれる?」私は微笑んだ。上手く笑えているだろうか。



 修ちゃんが家を出る日が決まった。

私達は、最後の日までいつもと変わらい生活を心掛けた。

特別な事をしてしまうと、現実味を帯びて潰されてしまうから。

自分達の気持ちに触れないよう細心の注意をして、迎えた別れの日。


 朝からトラックが来て修ちゃんの荷物は、粗方片付いていた。

最後に、修ちゃんはキャリーバッグに日用品を詰めて玄関に立った。

私は笑顔で「行ってらっしゃい」と、いつもの様に見送った。

修也君が幸せになれるよう。修ちゃんが心を残さぬよう。精一杯の笑顔で。

 修ちゃんを見送った玄関で、1時間。その後ソファーに座って涙尽きるまで、泣き続けた。離婚を決めて初めて流した涙だった。


 そして、朝が来た。私は熱いシャワーを浴び、着替えた。

 さぁ、生きていく為の糧を得なければならない。仕事探しだ!

 



 

 

 

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