第11話 修ちゃんの不在
今朝、珍しくスッキリと目が覚めた。
このところ、目覚めが悪く頭が重いことが多かったのに。
久々に蝉の鳴き声で、自然と目が覚めた。
私は夏の蝉の鳴き声で目を覚ますのが大好きだ。
子供の頃の夏休みを思い出してワクワクする。
図書館の仕事は、向いているかは分からないけど、気に入っている。
古書の匂いは匂い自体、人々の様々な思いで満たされている気がした。
その古書に包まれると、懐かしい様な満ち足りた気持ちになる。
最近スマホやパットでも本は読めるけど、本独特のこの匂いは実物でしか感じる事ができないと思う。
修ちゃんが不在でも私は、日々頑張って生きている。
仕事中、珍しく紗綾さんからの着信。仕事中だったけど、慌てて外にでて電話を取った。
「お仕事中、ごめんなさい。修一さんが出勤途中、階段から落ちて頭を打ったの。
今緊急手術中なんだけど、有加さんには伝えておいた方が良いかと思って。」
紗綾さんはかなり動揺していた。紗綾さんの様子から修ちゃんの状態はかなり厳しい事が伝わった。病院を聞いて、急いで向かうと伝えて電話を切った。
私は上司に願い出て早退し、急いで病院へ向かった。
病院の手術待合室で、修也君と紗綾さんが不安そうに寄り添って座っていた。
修也君はママの手を握っていた。私はそんな二人に駆け寄り、今にも消えそうな二人の手を握りしめた。
待ちくたびれた修也君がウトウトし始めた頃、執刀医が出てきて説明してくれた。
「手術は、成功しました。後は本人の体力と目覚めるかどうかです。」
その言葉に、私達は少し「ほっと」した。
ICUに入っている間は誰も付き添えないと、看護師さんに言われた。私達は一旦帰る事にした。
紗綾さんは疲れきっていたので、私は
「迷惑でなければ家に来る?」と言ってみた。
彼女は泣きそうな顔で微笑み、「ありがとう。甘えちゃってもいい?」と言った。
紗綾さんは、着替などを取りに行き、私と修也君は一足先に我が家に帰った。
うちの玄関に入ったら、修也君は、ウロウロと歩き回り、修ちゃんの書斎を見つけた。ほとんど荷物は無かったが、不要になった物、共有の物など、幾つか残っていた。
修也君は書斎の中をあちこち開けたり閉めたりしていた。
私は、不思議に思ったが、二人の布団を出したり、片付けたりバタバタしていた。
客間を片付け、客布団にカバーを掛け終わった頃、玄関のチャイムが鳴った。
紗綾さんだった。玄関に足を踏み入れた途端、「あ、修一さんと同じ匂い。」と呟いた。そして、しゃがみ込んで泣いた。
泣きじゃくる紗綾さんをソファーに座らせ、ホットココアを渡した。
彼女は泣きながら、ココアを飲んだ。
私は、紗綾さんに確認して、修也君に温かい玉子うどんを食べさせた。修ちゃんが風邪を引いたり体調が悪い時に、必ずリクエストしてくるのが玉子うどんだった。玉子うどんを修也君は全部食べてくれた。
紗綾さんはかなり疲れ、ショックも受けたのだろう、ソファーで泣きながら寝入りしてしまった。私はそっとタオルケット掛けた。
その後、修也君をお風呂にいれたり、髪を乾かしたりした。
修ちゃんの面影を感じる修也君と一緒だと、子供の頃の修ちゃんが想像できて楽しかった。
小さな修也君をぎゅっと抱きしめた。修ちゃん早く目を覚まして。
修也君を寝かせる時、まるで修ちゃんの側に居るような錯覚に陥った。
親子だからだろうか、子供独特の匂いの中に、少し修ちゃんと似た匂いがした。
私は、うっかり寝込んでしまった。何時間寝ただろうか、紗綾さんの部屋に入ってくる物音で目を覚ました。私達は「おやすみなさい」と短く言葉を交わした。
部屋を出た私はベランダにいた。
ナッツをつまみにビールを飲んだ。ビールはいつもと同じなのに凄く苦く感じた。
空を見上げて、「神様、修ちゃんが生きていてさえいれば、私の側にいなくても良いの。早く返して下さい。」と祈った。
祈った後、私は自分は無神論者だと思いだした。
そして、こんな時はやっぱり祈るんだなぁと思った。
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