第10話 走馬灯
僕は朝 いつものように、修也を2駅先の保育園へ送っていた。
公園の近くを歩いていると蝉の声が、響いた。
いつもは五月蠅いとしか感じない蝉の声なのに、今日は何故だろう、有加さんが『蝉の声で目を覚ます夏が、一番好きよ』と言っていた事を思い出していた。
保育園に着くと、修也は先生に連れられて笑顔で手を振って教室の中へと入っていった。
僕は修也が視界から消えるまで手を振る。そして消えたことを確認して、保育園へ背をむけた。
最近寝不足で、目眩を起こす事が度々あった。
いつも気を付けてエスカレーターを使っている。たが、この日の朝はエスカレーターが緊急停止し、エレベーターは長蛇の列だった。「ついてないなぁ」と呟いた。
少し人波が落ち着くのを待って、ホームへと続く階段を登った。
中程まで上った時だろうか、急に目眩が襲ってきた。
咄嗟に手すりに掴まろうと伸ばした手は、無残にも空を切った。
階段から落ちる瞬間は、いつもの何百倍も、いやそれ以上か、とても長く感じた。
マズイなぁと思いながら、最真っ先に修也と紗綾さん二人の顔が浮かんだ。
僕に何かあったら大丈夫だろうか?紗綾さんはしっかり者なので、どんな難局も乗り越えられると信じている。
次に、有加さんの顔が浮かんだ。
有加さんとの思い出が走馬燈のように、脳裏を駆け巡った。
初めて会った大学のキャンパス。初めのデート。プロポーズ、結婚式。楽しい想い出が次々と流れた。
最後は僕が帰りたかったあの家で僕を迎えてくれる有加さん。
有加さんを近くに感じて満たされた気持ちになった。
人の悲鳴や「大丈夫ですか?」との声が遠くで聞こえた。
人は巻き込んでないと思う、良かった。
不思議と痛みがない、僕は死ぬのかもしれないなぁ。
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