第2話 ほころび
最初の異変は、僅かな匂いの変化だった。
秋口、修ちゃんが帰って来た時に漂う外の匂いに、仄かにある香りが混ざるようになった。
匂いではなく、あくまで香りなのだ。その香りが日増しに主張を強くしていった。
街中がクリスマスに彩られるころ、私はしびれをきらし、修ちゃんを尾行することにした。
修ちゃんはいつものよう仕事に出掛けた。
彼はプログラマーで、フレックスや裁量性での働き方が認められていたが、ペースを乱すことを嫌い、必ず出勤時間、退社時間を守った。
家を出た修ちゃんは会社に行った。
私は会社の出入口が見えるファーストフード店に入って修ちゃんを待った。
修ちゃんを待つ時間はとても長く感じた。一層昼食は会社で取ってくれれば良いのに、そんな事を考えているうちにお昼を過ぎていた。
そして修ちゃんは昼も大分過ぎた頃出てきた。
そっと後をつけると、彼はお洒落な出来たばかりのカフェに入った。
外観は彼の好みとは、違っていて驚いた。看板には樹雨(きさめ)と書いてあった。
私も少し時間をおいて入った。
入ったとたんに気がついた。このお店の香りは、最近修ちゃんから、漂ようあの香りだ。
私は、修ちゃんの死角になる席に座った。
店中に置いてある家具や食器などは、使い込んだ味のある物が多かった。外観とは異なり、修ちゃんの好みで頷けた。
しばらくすると、修ちゃんを見つけた女性が微笑みながら修ちゃんの前に立った。
そして、修ちゃんに「お帰りなさい」と言った。
彼は笑顔を浮かべ、彼女の細身の体に不似合な、ふっくらしたお腹に手をあてて「ただいま、紗綾さん」と言った。
私は何が起こっている事が理解出来なかった。
なぜ、「ただいま」なのか、女性のお腹に手を当てるのか?一番理解できないのは、彼の表情だ、最近見たことのない嬉しそうな顔だった。
取り敢えず、運ばれきたラテを飲む、ラテはとても優しく、一口飲む毎に私を落ち着かせた。
冷静さを取り戻し、私は二人を観察することにした。
修ちゃんの向かいに腰掛けた彼女は、楽しそうに話していた。お腹の子供の事だろうか、お腹にいとおしいそうに手をあてて、微笑んだ。
修ちゃんもそんな彼女を大事そうに、いとおしそうな眼差しを向けていた。
ただ、そこに居る修ちゃんは、私の知っている修ちゃんではなく、ヨソイキの修ちゃんに見えた。
それは出会った頃のまだ、付き合う前の修ちゃんを思い出させた。
私はひどい居心地の悪さと、孤独を感じた。
帰路についた私は、今日見たことを上手く飲み込めないでいた。彼を責めて良いのかも考えあぐねていた。
彼女のお腹にはきっと子供がいる、そして彼の子供だろう。私は彼の子供を産んであげれなかった。欲しがっていたのに。
人間は本能として、子孫を残したいはずだ、それを責めて良いのだろうか?
彼の幸せそうな笑顔を思い出すと、私を酷く寂しなった。
しかし、樹雨と言う店名はとても素敵な名前だった。
調べると、「濃霧の(後の)森で雨に似た音を立てて、枝や幹を霧の水滴が落ちる現象。」と書いてあった。
店内の調度品といい、修ちゃんの好みにドンピシャだ。ただ店の外観が余りに違って心に引っ掛った。
彼はいつもの時間にいつものように帰宅した。
昼間の事は無かったのかのように、いつもと変わらず過ごしていた。
いつもと同じ、少し疲れた小さな笑顔、でもとてもゆったりと穏やかな表情だ。
私は思わず「ねえ、本当は子供欲しい?」と聞いていた。
彼は一瞬目をみひらいたが、いつもの笑顔で、「何言ってんの?二人でいるがベストでしょ?僕は今のままで十分幸せだよ。君は幸せじゃないの?」
私は、返事出来なかった。私はずっと幸せだった。今日のあなたのあんなに幸せそうな笑顔を見るまでは。「嘘つき」心のなかにで、つぶやいていた。
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