第10話 音楽世界は現実世界より居心地がよかった
僕が、曲を投稿しなくなって数週間が過ぎた。
相変わらず、フォロワーの曲は聴きに行き、気分良くコメントやアイテムも贈る毎日だ。
たまに、コラボに参加するが、僕の方では投稿せず、相手が投稿してくれるような日々が続いていた。そんな寄り添い方もあるんだと、僕は改めてこの世界の仲間の存在がありがたかった。
僕は、すっかり曲を投稿するより、聴きに行く方が心地よくなっていた。まるで、【音楽世界】を始めたばかりの頃にタイムスリップしたかのようだった。
ふと思う。
「僕は、もしかしたら、歌うのではなく聴く方が好きなのかもしれない」
と。
カラオケは大好きだ。ストレス発散になるし、歌ってるだけで疲れも吹っ飛ぶ。でも、その歌をSNSのように気軽に投稿するのには、向いていないのかもしれないと、考え始めていた。
【音楽世界】を始めて、もうすぐ1年になる。それなりに、このアプリを愉しんでいる毎日に変わりはないが、愉しみ方は、日々進化するような気がする。
自分の歌を聴いてもらいたかった時期。
フォロワーの歌を聴いていたかった時期。
コラボが楽しかった時期。
コメントやメッセージのやり取りが楽しかった時期。
そのどれも、愉しさを感じない時期。
仲間からの何気ないコメントで落ち込む時期もあったし、逆に僕が仲間を傷付けるコメントを無意識でしてしまったこともあった。
仲が良くなればなるほど、始めた頃のような気遣いが減ってくる気がする。そのせいで、相手を傷付けてしまった時、相手が「傷付いた」と言ってくれたらまだいい方。何も言わず、フォローを外される時もあった。もちろん、僕も同じように何も言わずにフォローを外すタイプだ。
「傷付いたからフォローを外します」とわざわざ言うのもなんだから。そこは、黙って距離を置けばいいと思っているし、相手がそうしたいのなら、それでいいと思っている。
仲間がこんなことを言っていた。
「SNSにせよ、【音楽世界】にせよ、しょせんネット上の付き合い。ここで、黙って距離を置いたり、場合によってはブロックしたところで、実生活に影響が出ることはほとんどない。実生活でも付き合いがある人をブロックするのは、難しいかもしれないけど、そうじゃなければ、自分が心地いいと感じる環境を堂々と作ればいい」
この言葉は、僕に勇気と希望をくれた。
例えば、実生活で、職場の同僚とトラブルがあった場合、その先も付き合いが続くことを考え、お互いに本音を押し殺さなければいけない場合がある。
でも、少なくとも、ネット上の付き合いの場合、我慢してまで付き合いを継続しなくても影響はほとんどない。
いざとなったら、その世界から簡単にフェードアウトも出来るのだ。
そのためには、実生活に繋がるヒントをあまり残さないのも大事なのかもしれない。
ちゃんと線を引いて愉しめれば、どんな世界も自分にとって居心地が良くなるのかもしれない。
今、コロナ禍で大きく環境が変わったために、さまざまなアイデアも出てきている。もしかしたら【音楽世界】のようなアプリが人気なのも、こんな環境だからかもしれない。
僕は、このアプリを利用するようになってから、本当に心が穏やかになった。トラブルもあるが、それらを優しく受け止め、支えになってくれる仲間とも出会えた。実生活で上手くいかない時、【音楽世界】で仲間の歌声に励まされる時もある。僕も仲間のピンチの時には、さりげなく励ませるような人間になりたい。
僕というひとりの人間が、人として成長できた世界。それが【音楽世界】だ。音楽は人を動かす力がある。
時に背中を押してくれたり、
時に癒やしてくれたり。
思い出の曲、
誰もが知ってる名曲、
自分の知らないジャンルの曲、
みんなで楽しめる曲、
応援歌、
ラブソング、
などなど。
いつだって、僕たちのまわりには、音楽が溢れている。そして、音楽はいつだって僕たちに寄り添ってくれる。時に、現実世界を忘れさせてくれることもある。
だから僕にとって、
音楽世界は現実世界より居心地がよかった。
〈完〉
音楽世界は現実世界より居心地がよかった あかり紀子 @akari_kiko
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