第8話 優しいばかりじゃなかった

 初めて曲を投稿してから、数ヶ月が過ぎた。

緊急事態宣言は、解除され、僕が愛してやまないカラオケも営業を再開した。しかし、相変わらず感染者の数がゼロにはならないため、僕の会社は引き続きリモートワークを余儀なくされた。


 月に一度だけ出社し、その月に自宅で行なった業務報告と、勤怠状況、改善の有無などを各部署ごとに報告し合い、翌月の業務計画などを決めるという流れだ。


僕の会社でも営業以外は、ほとんどの部署がリモートワーク継続となり、在宅での仕事が定着し始めていた。僕にとっては、好都合の状況だ。あれだけ、仕事終わりのストレス発散の場として、僕の中の生活リズムとなっていたカラオケに行かなくても、今は平気になった。


 規則正しく仕事をこなし、8時間以上かかってその日の業務をこなしていた手際の悪さもなくなり、たいてい8時間以内に業務を終え、あとは【音楽世界】にどっぷりとハマっていた。


 僕は、毎日とはいかないが、可能な限り投稿し、自分が投稿しない日には、フォロワーの曲を聴きに行くことを愉しんでいた。むしろ自分が投稿しない日の方が多かったが、それでも投稿すれば誰かが聴きに来てくれて、コメントやアイテムをくれるのが嬉しくて、やめられなかった。


 そんな日々を続けていたある日。

僕は、初めて【音楽世界】の闇にぶち当たった。


そう。誹謗中傷コメントだ。


話には聞いていたし、実際、それが原因で【音楽世界】を辞めたフォロワーもいる。でも僕のところには、まだ書き込まれたことがなくて、正直ピンと来なかった。実際、自分のところにそれが書き込まれた時には、動揺した。


 いつの間にか、優しい世界だと信じて疑っていなかったからだ。少し考えればわかる話だが、万人受けする人なんていない。僕だって、実際聴かせてもらった曲の中には、好みじゃない歌い方もある。


ただ、そんな人には、何もアクションを起こさず曲の途中でも切ってしまう。それでいいと思っているからだ。


 それなのに、僕のところに書かれたコメントは、一瞬で僕をどん底まで突き落とした。


わざわざ書かなくてはいけなかったのか?


僕がここを利用してはいけないのか?


こいつの好みで歌わないといけないのか?


てか、こいつ誰だ?


目の前が、真っ暗になった。なぜこんな、人を傷付けるようなことが書けるのだろうかと疑問だった。でもそういう奴は、そのコメントを見てどん底になることを想像するだけで楽しいと感じるのかもしれない。


実際、そんな書き込みのせいで辞めていく人がいるのは事実だ。自分が攻撃した人のアカウントが無くなったことを楽しんでいるのだろうか?


 いや、そもそもそういう奴は、いちいちアカウントなんてチェックしていないだろう。誰彼構わず、とりあえず傷付く言葉を並べ立ててやれとでも思っているのだろうから。


 僕は、そんな馬鹿の思う壺にはハマりたくない!


とはいえ…


改めて思った。この数ヶ月間、こんなことが起こらなかった方が奇跡だったんだと。

この世界だって、優しいばかりじゃなかったんだと。

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