三章 一難去ってもまた一難

3-1

 

 カツンとヒールを打ち鳴らし、本日向かいますのは……城、でございます。

 二度目の登城とあって、前回よりは落ち着いていると思うでしょう?

 私もそう思いたかったが……そんなこと、あるはずがなかった。

 本日の用向きは国王陛下とのえっけんなのだ。エスコートはお父様にお願いしていることもあり、城内見物キャッキャとか言っていられるじょうきょうでも心情でもないのだ。

 あああああ足がふるえるわ……。

 どどんと広くてごうろうとおけ、謁見の間に辿たどり着く。

 ドーム型に作られた高いてんじょう、五人くらい乗れてしまいそうな大きなシャンデリアに、白地にしんと金でいろどられたかべや柱。深紅の階段の一番上に王座がちんしている。

 悲しいかな、私の残念なりょくではかんたんくらいしか言葉が出ない。

 衛兵が敬礼したのを合図に、私もお父様にならい最上位の礼をとる。

 ほどなくして続きの間から現れたのは、けんおうと名高きロディウス・フォン・クライスラーだ。建国後初めて、いさかいの絶えなかったりんごくとの休戦をかなえた名君。

 先の展開を知る身としてはつかの間のへいおんではあるのだが、それだけ困難な道ということだ。陛下の治世は見事だといえよう。

 原作小説では、ゆうしゅうな未来のおうたる主人公にゲロ甘な王様だったが、はたして私にも適用されるのかどうか。

「急なことであったろうに、よくぞ参られた。ロータスはくしゃく、そしてリーゼリットじょう

「国王陛下におかれましてはご健勝のこととおよろこび申し上げます。このたびははいえつの機会をたまわり、まことにありがとう存じます」

「なに、そうかたくなることはない。あのギルベルトが見染めたごれいじょうはどのような人物かと気になってね。さあ、顔を上げられよ」

 やわらかなこわわれるまま、すいと顔を上げる。

 王座には、たおやかなひげを生やしたかっぷくのいい人物がかたひじをついていた。

 どことなく二人のむすに似ており、やさしそうなふうぼうをしている。

「ふむ、伯爵に似たそうめいさを思わせる顔立ちだ。うわさはかねがねうかがっている。ギルベルトの名を借り、何やら始めようとしているとな。まずは、王家の名を出してもよいと判断した、君の考えを聞こう」

 ……前言てっかい、全然優しくないわ。

 私が殿でんのサインをごうだつしたせいとはいえ、はくりょくがヤバイ。

 口元にのみみを残してはいるが、その目は本質を見抜かんとするたかのようだ。

 王座からずいぶんときょがあるというのに、間近でねめつけられているかのような、底知れぬあつかんを覚える。

 背中にじわりとあせにじみ、呼吸が乱れる。

 これが、この国をべる王か。

 ……答えいかんでは首が飛ぶな。私だけでなく、そばにいるお父様も。

 ちらととなりに視線を送るが、父は表情を変えた様子はない。

 おそらく、父にはすでに話が通っているのだろう。知らぬは私のみ、か。

 くっ……まだ成人もむかえていない子どもになんてことするんだ。

 トラウマになったらどうしてくれる。

 こぶしにぎりたくもなるが、答えないわけにはいかない。さあ、どう返答したものか。

 かんせんしょうを少しでもおさえるためには、衛生環境の改善はひっこう

 ペニシリンの安定供給には時間を要するだろうし、需要を満たしても乱用すればたいせいきんを増やすだけだからね。感染症が起こりにくいかんきょうを整えておく必要があるのだ。

 ここで効果実証のにんを取り下げられるわけにはいかない。ならば力しするのみ。

「陛下の治世におかれましては、隣国のきょうおびえることのない日々を過ごせております。この平和が永久とこしえに続くことを願ってやみません。しかし、いかに平和といえど有事の際の準備をおこたってよいものではございません。いつ何時隣国との諍いが再燃しても、たとえ何らかのびょうむしばまれたとしてもえうるように、この国のりょうばんじゃくなものにしたいと私は考えております。その上でのかくしょでしたが、事をなすには私のみでは力およばず、殿下のを拝借いたしました。許可を得るにあたり早計であったとじております」

 陛下の治世をおもんぱかりつつも、自分の正当性を主張。恥じるとは言ったが、ちがいだったとは言わない。失礼せんばん、なるようになれよ!

「撤回するつもりはないと?」

「ございません」

 まっすぐに陛下をえ、きゅうとくちびるを引き結ぶ。

 はだにひりつくような眼光が注がれ、重圧に耐えることしばし。

 重苦しいちんもくがふいにやわらぎ、謁見の間にごうたんな笑い声がひびいた。

「なるほど。これは、ロータス伯爵が手を焼いているというのもよくわかる」

おそります」

 おおお、畏れ入りますじゃないよ。フォローかいって、放任にもほどがあるでしょ!

 この状況、まさかお父様が招いたんじゃないでしょうね。

 必死にきょせい張ってはいたけど、こっちは足がくがくだよ!

「よかろう、ではもう一つの話に移ろう。少し前になるが、ファルスがあわや命を落とすところを、一人のご令嬢に助けられたそうだ。その後の茶会で名乗り出た者がいたのだが……私はその者ではなく、君ではないかと疑っている。合っているかな?」

 鷹のような目がすうと細められ、ようやく今日呼ばれた意図を知る。

「なぜ、私だとお思いに?」

「簡単なことだ。ギルベルトはいっかいの令嬢ごときの意のままに従うようには育てていない」

 いっそう増したすごみに、ひゅっと息をのむ。

 もしそのような事態が起こるとすれば、何か特別な理由があったときだということか。

 強奪したサインに加えて、統計の授業にも同席してもらっているからね。

 ギルベルト殿下が私への協力をしまないことで、疑いを強めたと。

 殿下よかったね、陛下からのしんらいめちゃくちゃ厚いよ。

 今そのせいで私、ピンチですけどね?!

「……殿下は、私の夢に賛同してくださっただけですわ。私にはどなたかの命を救うような力などございません。エレノア嬢がお助けになったと聞いております。疑う余地など」

「そのエレノア嬢が、自分ではないと言っているのだ」

 なっ、なにぃ──っ! エレノア嬢、誠実だな……!

 いや、この王の前で十代女子がうそなんてつけるわけないか。

 不敬のうわりに加えてここまでこうがんでいられるのは私くらいだわ。

 申し訳なさすぎて隣が見られない。こんなむすめでごめんあそばせ。

「今はまだ私の胸に秘めているが、いずれファルスの耳にも入ろう。将来を思えば、王太子妃の選定は早い方がいい」

 ……この口ぶりだと、エレノア嬢はまだ辞退してないってことだよね。

 もし私だと認めたら、王太子妃確定……?

 それでもって、身を引くヒロインと、行く手をはばむ私の図式が完成しちゃうってわけ?

 そんなのぜっったい嫌、断固としてきょする!

「さようでございましたか。恐れながら陛下、それならば早く他をあたっていただいた方がよいかと」

 ふむ、と考えるようなしぐさをとった陛下は、もう一つばくだんを投下してきた。

「ファルスを救った方法は、だれも見たことのないものだったそうだ。我が国の医療を盤石にとのことだが、その方法を広めるつもりはないのか」

 ぐぅ、とのどが鳴るのをなんとか抑え込む。

 賢王の名は伊達だてじゃないわ、さぶりのかけ方がぜつみょうすぎる。

 しんぱいせい法はヘネシーきょうにお願いしようと思っていたけれど、陛下のさいはいで広めてもらえば、どこにたのむよりも早くいっぱんされるだろう。

 この先予定しているもろもろだって、絶対に事が運びやすくなる。

 私の心の平穏くらい安いものか……でもどこで学んだのかって絶対追及されるよね。

 この王からの追及とか、私の胃がもつとは思えないのだが。

 …………胃に穴が空いたら、この世界じゃ助からなくね?

「ギルベルトのことを、好いているのか」

「……へあ?」

 とつぜんの、それも思ってもみない方面の質問にせいが出てしまった。

「し、失礼しました、ええと……」

 あわててとりなしてはみたけれど、この流れでなぜこの質問なんだ。

 殿下のことはきらいじゃないけれど、どちらかと言えば共犯者とかいやしの要素が強い。

 本人に言うのも失礼だろうと思うのに、こんなの親に言うことか?

「ご、ご想像にお任せしますわ……」

「あいわかった。ちょうど中庭でギルベルトたちが何やら準備をしているころいだ。かたい話ばかりでつかれたろう、寄っていくといい。案内をつけよう」

 何がわかったんだ、何の準備だと混乱している間に、陛下の指示で一人のが現れた。

 背は高いが顔立ちから察するに、としは高校生くらいか。

 黒地に銀糸の細工がほどこされた騎士服がよく似合う、くろかみ黒目の青年だ。

 どこかで見たような気もするなあとぼんやりながめていて、ハッとなる。

「………ッ!」

 馬車の事故のときに、親を呼びに行かせたあの青年だ!

 なんとか声を出すことはまぬがれたけれど、体の反応までは消しきれなかった。

 この青年を呼んだのが私の反応を見るためだとすれば、今ので完全にバレたな……。

 ちらりと視線を走らせた先で、陛下が笑いをこらえている。

「ロータス伯爵、殿でんの言う通りだ。一度会えばすべてわかる。なんともなおなご令嬢だ」

 ええ、ええ、そうでしょうとも。

 陛下ほどかしこければ、今ので私の考えなんて丸わかりでしょうよ。

 ここまで必死でかくし通してきたのに、退室時にバレるなんて悲しくなるわ。

「改めて礼を言おう。我が息子ファルスを救ってくれたこと、心から感謝している」

 突然告げられた陛下の言葉に、どうようのあまり慌ててかぶりをる。

「い、いえっ……」

ほうとして望むものがあれば用意しよう」

「褒美など……特に何もございませんわ……」

 おもてにさえしないでいただけたら……っ!!

 さすがにそれは、無理ですよね。もはやここまでか……。

あきらめが早いのではないか。その望みであれば叶えようというのに」

 抜けかけたたましいが、陛下の言葉でもどされる。

 ん? その望み、とは……?

「ファルスの本当の恩人であることを内密にしたいのであろう?」

 今まさに考えていた通りの望みを告げられ、つぶやきでもしていたのかと目をしばたいた。

「何やら追及はけたいようだ、しょうさいは聞くまい。王太子妃にもファルスにも興味がないようだが、真相はどうあれファルスが選んだのはエレノア嬢だ。エレノア嬢には、二人の問題だと言い置いているから安心するといい。ギルベルトとのことは、そうだな、言葉通り想像に任せて楽しませてもらおうか。ギルベルトとともに取り組んでいる企画書が完成だい、持ってくるといい。内容の如何いかんによっては我が名を刻むことを許そう。どうやら急ぎ必要なもののようだ、我が名は推進力となろう。だがまずは、ファルスを救った方法を騎士団と各病院に根づかせたい。して、期日を設けたいのだが、いつまでに準備が整うだろうか」

 朗々と語られる陛下の言葉にぜんとするしかない。

 先の騎士のことだけじゃなく、頭の中全部筒抜けってこと……?

「リーゼリット、家に帰ったらベルリッツにポーカーフェイスの特訓を頼もうか。そろそろ必要になる頃だ」

 かたわらのお父様は、娘がファルス殿下の命を救った話にもまったくおどろく様子を見せない。

 いったいいつから、どこまであくしていたんだ?

 ニコニコと微笑ほほえむお父様もまた、食わせ者だったと。

 うう……、その特訓ありがたき、ありがたき!

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