1-4
……はい? 突然、何の
小説内で主人公と結ばれた相手だとしても、
「いえ、別によろしいですわ……」
「おまえのような
よしきた。そのケンカ、言い値で買おう。
心の内でジャブを繰り出していると、殿下は腕組みをして柵にもたれ、取引とばかりに口の端を上げた。
「俺は第二王子だ、王室に入るとはいえ、多少は自由がきく。おまえの夢とやらも叶えることができよう。だがあの様子では、兄がおまえを
「私のメリットはわかりましたが、ギルベルト殿下のメリットはございますの?」
「当然だ。兄の相手が決まれば、次に縁談が山と積まれるのは俺だからな」
そう答えた殿下はうんざりした表情を見せる。なるほど、利害の
語って聞かせる夢なんてまだ持ち合わせていないけれど、小説ではこの王子との恋物語を中心に進んでいったのだ。婚約者になった方がこの先の展開がわかりやすいのだろうか。
でも、婚約する時期はもっとずっと後だったような気がするんだよねえ。
第一王子が助かったことで婚約時期が早まったのかな。
もしそうなら、ここで婚約したとしても小説とは
ツンデレこそ至高、が前世からの私の
ああでも、あの主人公だからうまくいっていただけで、今のリーゼリットは私なのだ。
乙女ゲームの設定と同様に、ギルベルト殿下が後でヒロインに
その場合、私がヒロインに嫉妬する図式ができあがってしまうのか?
わからない……どうするのが正解なのか、もう何も考えつかない……。
「……とりあえずお父様に相談しますわ……」
「そうだな。ロータス伯爵に近々会わせてもらおう」
おい、それは相談と言えるのか。
「そうと決まれば善は急げだ」
腰を浮かせた殿下が、
……お手か?
「違う。貸せ」
訝しみつつ手を重ねてみたが、違ったらしい。
「兄は心を決めたようだし、それをつけたところで今さらどうということもないだろう」
なるほどと頷いた私の手から髪飾りをぶん
「器用ですのね。……そういえばお礼もまだでしたわ。いりませんと突っぱねてしまいましたが、
心からの謝辞を告げると、殿下はふんと鼻を鳴らして再び掌を見せた。
「……もう何も持っておりませんわ」
「だからだろう。行くぞ」
そう言って手を取り先を行くギルベルト殿下の耳が、心なしか赤い。
今ので照れちゃったのか〜と心臓にぎゅんとくるものを感じながら、私は広間へと戻っていったのだった。
手を取られ連れていかれたのは、さきほどまでファルス殿下とエレノア嬢が踊っていたスペースだ。エレノア嬢は妃殿下、ファルス殿下と同じテーブルについている。
えーっと、なんだろうね……そこはかとなく嫌な予感がするんだけれど。
注目を浴びて笑顔がひきつる私をよそに、傍にいたギルベルト殿下の合図で再び演奏が変わる。ファルス殿下のときよりもアップテンポな曲調だ。
「おまえ、そういえば踊れるんだろうな」
この場合、事前に
ジト目を向けそうになるが、我慢だ我慢。
マナーのように体に
「ええまあ、それなりには……」
それはよかった、と口の端を上げた殿下は左手を上げ、私を迎え入れた。
両手を滑らせてホールドを組み、殿下のリードに合わせて体を動かす。
社交界でもよく踊られるウィンナーワルツだ。
定番のスリーステップで浮き沈みしつつ、右に左にとくるくる回る。音楽に合わせてドレスの裾がきれいに広がり、まさに花が咲いたかのようになっていることだろう。
余計な力のない自然なホールドに、安定感のある重心の運び方。
ギルベルト殿下のリード、むちゃくちゃ踊りやすい!
しかも時折
背をそらして体が伸びあがるたびに、テーブルから小さな歓声が上がる。
何これ、すっごく楽しい!!
「お気に
「ええ! とっても!」
楽しそうな気配を感じ取ったのだろう。問いかけに思いのほか
うそ、今もしかして笑っているの?
さっきから口の端で薄く笑うところしか見たことがないのだ。
いったいどんな顔しているんだと振り返ろうとして、ぐいと大きく腕を引かれた。
「ひゃ、わ」
ほとんど強制的にくるりと回転させられて、演奏
拍手と歓声の中、導かれるよう隣へと顔を向け。
「おまえなら、そう言うと思った」
楽しげに目を細め、いたずらが成功したみたいに
……あー、こういうギャップずるいんですけど……。
「お手をどうぞ、リーゼリット嬢?」
殿下が肘を軽く曲げ、促してくる。
少しばかり
「とても素敵なダンスだったわ。見ているこちらまで踊りたくなってしまうような。ファルスにもギルベルトにもいい方が見つかってよかったわ」
それはもう楽しそうな妃殿下に、
エレノア嬢がとっても嬉しそうにしているのだけが救いか。
「ギルベルトはどちらで見染めたのかしら?」
「少し風に当たりに行った先のテラスで。とても
「まあ、ほほほ」
おいぃ、この失礼千万王子め! 他に言い方はなかったのか?
許されるなら、この場で
「……私、まだ了承した覚えはございませんが」
ギルベルト殿下に耳打ちすると、しれっとした顔で言い返してくる。
「何を言う。私も母に『相談』したまでだが。
もう一度問おう、相談の定義とは。
ああ、
屋敷へ送ろうなどと言いだした殿下の申し出を
……お断りできるわけがなかった。
祝い酒をふるまおうとするお父様を引き
小説の
私と同じタイミングで前世の記憶を取り戻した主人公が、ファルス殿下の救助をヒロインに一任しようとして、街中散策を避けたのだ。
その結果、ファルス殿下は助からず、国葬からのスタートに至ったと。
以降は主人公が先んずる形で対策をとり、
それすなわち、物語の主人公たる『リーゼリット』が逃げれば、人が死ぬということだ。
押し寄せる負傷兵、
今は平和なこの国だけれど、私がデビュタントを迎える年に隣国との争いが始まってしまう。薬が完成しなければ、適切な治療が行えなければ、救えるはずの命が失われてしまう。
私に婚約を持ちかけたギルベルト殿下も
「なんって世界に転生しちゃったの…………」
頭を抱えて
もうこうなったら腹をくくろう。
医師ではないから、悪役令嬢の役回りはこりごりだからと逃げおおせて、たとえ
私が何もしないせいで、人が死んでいるとわかっていて。
主人公と同じ医学知識や技能は持ちえない。すべてを思い出したわけでもない。
全員を助けることは難しいかもしれない。それでもせめて、私にできることを。
感染予防、トリアージの伝授、疫病対策。原作になくとも、心肺蘇生法も伝えていこう。
それらがこの先に起こることを少しでも良い方向に導くかもしれない。
やることはとんでもなく多いけれど、時間も能力も限られている。
今の私にも行え確実性があり、効果のほどが目に見えてわかりやすいものといえば──
先日、青年の様子を窺うためにと
──衛生
これならば薬は作れなくとも、感染対策の一助となりうるだろうけれど……。
は、はは……私ってば、前世でとんでもなく有名な『あのお方』と同じことをするのね。
あれほどの
道は示されている。やるっきゃないでしょ!
私この世界で、な、なな……くぅっ、……ナイチンゲール、めざしてやりますわ〜!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます