第20話 私はそれを船出に例えた


コンクール本番、自分たちの前の学校は昨年に都大会に出ている強豪校だった。


楽器の搬入からセッティング、演奏終了まで学校で練習してきたはずなのに、緊張している。


『燿、しっかりしろ』

『私たちがついていますからね』


両脇に抱えた2本の楽器が、私を励ましてくれた。

舞台袖の暗闇で、出番を待つ。

先輩も緊張な面持ちで出番順に並んでいる。


私は目をつぶって深呼吸をした。

すると、後ろから肩をトントン、とされた。


「燿、頑張ろうね」


小さな声で、唯が声をかけてくれた。

その隣には同じトランペットパートの同級生がいた。


そうだ、みんなで乗り越えた。

むしろ私たちの時代が、これから始まる。


一人一人右手を出して重ね合わせた。

大丈夫。みんないる。

練習も沢山した。顔を見合せて頷きあった。

そして、急いで席順に並び直すとちょうど前に演奏していた学校が終わった。



***



はっきりいって、演奏中の記憶は無い。

大丈夫、とは行っても緊張していた。

ただ、演奏中の大きなミスはなく、無事に演奏が終わったことだけはわかっていた。


演奏が終わるとそのまま写真の撮影があり、各学校事に写真をとる。

それから急いで楽器を片付けて、大型楽器はトラックのある駐車場まで急いで行く。

トランペットは手持ちかトラックか結構微妙なラインだが、私は2台あるのでトラックに向かう。


楽器をしまう前に少しだけ楽器たちと話した。


「燿、お疲れ様!」

「燿さん、やっぱり緊張していましたね。でもよかったですよ。」

「うん!ありがとうね!」


ささっと楽器を拭いてから、私は楽器のケースを閉じた。

朝のリハーサルの後、バックとフリューゲルから「僕らは大丈夫だから、終わったら他の楽器達を手伝ってあげてな」「ほかの学校の演奏、楽しんできてください」と言われていた。

その言葉通りに、すぐに片付けてトラックへと向かった。


・・・終わったんだ。


楽器を搬出しながら、急に実感が湧いた。

あとは結果を待つだけだ。


トラックが無事に会場を後にすると、演奏の合間にホールに入った。

学校ごとにまとまって座っている。

他の学校の演奏を楽しみにしていたのに、私は疲労困憊で気がついたら座席で眠ってしまっていた。

隣に座っていた唯が、私を起こしてくれた。


「大丈夫?最後の学校今終わったから、少ししたら結果発表だよ。」

「わ、ごめん、ありがとう。」

「朝も早かったし、ずっと練習続きだったし、当たり前だよ。」

「気になってた学校あったのに寝ちゃった・・・最悪・・・」


ホール無いにチャイムが流れる。

間もなく、結果発表が始まる。


結果発表の前に、審査員の先生の紹介やなんだかよくわかんない偉い人達からの挨拶があったが、私の頭には全然入らなかった。

とにかく結果が気になっていた。


去年のコンクールは、あんなに早く終わって欲しいと思っていたのに。

都大会よりも早く解放されたくて仕方がなかったのに。


「えー、発表の際に『金賞』と『銀賞』がわかりづらいということで、金賞の発表の際には『ゴールド金賞』と発表させていただきます。」


その言葉を皮切りに、淡々と発表されていく。

「金賞」の言葉が出ると「わああああ!!」と歓声が上がる。

逆に「銅賞」では少し白けた空気とすすり泣く声が聞こえた。


「燿、次だよ」


唯が私の手を握った。

私も、隣に座っていた部員の手を握った。


「○○市立○○第6中学校・・・・」


握った手に更に緊張が走る。



「ゴールド金賞!」



そう聞こえた瞬間、私は驚きすぎて声が出なかった。

隣にいた唯は、握った手をブンブン振りながら飛び跳ねる勢いで喜んでいる。


「やったあ!!やったね燿!!」


唯の喜びも束の間、直ぐに次の学校の発表が続く。

私はまだ心臓がバクバクと大きく動いているのを感じた。


(まだ、これからなんだ)


今日の発表は東京都予選だ。

金賞を取っても、都大会に出られるかはわからない。金賞を取って尚且つ金代表というのを取らなくては次には進めない。


1つの関門を順番に進めていく。

それは、まるでハリソンの航海時計のよう。

ソベル氏の書いた『経度への挑戦』には、ハリソンの時計の航海のことが書かれている。

ハリソンは航海時計を1つだけではなく改良を重ねていくつも作っている。


(私たちも、まだ終われないんだ。

でも、まだチャンスはあるかもしれないんだ。)


私はワクワクした。

これが私たちの挑戦だと。


(これが私たちの出港になるんだ。)


私は、この挑戦を船出に例えることにした。




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