第7話 真鍮のお喋りⅣ


燿は最近、よく音楽を聞いていた。

片っ端からトランペット協奏曲を調べては聴いて、調べては聴いて。


僕の身体は軋むことなく、伸びやかになった気がした。


「燿、最近調子いいな!」


僕は届かない声をかけた。


しかし、パート練習では「貴田さん、音程悪いよ!」「貴田さん出だし悪いよ!直して」と上級生から言われているのが聞こえた。


「はい!すみません!」


燿はそう言って謝っていたけど、僕にはそんなに悪く聞こえなかった。

それから、隣からはキンキンとした軋みの感じた音がした。

音は大きかったが響きが少なく、潰れた音色がした。


隣で吹かれていたカスタムは、辛そうに音を出していた。

僕は心配しながらもただ見守ることしか出来なかった。


コンクールに向けて、自由曲に力を入れていることはわかっていた。

しかしこのままでこの子たちは楽器を楽しめているのか不安だった。

この音楽にコンクールで順位をつけて、はたして意味があるのだろうか。


吟のように僕の声が届いたらいいのに。僕は思っていた。



***



「新入りさん、ゆっくりお話しましょうよ。あたし、他の場所のお話聞くの好きなの。」


同じ棚にいたXeno(ゼノ)が声をかけた。

僕の隣にいたフリューゲルが「是非」と声をだした。

フリューゲルは、燿が持ち替え担当になり僕と同じ家からきた楽器だった。

フリューゲルは僕とよく一緒に演奏したことあり、仲良くしていたので、僕は彼が来てくれたことに喜びを感じた。


「私は吟さんが最近まで使っていたフリューゲルです。金管アンサンブルやトランペットアンサンブルに参加させて貰っていたんですよ。」

「吟はいい楽器沢山もっているのね。」

「彼は持ち替えや移調管を任されることが多いように感じます。センスですかね。

久しぶりに私が呼ばれたと思ったら、可愛い学生さんの力になれるなんて光栄でした。

それにしても吹奏楽コンクール、何だか凄いことになりそうな感じがしますね。まるでプロの演奏会の選曲みたい。

吹奏楽のオリジナルの曲は何度か参加したことがありましたが、拍子も難しいし、木管の連符なんか圧巻ですね。」


そしてフリューゲルは苦笑いした。


「難しい曲が流行っているとはいえ、中学生にやらせます?この曲。」


フリューゲルの一言に、まわりのトランペット達も苦笑いした。


「コンクールに勝つには難易度が高い曲に挑戦する。はっきりいって博打だね。

コンクール用にかなり楽譜をいじっているし、インパクトを残す意味ではいいかもしれないけど。

僕はもっと王道なウィンドアンサンブルが好きだね。」


僕は本音を漏らした。

その言葉にうんうんと同意の声が聞こえた。


「あたしは吹きまねをする文化をやめた方がいいと思うわ。せっかくいい音がするのに、音程のせいやバランスのせいで下級生をカットするの、もったいなくない?高い音が出ないのも、曲で吹いてみなくちゃ練習にならないじゃない。」


ゼノは言った。そのゼノの言葉に、他の楽器やまわりのトランペット達も大きな反響があった。フリューゲルも頷いた。


「コンクールって何だか酷ですよね。音楽に順位をつけることで、結局なにが大切なのかわからなくなってしまう。

吹けないところや難しい所を他の楽器でカバーして、せっかくの元の楽器の音色がきえてしまったり。」


少し悲しそうに話し出した。


「吟さんが私を送り出してくれたとき、本当にコンクールを憂いていたんです。

子供たちの良さが消えちゃうんじゃないか、楽譜の良さ、作曲者の意図を汲み取れなくなるんじゃないか、とかね。

演奏時間の問題で曲カットもしなくちゃいけないのもわかるけど、『え?この場所で?』って感じのもコンクールでは見受けられますしね。」


コンクールで上手く聞こえるように、楽器を足したり他の楽器がカバーしたりすることはよくあることだ。

しかしそれによって元の楽譜の良さは消えてしまったり、せっかくのソロパートを他の楽器に持っていかれて自信を失う子供たちもいるだろう。


「あたしたちはコンクールで勝つために演奏されている訳じゃないわ。でも部活はコンクール一色。それにもう7月になるわ。さらにコンクールに向けて練習していくのね。

吟みたいに部員たちにも私の気持ちが伝わればいいのに。」


ゼノは嘆いた。


「私は、燿さんの気持ちを知りたいな。」


フリューゲルは言った。


「燿さん、何故あんなに自信がないのでしょうか。

彼女、凄く気持ちの良い子だと思うんです。私、まだ来たばかりだけど、沢山吹いてくれるじゃないですか。

まだ練習することも沢山あるけど、よくコンチェルトを聴いてるし、最近気に入ってる演奏家もいるみたいですごく貪欲ですよね。

私が力になれることがあるならば・・・・絶対に助けたいのに。言葉が伝わらないってもどかしいですね。」


僕らはその言葉に頷いた。

吟のように僕らと話ができたら、どのくらい楽なんだろう。

まだ彼女とは話ができない。

僕も彼女に声はかけるが、まだまだ意思の疎通は難しそうだ。


そもそも、何故吟とは会話ができるのだろうか、考えてもみなかった。

しかし、彼に話が通じていると感じた時にはとてもびっくりしたが、なんだかごく普通に接してくるので深く考えてはいなかった。





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