第6話 2本目の新しい楽器



毎朝の日課の朝練は、自由参加だった。

部活で夜遅くまで練習しているからみんな朝はゆっくりしていたい。

演奏会前に少し朝練があったりするけれど、基本的には朝練は自由だった。


私は朝が1番自分のペースで練習しやすくてお気に入りだった。

朝は校舎の広い廊下も使い放題で、よく響いて楽しい。


何より楽器がよく鳴って楽しい。

新しいマウスピースも調子がいい。

今までの楽器の鳴り方が嘘みたいに感じるくらい、吹きやすいし調子が良い。


それから、渡辺先生に教わったフラッター。難しいしまだ全然できないけど、喉が開くような、口に空間ができるような感覚があって、沢山息をが入りそうな感じがして、前よりずっと上手くなったような気持ちになった。


みんなYAMAHA(ヤマハ)だけど、不満は無かった。

まさかこんなに吹きやすいなんて思いもしなかった。BACH(バック)は抵抗がある、なんて迷信だ。


朝練では必ず最高音まで出すようにして、バテるまで吹くのが私の決まりだった。

授業の間にどうせ唇が休まるからだ。


「楽器が違うだけでこんなに変わるもの?」


私はトランペットに語りかける。

返事はないけどそれでも良かった。

いつか上手くなった時には、きっと届くような気がする。



***



「貴田さん、楽器の調子はどう?」


休日の部活、渡辺先生のレッスンだった。

部活でのレッスンでは、パートでまとまって見てもらうことに加えて、時間がある時には個人レッスンをして貰っていた。


「楽器とってもいいです。前の楽器には申し訳ないけど・・・・とても吹きやすいです。」

「それならよかったよ。ブージーは随分古い楽器だったから仕方ないんだよ。楽器も使ってるうちに消耗するからね。今日はもうひとつ貴田さんに楽器を持ってきたんだよ。」

「え、もうひとつ?」

「持ち替えするでしょ?学校のフリューゲル、トリガーついてないから持って来たんだよね。もちろん学校のフリューゲルでも充分なんだけど、せっかくだから吹き比べて合う方を使おうよ。」

「はい。でも、トリガーついてるならそっちの方が・・・・私、すぐ音程高くなるので・・・」

「え?貴田さん音程そんな高くないよね?」

「チューナーだと凄く高いみたいなんです。」

「チューナーはあくまで目安だから、あまり囚われすぎないで。さ、吹いてみよう。」


先生が持ってきたフリューゲルは、銀色だった。

学校の楽器は金色が多いから、てっきりトランペットの定番は金色だと思っていた。


「これも銀色なんですね。」

「僕には銀のが合ってるなって思うから銀にしてるだけなんだけどね。」

「学校の楽器が金ばかりだから、銀色の楽器ってかっこよく見えますね。」


私がそういうと、先生はにこにことしていた。


今年の自由曲である『ハリソンの夢』は、4thトランペットが途中にトランペットからフリューゲルへと持ち替えとなっている。

フリューゲルはトランペットよりも見た目が丸くて、音色はホルンに似た柔らかな音が特徴だ。


吹いてみると、トランペットとは感覚が違った。

まず、マウスピースの形が違くて、スロート部分も細い。

持ち手もトランペットよりもベルが大きいのでピストンまで少し距離を感じた。

しかし、音は柔らかく豊かな音がでた。


「うん、いいね。やっぱり持ってきてよかったや。どう?」

「はい。吹きやすいです。」

「貴田さんはフリューゲル向いてるよ。いい音が鳴る。」


私は嬉しくなった。

これまでにコツコツと練習してきた甲斐があったと思った。

私の個人レッスンの時間には、基礎練習を見てもらうことが多かった。

そして、フリューゲルのマウスピースも先生に選んでもらい、本格的にコンクールに向けての練習を始めることとなる。


「私につとまるか心配です。」

「貴田さんは、自分が思っているよりもずっとうまく吹けてると思うよ。」

「そうですかね」

「そうだよ。大丈夫大丈夫。自信を持って。」


渡辺先生は、先輩や山田先生とは違う。

高い音が出なくても、上手く吹けなくても、楽器を鳴らすことを重点に教えてくれた。


先生がついててくれると不思議と上手くなっている気がした。


「ねえ、プロの音源って聞いたりする?」

「え?いいえ、あまり聞いたことはありません。過去のコンクールなんかは聞きますけど」

「そうなんだ。プロの音源を聞いてみるのはどう?

吹奏楽じゃなくて、オーケストラとかトランペットのコンチェルトとか、そうゆうやつ。

貴田さんは耳がいいから、いい音色や好みの音色なんかすぐ見つかりそうじゃない?」


そう言って先生はスマートフォンを開くと、動画サイトを開いた。


「トランペットが活躍するオーケストラは沢山ある。マーラーやチャイコフスキー、ブラームスとかね。

プロは現代曲なんかじゃない時は譜面通りに演奏する。同じパートを二人で吹くってあまりないと思うよ。それでもホールの端まで音は聞こえてくるんだからすごいよね。」


パッと見せてくれたのは外国のオーケストラの演奏だった。

マーラーの交響曲第5番という曲を聞かせてくれた。私はどんな曲かさっぱりわからなかったけれど、冒頭のトランペットのファンファーレがかっこいいことだけがわかった。

冒頭に一本で吹かれていたその曲は、一人で吹いているにも関わらず迫力があり、録音にも関わらず圧倒された。


「吹奏楽でもプロの演奏があるから聞いてみるといいかもよ。」

「聞いてみます」


新しい情報を再び手にして、今日のレッスンが終わった。

帰ってから親からタブレットを借りてプロの演奏を探した。



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