第5話 真鍮のお喋りⅢ
僕の起床時間は早かった。
楽器庫の他の楽器たちはまだ寝ていたけれど、僕は朝1番に起きて、訛っていた体を起こしていた。
新しい場所にきてしばらく経ち、他の楽器とも会話をする。
「燿ちゃん、今日も早かったね。」
隣のいたXeno(ゼノ)が僕に話しかけた。
「あたしなんて、一応毎朝目だけは覚ましておくけど全然呼んでくれないんだから。だからあたしはいつまでたっても本領発揮出来ないのね。」
「彼女は前から朝練してたの?」
「大体毎日してると思うよ。ブージーは凄く嬉しがってた。昔を思い出したってね。BACH(バック)はやっぱりいい音鳴るね。コアが分厚いいい音。あたしも同じように作られて、しかも吹きやすいはずなのにね。」
ゼノはなんだか苦笑いしていた。
「あたしの相棒もいい子なんだけど、トランペットの音色をもっと知って貰いたいもんだわね。先輩を追いかけるのはいいけど、もう少しマシにならないのかしら。吟君がマウスピースを選んでくれたけど全然変わらないんだもの。
あたし、体が軋んでいる気がしてならないの。高い音だって、もっとよく出るはずなのに。」
「中学生だもん。仕方ないよね。吟だって中学生の時は下手くそだったって自分で言っていたよ。」
「それにしたってあたしが寄せれないのは悔しい!」
ゼノのこぼした愚痴は、まるで自分が満足に扱われていないかのような言い草だった。
「それにしても燿ちゃん、高い音沢山吹いたら音域は広がると思わない?」
「思う。高い音のツボが掴めれば絶対いける。僕はかなり吹き込まれてる楽器だから、頑張ってコントロールをして当たりさえ掴めれば上手くいくと思うよ。」
「朝は毎回自分の出る最高音まで出すようにしてるみたい。付き合ってあげてね。」
「もちろん。」
てっきり、楽器同士仲良くないのかと思っていた。
コンクールへと出場することで、自分は選ばれたとか選ばれていないとか。
よく吹ける人に吹いてもらっている喜びなんかを感じていると勝手に思っていた。
しかし、意外とそうでも無いらしい。
「あたしらゼノは、コンクールの為に揃えたのよ。強い学校はみんな楽器を揃えるでしょ?あたしが来る前にカスタムがいたんだけど3本しかいなくてね、それでここに呼んでもらったわけよ。まあYAMAHA(ヤマハ)はクセなくて吹きやすいと思うし、よく鳴って明るいからきっと揃えたんだわ。」
はっきり言って、トランペットや金管の上手さや楽器の鳴りは、コンクールを左右するような気がする。
トランペットが上手い学校は、何となく全体的に上手く聞こえるような気がした。
「今年の3年生、1年生の時からずっとダメ金止まりだから、やっぱ今年は全国行きたいってね。
そのための切り札が2年生なわけよね。2年生の人数は3年生の倍いるんだもの、演奏の中心ははっきり言って2年生ってわけ。
だからこそハーモニーが大切で、トランペットでは燿ちゃんの音の良さを活かしたくて貴方をつれてきたわけよね。」
「じゃあ、他のパートにもキーパーソンとなる子達がいるんだね?」
「もちろんよ。Esクラリネットだって2年生だし、チューバのよく吹ける子も2年生よ。
でもトランペットはやっぱり大事よね。目立つもの。トランペットが音を外したり、間違えたらすぐ分かるもの。先生が重要視する気持ちも分からなくはないよね。」
色んな話を聞くうちに、ここの吹奏楽部はコンクールに向けて一丸となっているのだと知った。
それから先生が燿に大事なものを託そうとしていることも。
「あたし、楽器が問題じゃないと思うのよ。どんな音がいい音か、どんな音がみんなで溶け合うのかをもっと考えるべきよ。
だからこそ貴方は呼ばれたんだと思う。バックは鳴らしたら鳴らしただけ、音色を自分のものにできる。豊かな音がでる燿ちゃんなら、上手くいくわ。」
ゼノはそう言って再び眠りについた。
部活が始まるまで、僕らは眠る他ない。僕らが出来ることはせいぜい錆びないように気をつけることくらいしかないのだ。
***
もどかしい気持ちが僕はよぎっていた。
いくらコンクールの為とは言って、コンクールの曲ばかり練習しても、音域は広がるはずないのに。
「燿!もっと沢山タンギングを練習するんだよ。音の反応のいい燿なら、もっと精度が上がるはずだぞ!
それにリップスラーをやらないと口を壊すぞ!それじゃダメだ、もっともっと沢山やらないと!あれだ、楽器庫にあったろ赤い表紙のやつ!あれをやらないと!」
僕の声は、燿には届かない。
ただそれでも、燿の音はやはり僕の体にあっているような気がした。吟と音色が似ているんだ。
「燿、自信を持てよ!先輩とか気にするな!譜読みなんて後からなんとかなる。今は音作りに専念しろ!」
声は届かなくてもただ叫んだ。
最初は吟にだって声が届かなかったのだ。
でも吟が本当の本当にスランプに陥って、トランペットを辞めようとした時に、僕は語りかけることを辞めなかった。
いつの日か、自分の声が届くと信じて。
「燿は伸びる、絶対に伸びる。だから僕を鳴らせ!鳴らしきった時に僕は本領発揮できるんだ!」
鳴らせ!思いっきり一度鳴らしてみろ。
全部の音をフォルテシモで!いや、それ以上の最大の音で!
いいぞ、吟の言った通りに基礎練習を締めくくるんだ。
僕は全身が震えた。
これだ、体全部が空気と振動しているかのような感覚。
燿を見ると、顔を真っ赤にして息を大きく吐いた。
一生懸命吹きこんだのだろう。
僕は思わず笑いそうになった。
「燿、沢山吹いて唇がバテたあとは低い音でリップスラーするんだよ。
それからフラッターでもして口を弛めて少し休むんだ。
この後の曲の練習は、ゆっくりやるんだよ。この楽譜は何だか不思議な拍子過ぎて中学生がやるには難しいと思うんだ。
自分を見失ってはいけないよ。慌てちゃダメだ。無理は絶対に燿には向いてない。燿は絶対にコツコツ型だ!」
まだ声が届かなくても、僕は絶対に一人じゃ力を出せない。そう考えたら、この自由曲は案外僕達に向いているのかもしれない。
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