第4話 自由曲と持ち替え


BACH(バック)がやってきて、私はさらに練習に励むことになった。

銀色の楽器は1番管にトリガーが付いていて、支柱が2本。それにウォーターキーが1つ。


先輩が使っているYAMAHA(ヤマハ)のXeno(ゼノ)との違いは先輩方の楽器は金色で、私の楽器は銀色で、浮かないか心配だった。しかし、思い込みって怖い。


「銀色の楽器って抵抗強いんでしょ?」

「バックって吹くのきついって聞くけど」


昔からそんなふうに部活の中で言われてきたのだろう。学校にあるトランペットに、バックは1本も無かった。


『僕の楽器が、きっと君を導いてくれる』と言った渡辺先生の言葉を、私は信じたかった。

私は下手くそなわけじゃないと言ってくれたおかげで私はとても気持ちが楽になったのだ。


先生の言った通りに基礎練習をした。

先輩方はいつも通りの練習をしていた。


『沢山吹くときついしバテるかもしれないけど、バテてからどうするかを考えないとね。だってプロはバテたってなんだって吹かなくちゃいけないでしょ?

ロングトーンは毎日やってもらってもちろん構わないんだけど、全部の音が均等になっているか確認すること。それからできる限りピアニッシモで吹くこととフォルテシモで吹く練習をそれぞれすること。

ロングトーンやったらその分リップスラーをすること。』


これは、パート全員で受けたレッスンでのアドバイスだったが、パート内はロングトーンを中心に基礎練習をしていた。

リップスラーに何の意味があるのか私は分からなかったが「ロングトーンをやった分リップスラーやる」というのは何か重要な気がした。


ブージーが吹きにくい訳では無かったけれど、新しい楽器は吹きやすい気がした。

息を吹き込めば吹き込むほど、響きがあるようなきがした。

心配していた抵抗感はなく、むしろちょうど良かった。


5月の初め、ゴールデンウィークが終わって後輩達の楽器決めがやっと終わった。

今年はトランペットパートは少なくなりそうだ。


今年のコンクールの自由曲は昨日に先生から発表があったばかりだった。

正直、吹奏楽のオリジナル曲なんて知らないし、なんだってよかった。

問題は自分がどのシーティングになるかだった。


今年のコンクールの自由曲は、ピーター・グレイアムが作曲した『ハリソンの夢』と言う曲だ。


話を聞いた限りでは、グレード6の難曲であり、数年前に全国大会で演奏した団体が高校と一般に1組ずつしかいないらしい。

私としては、吹奏楽を始めてから1年しか経っていないし、決められた曲しか練習しないからその曲しか聞かない。

とにかくやるしか無かった。


しかし私にできるんだろうか、という不安が過ぎる。

昨年はコンクールに出して貰うことができたけれど、正直なぜ選ばれたのか分からなかった。

しかもコンクールにでたと言ってもほとんど吹いていない。

吹いたのはユニゾンで隠れるところや、音量が必要な所をカバーしただけだった。

まともに吹いてすらいないのに、今年は更に難しい曲だ。

ほかの同級からは音域を抜かされて、私には不安な気持ちだった。


そんな不安な気持ちのまま、先輩から楽譜が配られた。


「え!?私4番ですか!?」

「先生から直々にね。いいなあ、持ち替え。でも先生からだもの。頑張って!」


私は目を見開いた。


楽譜の左上には4th B♭Trumpet&Flugelhornと書かれていた。



***



部活が終わったあと、山田先生に私のパートについて聞きに行った。

正直、ここ最近の先生の動きについていけない。

先輩を差し置いて渡辺先生から楽器を借りたり、持ち替えのパートになったり。

確かに楽器経験者の部員は2年生に上がった時点で同族楽器への持ち替えをしていたが、私は楽器を初めてやっと2年目だ。


あ、わかった、持ち替え部分はきっと先輩が吹くんだ。と勝手に解釈したりもしていた。

パートを割り振っても、結局誰かに変わられるのは去年体験した。


「え?貴田さんのパート?」

「私なんかが持ち替えで吹いてもいいんでしょうか。」


山田先生はうーん、とちょっと考えてから口を開いた。


「私なんかっていうけど貴田さんフリューゲル似合うと思うし、上手く吹けると思うよ。

それに、3年生が持ち替える決まりなんて無いでしょう?」

「そうですけど・・・・」

「パートを決めるとき、渡辺先生に相談したら、貴田さんがいいんじゃないかって言っていたよ。」


山田先生はにこりと笑うと私の目をみた。

それから再び口を開いた。


「今だから言うけど、去年コンクールのメンバーに選んだのは、オーディションの時に音が1番よかったからなんだよ。1番響きが良くて、音の出だしが1番うまかった。コーチにカットされてしまってもったいなかったと思う。音域は練習すれば広がるから頑張ってみて。」


頑張ってみて、と言われても・・・・と言うのが正直な気持ちだった。

私はどこで道を外したのだろうか。私はコンクールのオーディションをパスして、他の人よりも一歩リードしていたつもりだったのに、私の伸びが悪くて思うようにいかない悔しさがあった。


さらにフリューゲルへの持ち替えはこれまで無い。

持ち替えは上手に吹ける子がやるものだと思っていた。


私は楽譜を読むことも苦手で、譜読みにも人より何倍も時間がかかってしまう。


頑張る他に道がないとも思いながら、私はいつまで頑張らなくちゃいけないのかわからなくなっていた。

私はコンクールに興味があるわけじゃない。ただ音楽が好きで、音楽がやりたくて吹奏楽部に入ったのに、こんなふうに音楽に勝ち負けがあるなんて思っていなかった。さらにパート内での立ち位置に劣等感すら感じている。


せっかく楽器も貸してもらえて、嬉しい気持ちも沢山あるはずなのに、気が滅入る。

引っ込み思案と気弱な性格が災いしてどんどんネガティブな気持ちになっていた。

それでも部活を辞める勇気もない私は、また明日からの練習に励むしか無かった。




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