第8話 コンクールへの気持ち


今年こそはカットされたくない。

その一心だった。

そして新たに、「フリューゲルパートを取られたくない」という思いも膨らんだ。


練習が終わったあと、1人で楽器を磨いた。

いつもは練習時間が長くてゆっくり楽器を磨く時間が取れなかったが、今日は少しゆっくり出来そうだった。

はっきりいって、金管楽器は木管楽器よりずっと雑に扱われていた。木管楽器の繊細さに比べれば少しくらい、なんて思われがちだった。


「しばらくサボってごめんね」


私は伝わらないとは思いつつも話しかけながら拭き始めた。

前に使っていたブージーは、本当に黒ずんでいて、シルバークロスがすぐに真っ黒になってしまっていたが、BACH(バック)とフリューゲルは普通のクロスでも十分に綺麗になった。


「私、少し前まで部活辞めちゃいたいなって思ってたんだ。

私だけいつまでも下手くそだし、パートも1番下だし。でも、旋律よりもハーモニーの方がずっと繊細だし、私にしか出来ないかなあって思ったんだ。

バックがきてからずっと吹きやすいし、音も太くなったかな?前よりずっと溶け込むようになった気もするんだ。」


ブージーも大好きだった。けれどそれ以上に渡辺先生が貸してくれたバックは勇気が湧いた。

上手くなっているような気持ちになれた。


「辞めなくてよかったあ。先輩より上手くなって、渡辺先生が『私に楽器貸してよかった』って思えるようにならなくちゃね。」


バックを磨いたあと、フリューゲルを手に取った。


「私、フリューゲルも大好きなっちゃった。去年は楽譜はコルネットのパートだったけどトランペットで吹いたから、去年から持ち替えしたかったなあ。」


楽器から返事はない。

でも私にはそれでも良かった。

渡辺先生が貸してくれたこの2つの楽器があるだけで勇気が湧いた。




***




1年前の夏。

コンクールに出るために行われた部内でのオーディション。

トランペットパートは1年生が多く、新入生はオーディションでコンクールに参加するか決まることになった。


私はトランペットを初めてまだ1ヶ月ちょっとで、楽譜も辛うじて読めたがお世辞にも上手くは無かった。


他に参加していた同級生は、楽器の経験者やピアノを習っていた子もいて、それだけで実力の差を感じていた。


(やだなあ、まさか自分が選ばれるなんて。)


コンクールに出てみたい気持ちはあったけれど、どう考えても実力はない。

普通の運動部なら、先輩の試合を見て学んだり、目に見えてレギュラーになる子なんてわかる。

ただ、どう考えても音楽に順列をつけるなんて難しい。ましては楽器を始めて1ヶ月のわたしなんかが他の同級生を差し置いて先輩と同じ舞台に立つなんて私には難しいに決まってる。


(レッスン怖いなあ・・・。また指揮棒飛んできたらどうしよう)


外部コーチが来る日は毎回怯えていた。

初心者の私は自分が先輩に隠れることだけを考えた。


「貴田さん、そこはカットしよう。でも吹いていないのはおかしいから、上手に吹き真似をして。」


コーチは、ハーモニーのバランスを取るために、1年生の音を減らしていった。


「佐藤さん、ここ、トランペットの4番のパートをトランスできる?」


逆に、私の同級生の楽器経験者は吹くところが増えた。

私はますます自信がなくなった。


私にもっと実力があって、私にもっと積極性があって、私にもっと勇気があったら、「練習したので吹きたいです」って言えたのかもしれない。

しかし、私は言われるがままだった。

そうするしか無かった。

私はただの人数合わせでたまたまコンクールに乗せてもらえるだけなんだと思った。


思い出すだけで、嫌な気持ちになる。

不安な気持ちが押し寄せてくる。


『なんであの子なの?』

『あの子別に上手くないじゃん』

『ここは吹かなくていいよ』

『先生に見てもらった方がよくない?私じゃもう教えられない』


そんな心無い言葉が飛び交うこともあった。


私だってもう辞めたい。

できるならもう出たくない。

でも、楽器を決めた時も、先生が私に向いてるって他の人がトランペットを希望してるのを押し切ってたし、コンクールのオーディションだって選ばれたし、逃げられない気がした。

私が逃げたら、他の人の気持ちはどうなるんだろう。


本当はトランペットをやりたい人もいたはずだし、コンクールに出たい気持ちが強い人もいたはずだ。

何もできない私ができるのは、その場から逃げないことだけだった。


でも、苦しいし辛い。

逃げたい。逃げられない。

それは、その年のコンクールが終わるまでずっと続いた。


周りからのプレッシャーも、期待に添えられないもどかしさも、コンクールが終わるまで続いた。


そして、昨年のコンクールで都大会で金賞をとった。しかし、全国大会には進めなかった。

他の人が悔し涙を流すなかで、私は思った。


これで解放される、と。


不謹慎だと思った。

悔し涙は流れなかった。

でも笑えもしなかった。


(こんなに難しい曲を吹いても、あんなに必死に練習しても全国大会にはいけないんだ・・・・)


私は更に自信を失っただけだった。



***



それから1年の月日がたち、私はコンクールに再び挑むこととなる。


毎日の朝の練習をすることだけが、他の人との差をつけるための時間だった。

夏休みになれば、朝から晩までレッスンが始まる。

はっきり言って、まともに練習ができるのは平日だけだ。朝練で沢山吹いて疲れても、授業中に唇を休ませられる。


(今のうちに基礎練は固めておいたほうがいいよね。)


私は夏休みに入るまでの間、欠かさずに朝練習に取り組んだ。







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