第9話 真鍮のお喋りⅤ
ねえ、今年の自由曲の「ハリソンの夢」の「ハリソン」って誰か知ってる?
放課後の楽器庫は、楽器たちが密かに話をしている。
トランペットの棚の近くにいたユーホニアムが話を始めた。
「ハリソンって、時計の職人さんらしいよ。今日さレッスンで聞いたんだけど。」
周りの楽器達は「へーっ」と関心をあらわにした。
「あ、だから打楽器が秒針みたいに刻んでるの?でもそれにしたってなんであんなに凄まじい連符が続くのかしら。」
「時の流れ的な感じかな。荒波に揉まれた人生みたいな。」
Xeno(ゼノ)と僕はユーホ二アムの話に関心を寄せながら、周りの楽器達と話を続けた。
「それにしてもコンクールに間に合うのかしら。あたし達が焦っても、子供達が何とかならないとどうしようもないわ。」
「てゆうかトランペットの危ないところ、この間カットされてたね。」
「そうなのよ。仕方ないわよ。まともに高い音当たる子がいないんだもの。」
「燿ちゃんはどうなの?」
「僕的はいい線いってると思うよ。ただコンクールでは無理そうだ。一朝一夕で上手くはなれないし。」
「夏休みに入ったら余計に無理かもしれないわよね。朝練が無くなるし、コンクールの曲しか練習できなくなるものね。」
「はっきりいってユーホニアムの僕らも怪しい。それにホルンもサックスも他の楽器に被せられそうだ。せっかくのソロが・・・」
「勝つためには仕方がない気持ちもわかるわ。でも子供達にはもっと音色を勉強させなくちゃ。なんのために作曲者がその場所にその楽器にしたのかわからないじゃない。」
楽器達は口々に自分の主張を話し始める。
しかし僕達が議論したところで何も変わらない。楽器を使いこなすのは子供たちだ。
僕らがボヤいたって仕方がないんだ。
***
「やあ、ご無沙汰だね。元気にしてる?」
ある日の昼間、生徒達が授業をしている間に吟が楽器庫に顔を出した。
山田先生に頼んで、僕らの様子を見に来たらしい。
「吟、僕はいい子に出会えたよ。朝練毎日頑張っているし、音が豊かでいい。伸びやかだし。
吟、他の子にはちゃんと言わないとだめだよ。高い音が出るから上手いんじゃないってさ。燿、いい音してんのに先輩に注意されて可哀想だよ。」
僕は久しぶりに会った相棒に言った。
吟はうんうん、と頷いていた。
「君が貴田さんを気に入ってくれて嬉しいよ、僕は。
いいかい、コンクールは通過点なんだよ。貴田さんに大事なのは今年のコンクールじゃない。
もちろん、今年の子たちも大事だよ。そうじゃなくて、今年があるから来年があるんだよ。」
「え?どうゆうこと?」
「今年は君は貴田さんの音作りに専念するんだ。土台さえあればいずれ伸びるからね。高い音にバテて休んでも、蓄えがあれば大丈夫だ。
今年のことは今年の3年生に頑張って貰わないとね。」
吟は僕の隣にしまわれていたゼノに声をかけた。
「ゼノは調子はどう?」
「ええ、悪くはないわよ。でもせっかくトランペットのメロディだったところ、この間の合奏のレッスンでカットされちゃったわよ。」
「え?ほんとに?」
「跳躍危ないところはカットされてるわ。」
「そうかあ、やっぱり木管贔屓目だよねえ、仕方ない。あのパッセージは僕らでも嫌だね。練習したくない。君たちも子供たちも悪いわけじゃないよ。」
吟はトランペット達を労いながら、話を聞いていた。
吟は不思議だ。何故僕らの思いが伝わるのだろう。燿も同じように伝わればいいのに。
「ねえ、今年のハリソンの夢って曲のハリソンさんって時計職人なんだよ。」
吟が話し出す。
「それ、ユーホニアムから聞いたよ。」
僕は答えた。すると、吟はにやりとしながら話を続けた。
「それがさ、普通の時計職人の話じゃないんだ。船に乗せる時計だよ。」
「船に乗せる時計?」
「そうだよ。昔はね、時計はどこにでも持って行けるわけじゃなかったんだよ。」
「僕、君がつけてるような腕につける時計とか、教室の時計しか見たことない。」
「そりゃあもう昔の話だからね。
船に載せても、狂わない、止まらない時計が必要だったんだ。」
「どうして?」
「船旅には正しい時間がわかる物が必要があったんだよ。そうじゃないと海の上で船がどこにいるかわからなかったんだよ。
そうだみんな地図って見たことある?今度のレッスンで、この話をみんなにするから見せてあげるよ。」
吟はそう話すと、自分の腕につけていた時計を見た。
「あ、そろそろ授業終わるのかな。今日は貴田さんと話がしたくてきたんだけど。」と話すと、ゼノが言った。
「ねえ、吟、今度のレッスンでハリソンの夢のフルサイズを聞かせて欲しいわ。
他の学校のコンクールのじゃなくて、演奏会とか、プロの音源を聞いてみたいの。
吟の話してくれた海の上の時計の話も踏まえて、何故この楽器をメロディにしたのかとか少し考えてみてもいいんじゃないかしら。」
僕はゼノの考えに賛成だった。
曲の理解が深まれば、きっと上達に繋がるかもしれない。
「それはいい考えかもしれないね。確かに他の学校を参考にするよりいいかもしれない。」
吟も頷く。
そして僕らに語りかけた。
「バック、貴田さんを頼んだよ。ゼノ、トランペットのみんなを頼んだよ。
今年の3年生は是非全国大会に行って貰いたいからね。
だからこそ、2年生には頑張って貰わないと。
じゃあ、また来るよ。」
そう行って吟は楽器庫を出ていった。
僕は吟を、見送った。
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