第2話 新しい楽器
(私、部活辞めたいかも。)
一人、教室で練習中に心の中で呟いた。
部活の時間、私は何を思ったのかそう言った。
中学2年生の春。
吹奏楽部2年目の私は自分の出来の悪さに苦しんでいた。
同級生はみるみるうちに上手くなって、今年のコンクールでは目立つパートを任されることになっているし、同級生で同じパートの子は先輩に負けず劣らずで張り合っている。
・・・・私は?
私はまだ音域が狭くて満足に楽譜が吹けない時だってあるくらいだ。
私は自分の持っているトランペットを見つめた。
銀色の楽器は光っていた。
トランペットは希望者が多く、私が使うことになった楽器は楽器庫に眠っていた古びたトランペットだった。
それでも私はピカピカに磨いて使うことに決めた。
(先生から聞いたけど、この楽器はイギリス生まれなんだって。みんなYAMAHA(ヤマハ)を使ってるけど、私は好きだよ。あ、でも1番管が開かないのは不便だかもしれない。また音程悪いって怒られちゃう。)
私は返事をしないブージーアンドホークスに心の中で話しかけた。
楽器のせいにしたくはないけど、私の楽器だけがボロボロなのは不満だった。
1人心地ている時間は過ぎた。
みんな部活に集まってきて、練習を始めた。
毎日基礎練を1時間やって、それからコンクールの曲のみを練習する。
部活の決まりで、コンクールに近づくとコンクールの曲、または指定されている曲しか練習が出来ないのだ。
私の所属している吹奏楽部は、都内でも強豪と言われる吹奏楽部に仲間入りしかけている、発展途上の部活だった。
2年前に15年振りに都大会に浮上したことで、その界隈からは話題になっていた。
昨年は都大会で金賞を受賞するものの、全国大会への切符を手に入れることが出来なかった。
なので今年は本気だ。特に3年生は本気で全国大会へ行く事を願っている。
一人で曲の練習をしようとしていたとき、教室に顧問の山田先生がきて、私を呼び出した。
「貴田さん、ちょっと」
着いていくと、そこには講師の渡辺吟先生が来ていた。
「え?今日はレッスンの日でしたっけ!?」
私は慌てた。
練習はしていたが、先生が来るととても緊張してしまう。
「いや、違うんだよ。今日は渡辺先生が楽器を持ってきてくれたから。貴田さんに。」
「え?私に?」
先輩方を差し置いて、私が先生から楽器を借りる?
そりゃあ私の楽器は先輩方の楽器よりずっとずっと古い楽器を使っているんだろうけれど。
「先輩じゃなくて私ですか?」
黒い皮の四角いハードケースに金の金具。
赤いステッチ。それに金色の丸いマーク。
私の憧れた楽器。
「バックを持ってきたんだよ。君のブージーもとてもいい楽器だよ。ブージーはイギリスの有名な楽器なんだけれどあまりにもこの楽器は年季が入っているし、傷みもみられる。他の人と差がありすぎるんじゃないかなって。
先輩が使ってるのはヤマハのXeno《ゼノ》で、今年学校で買ったばかりなんだってね。ほかの子もヤマハのカスタムを使ってるって聞いたんだけど、それも山田先生が赴任してから買ったって聞いてるから、貴田さんの楽器も綺麗な方がいいかなって。」
私は戸惑いを隠せなかった。
「いえ、だって先輩が卒業したら次に譲って貰うつもりでいたし。」
「同級生は綺麗な楽器を使っているのに?」
建前上、自分の楽器に不満があるとは口に出来なかった。
昨年新しい楽器がきた時は、先輩からあてがわれていった。それに私は4人いる同級生の中で1番音域が狭くて、満足に楽譜を吹き切れなかった。
だからなのか、私の立場はパートの中でも1番下だった。
曲のパートも1番下で、メロディを吹かせてもらえるなんて、ほとんど無かった。
「ヤマハで合わせてあげられないのは申し訳ないんだけど、これの方が君に合ってる気がしてこっちを持ってきたんだ。使ってくれる?」
私は嬉しくなった。
私がこんなに素敵な楽器を使っていいのかと。
「山田先生、私だけいいんですか?」
「渡辺先生が貴田さんに是非って持ってきてくれたから使わせてもらいなさい。」
心が踊るとはこのことをいうのだと私は思った。
「コンクールに向けて、必要だと思ってたんだ。大切にしてくれるよね?そのブージーのように。」
「もちろんです!!大切に使います!!」
私は楽器を受け取った。それから渡辺先生と教室に戻る。
先輩や同級生は驚いた顔をしていたが、私の楽器のボロさはみんな知っていた。
机の上に楽器のケースを開けて、中身を確認した。
「わあ、銀色だ・・・・!」
「これはわりとスタンダードなトランペットだよ。他の人はみんなゴールドだけど金が良ければコーティングかける?」
周りはみなゴールドラッカーのトランペットだったので、てっきり金色の楽器を持って来てくれたのかと思っていた。
「いえ!銀色の方が素敵です!今だって銀色ですから!」
「あ、ほんと?それならよかった。あとね、前にみんなにマウスピースも吹いてもらったでしょ?先輩には1個貸したけど貴田さんにも楽器と一緒に貸すよ。」
そう言ってケースの中からマウスピースを取り出す。
「今使ってるのはヤマハだっけ。」
「11B4です。」
「あ、そうだそうだ。ちょっと何本かもってきたからどれがいいか決めよう。」
「はい。」
「しばらくきついかもしれないけど、貴田さんに合ってるものがいい。」
ピカピカの銀色の楽器と新しいマウスピース。
楽器から不思議と「よろしく」と声がした気がした。
私も「よろしくお願いします」と心の中で言った。
楽器を届けた渡辺先生は帰って言った。
私は先生を玄関まで送って行った。
「ありがとうございました。大切に使います。」
「たまに拗ねるけど良い奴なんだ。」
先生はにこりと笑った。
それはまるで楽器と会話ができるかのような口ぶりだった。
「ブージーにお礼を言って、綺麗に洗ってからしまってあげて。貴田さんが綺麗にして使ってくれていたから、随分良くなっていたけど。」
「はい。」
「あとね、」
先生は私を見つめて言った。
「君は下手じゃないよ。なんなら音質は1番かもしれない。
僕の楽器が絶対に君を導いてくれると思うんだ。」
そうして私の肩を叩いた。
「じゃあ、また来るね」
先生を見送って、練習に戻った。
新しい楽器は、明日からにしようと決めた。
今日はブージーの吹き納め。
振り返ると、涙が出そうにさえなった。
初めての楽器決めから初めてコンクール、今日までこの楽器と部活をしてきた。
音が出ないから吹き真似しなさいと言われたことも、音程が悪いから何とかしろと言われたことも、辛い時にはいつも一緒だった。
そして初舞台も一緒だった。
私は心の中で沢山お礼を言った。
それから家に持ち帰り、楽器を洗った。
ぬるま湯につけて、ブラシで擦る。ボディには凹みもある。
頑張ったね、ありがとう。そう呟いた時、不思議と楽器から声が聞こえたきがした。
「ありがとう。またね。」
私は丁寧に洗ったあとにケースに戻した。
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