第11話 真鍮のお喋りVI
「あら、久しぶりじゃない?」
楽器庫のXeno(ゼノ)が、2本目のXenoに話しかけていた。
いつもよく話すお喋りなゼノともう1本、楽器庫にはいた。もう1本目のゼノは、よく柏さんに持ち帰られていて、よく吹かれて、よく拭かれていた。
「やあ、やっと帰ってきたよ。久しぶり。それにBACH(バック)と話したかったんだよ。僕、あんまり話はしないけど、貴田さんすごくいい音になったね。デュエットしてびっくりしたんだ。」
柏さんに似て彼は中々喋らないらしいが、今日はお喋りだった。
「あなたがそんなに喋るなんて珍しいわね。」
「いやあ、僕は驚いたんだよ。だって柏さんだってすごく大人しいのに沢山喋っていたし、柏さん、帰ってからもずっと貴田さんの話をするんだ。
こりゃあよっぽどバックが貴田さんを気に入ってるし、貴田さんもバックが気に入っているんだと思ってさ、僕も負けられないなあ。」
興奮するようにもう柏さんのゼノは喋っていた。
「柏さんもすごく上手いよね。僕、実は間近で音を聞いたのはこの前の二重奏が初めてだったんだ。」
僕は話した。
まさかあの先輩があそこまで吹けるとは思っていなかった。なぜなら他のトランペットパートの人よりも、あまり主張は無かったからだ。
いつもパートでまとまって音を聞く分にはあまり気にしていなかった。
「まあ柏さんがレッスンに行くようになったのは、去年の冬くらいからなんだ。
柏さん、金管アンサンブルのメンバーから外されてただろ。よっぽど悔しかったんだろうな。レッスンに通うようになったし、柏さん家には元から防音室があるから、家で練習してるんだ。コソ練ってやつだな。」
よくよく話を聞いてみると、柏さんの家は母親がピアノの先生で、家にはグランドピアノが1台、防音室の中にあるらしい。
「金管アンサンブルもやるんだね。」
「そうだよ。夏は大編成コンクール、冬は小編成のアンサンブルコンテストがあるんだ。
去年は金管8重奏と打楽器が出場したんだけど、柏さんはメンバーに入れなかったんだ。」
「どうして?」
「年功序列ってやつだよ。柏さんの上の代の先輩は、高校受験を私立の単願ではやく終わって、しかも部活の推薦だからコンテストに出た方が良かったんだ。」
部活が盛んだと、高校受験にも左右する。よくある話だ。
特に私立の学校では部活を盛んに行うので、都大会に出た学校や部活動が盛んな中学校の生徒を引き入れたいのだ。吟の教え子の中にはそういった生徒が何人かいた。
「ほんとやんなっちゃうわよね。そんな話。でも、貴方は今年に来たばかりなのにそんなこと知っていたのね。」
「柏さんに聞いたんだ。それに、カスタムからも話は聞いていた。」
ゼノの隣に並んでいたカスタムは特に喋らなかったが、去年はずっと柏さんに使われていた。
「僕はバックが来てくれて本当に嬉しいよ。吹奏楽の盛んな学校は、みんな楽器のメーカーを揃えるんだろ?
でもさ、プロの演奏で楽器が揃ってるとは思えないんだけど。そこに関しては君の方が詳しいんじゃないかな。
吟とずっと一緒にいたんでしょ?」
「ああ、僕と同じバックが多いように感じはするけど、色んなトランペットに会ったよ。
ヤマハにもシルキーにもストンビにも会った。吟の家にはアルティザンもいる。
でもアンサンブルは楽しかったな。色んなトランペットがいたけど、みんな上手いこといってた。」
僕が話すと、それだ、とばかりに柏さんのゼノが言った。
「楽器を揃えるよりも大切なことがあるんだ。だから君が呼ばれた。
貴田さんには凄く君が似合っているよ。
それに、柏さんだから貴田さんと一緒に練習できたんだ。
だって貴田さんは何だか他の子に比べて劣等感を抱いていたでしょ?柏さんだって同じように思っていた時期があったから気持ちがわかるのかもしれない。」
僕は吟の話していたことを思い出した。
吟も僕に出会う前に学生時代に同じく楽器庫にしまわれていた楽器を使っていた。
それから先輩に理不尽なことも言われた。そう聞いていた。
同じような思いをしていた人達が集まって、自分と同じようにならないようになんとかしようともがいていたのだ。
「ねえ、この前吟が楽器庫に来た時にハリソンの夢は時計職人の話だっていってたわよね。」
いつものおしゃべりなゼノが話し出した。
「時計って歯車が噛み合うから動くんでしょう?色んな歯車が役目を持って上手く噛み合うから動くんでしょう?
私たちも一緒じゃないかしら。上手くいけばちゃんと動くのよ!」
ゼノがそう言うと黙っていた周りの楽器たちも少し反応していた。
「トランペットが上手くいけば、他の楽器も上手くいくはずだわ。」
「ああ、僕もそう思う。トランペットは目立つからね。トランペットが上手くいけば、他のパートも上手く聞こえるはずさ。」
柏さんのゼノが言った。
トランペットは音がよく目立つ。金管楽器の花形とも呼ばれたり、金管楽器の王様と言われたり、とにかく音が他の楽器よりもよく聞こえる。
つまり、音を出すのを失敗したり、出したい音を外したり、音色が潰れていたりすると悪い意味で凄く目立ってしまう。
だからこそトランペットはとても大切な役割を持つ楽器なのだ。
「今年こそ、コンクールが上手くいくといいわね」
「ああ。さっきも言ったけど、僕はバックが来てくれて本当に嬉しいんだ。
これまでに固まった部活の伝統を変えて、もっともっと視野の広い音楽ができたら、みんな卒業してもずっと音楽が好きでいられるよ、きっと。」
それから、柏さんのゼノは眠りについた。
部活の時間まで、少し時間があったので休むのだろう。
僕は考えいた。
ハリソンの夢の「夢」とは一体なんだろう。
時計職人のハリソンが、眠っている間に見た夢なのか、それとも何かの目標や理想を描いた夢なのだろうか。
吟は船の上でも狂わない時計が必要だったと言っていた。船の居場所を知るために。
僕らはこれからハリソンの夢の意図を探しながら、曲を吹けば、もしかしたら何かを掴み取る事が出来るのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます