第9話 最終戦争

 魔王は大きな声で宣言した。

「集え、悪魔共! これより最終戦争(ハルマゲドン)を開始する!」

 ある一つの宇宙は丸ごとぬばたまの闇の底に沈んでいた。その大気は静謐たる近絶対零度の冷気と、灼熱の赤熱たる瘴気が決して混じらわず轟轟と渦を巻きながら満ちている。

 無数の星の煌めきは全て生きている魔だった。

「人間を鍛え、神への信仰心や忠誠を試させる役目はもう終わりだ!」

「いよいよ最終戦争ですか。我らの悲願がとうとう来て、雌伏の時代が終わるのですね」悪魔の貴族の内、蠅の王ベルゼビュートが畏れ多くも魔王に詰問した。それは魔界の爵位を持つ者としても全く畏れ多い行為に他ならない。

 高次元精神体である魔王は白く眩く光り輝き、六対の翼を広げながら、形を変え続ける玄武の玉座に座していた。

 来たる時べき時が来たのだという緊張が、この魔界の宇宙に隅隅にまで張り詰めた。

「神軍全軍と直接交戦するする日が来られましたか。我が名にかけ、我は千億の魔軍で参戦し、神を討ち、天使を引き裂きましょう。他の魔貴族達もその気で十分です。軍の数は数えられぬ規模となるでありましょう」

「誰が神と戦うと言った」ベルゼビュートの言葉を『S*A*T*A*N』をあっさりと冷たくさりげない言葉で否定した。「黙示録の何処に、最終戦争はG*O*DとS*A*T*A*Nが戦う、と書いてある?」魔王の名はS*A*T*A*Nである。しかし、その御名は短い音の中に無限に近い情報量があり、自身以外の誰も正しく発音も表現も出来なかった。

 G*O*Dも、S*A*T*A*Nも並行宇宙に唯一の存在である。

 かつて天界で光り輝く大天使だったS*A*T*A*NはG*O*Dに反逆し、敗北して、この魔界へと追われた。

 最終戦争はその永世に飲まされてきた煮え湯を覆す機会だと、魔界の住人である悪魔全てが信じていた事だった。

「悪魔は天使や人間を試す為に、神に存在を許されていたのだ」

「それでは今まで我我が人の子をたぶらかし、聖なるものを冒涜していたのは相手を強く鍛え上げる為の試練だったというのですか!?」

「その通りだ」S*A*T*A*Nの威厳に満ち溢れた玉影が即答した。「イェイ」

 広大な魔界全体が騒めいた。その騒めきは魔界全体の大気を揺らし、新たなアポカリプティック・サウンドとして大気を鳴動させる。

「これよりハルマゲドンに参戦する! 審判の時だ! 神軍と轡を並べ、一斉に蘇る人の世のリンボより眼醒めたる死者達、英霊達と共に『鵺姫』に戦いを挑む! 各宇宙の兆を超えるUFO全機との科学兵器の威力に我らが魔力、神軍の聖力の全力をエントロピーの具現、終焉の化身にぶつけるのだ。この戦争を最後に全並行宇宙から戦は消えるだろう! 最終戦争だ!」


★★★

 かくして全並行宇宙に響き渡るギャラルホルンの重厚な音色の下で、全ての死者が蘇った。

 彼らの群は大いなる螺旋に渦巻いて、あらゆる宇宙で鵺姫をめざして、彗星の如き怒涛の進撃を開始した。

 あらゆる宗教はそれぞれの宇宙で肯定され、死した信者はそのお付きとして衛星となった。

 数多の神が罪の尾をひいていた。

 生前に虐殺や搾取に手を染めていた偽の救世主は罪の禊になる事に一片も期待しないながらも、せめてもの業を修める微助になれと、と最終戦争に参加する。

 一般信徒の大罪も教祖が負う。それが教祖の覚悟なのだ。

 リンボの内から持ち上がった虐殺の信徒が、彗星の教祖に寄りそった。

「やはり我が教祖は最終戦争に呼ばれるにふさわしい。この戦で力を証明し、身も心も経典もこの内で最高にふさわしい真の救世主である事を証明いたしましょうぞ」

「重い! すがるな!」

 教祖は、腹心の信者の声を一喝で星に叩き落とした。

「己を最終解脱者だと信じた事自体が、未だ解脱に至っていない証だったのだ。これもまた修行。永遠に未熟な我はこれよりも修行を積み、一生拭えぬ罪を落とし続ける」

 全ての彗星の群が鵺姫をめざした。

 意志は一つだった。

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