あの日、僕が見たUFOは

田中ざくれろ

第1話 あの日、僕が見たUFOは

 魔王は大きな声で宣言した。

「集え、悪魔ども! これより最終戦争(ハルマゲドン)を開始する!」


★★★

 朱と骨。

 十歳の嗚呼琉(あある)は、ヴァーミリオンに塗り潰された光景の中で、白墨の様な指をまっすぐのばし、金色に光る空飛ぶ円盤を指さしていた。

 嗚呼琉の子供時代にはUFOや宇宙人というものがブームになっていた。

 学校で、家で、子供向けのUFO関係の書籍を同じ興味を持った友達と読みまくった。

 いや、本当の事を言えば、学校で友達と一緒にそれらを読んでいたというのは記憶にない。

 嗚呼琉は先天性色素欠乏症だった。

 いわゆる白子(アルビノ)だ。

 野球帽とパーカーのフードを深くかぶった、ガリガリに痩せ細った肢体。生気のない、白蝋の様な白い肌と茶色の髪、紫の瞳を持って生まれた。

 生まれつき身体が弱く、二十歳までは生きられないだろうと家族は医者に言われていた。

 学校は休んでいる事の方が遥かに多い。

 子供の頃の記憶は家か、もしくは病院だった。

 母親と一緒に買い物に出かけた、などという体験は奇異で、だからこそその夕方はいっそう、記憶に強く残っている。

 駅前の交差点は車線が多い道路や横断歩道が入り組んでいて、一旦、赤信号に捕まると長い時間、待たされる事になる。

 大勢の人が待つ、長く広い横断歩道の前で嗚呼琉は母親と一緒に信号が青に変わる長い時間を待っていた。

 濃い夕焼けが美しい。

 自分も大勢の待ち人の一人として、肌の色も髪の色も皆と一緒にヴァーミリオンに塗り潰されてしまう、この時間を、嗚呼琉は好きになっていた。

 だが正面のその黄金の雲の中のそれに気づいたのは、嗚呼琉だけだったらしい。

 駅前の交差点は奥の景色にJRの駅ビルがあり、交差点をまたぐ私鉄の高架がある。

 駅ビルを視角に収めると、左隅の空に赤く燃える陽を写しながら金色に輝く、横に細長い光を見つけた。大きさはよく解らない。遠い、だろう。初めて見る物だから大きさや距離に自信はない。

 嗚呼琉はそれをUFOだと直感した。

 すぐに読み貯めて記憶にコピーしているUFO知識をフル動員し、見間違えかどうかを検証し始めた。

 風船か鳥か飛行機等の既知の飛行物体の見間違えではないか?

 NO。形がまるで違う。その位置に静止している

 光を反射している雲ではないのか?

 NO。人工的な形体をしている。陽の射す方向が違う。

 それからも己のUFO知識を駆使して自問自答を続け、十歳の少年は一分ほどでそれが未確認飛行物体以外の何物でもないという結論に達した。

 それを骨ばった白い指をのばして指さしたが、交差点の大勢の待ち人は自分以外、その存在に気づいてない様だ。隣にいる母もだ。

 ここで「UFOだ」と声に出していたらどうなっていただろうと今も嗚呼琉は思うが、自分の肢体の奇異さをわざわざ群衆の注目に晒す気持ちにはならなかった。

 あのUFOは自分が他人の視線に晒した瞬間に消えてしまうのでは、という軽い恐れもあった。

 UFOはやがて音もなく動き出した。

 滑らかに動くそれは航空機には不可能に思える軌跡で飛び、左右へと往復した後に上方へ移動した。するとそこには大きな雲があり、ヴァーミリオンのその中に溶け込む様に消える。と、すぐに反対側の端から姿を現した。

 そして、また雲に隠れ、今度こそそこから出なくなった。

 消えた。

 去った、という事なのだろう。

 UFOを発見してからそこまでは三分もかからなかったはずだ。

 交差点の歩行者側の信号が青く点き、群衆は一斉に動き出した。ヴァーミリオンの影の様に。

 嗚呼琉も野球帽を深くかぶって、道路を渡った。

 その夜、嗚呼琉は高熱を出した。

 UFO目撃は自分唯一人だけのメモリーとして嗚呼琉は胸に抱いて生きてきた。

 今は十五歳。

 死ぬと言われた年は迫るが、それを迎える前に今にも死ぬんじゃないかという健康の不安を抱いて生きている。

 そして。

 今年、嗚呼琉は異なる四つのUFOに出会う事になる。

 今は正体も名前も知らない、黒い未確認飛行物体。

 そして地球製のUFO〈GRITS〉。

 未来からのUFO〈ウーキー・ニーキー〉。

 高次元精神体〈(その名前を発音出来ない)〉。

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