第8話 ウーキー・ニーキー

 既に前回の退行催眠実験から実時間で一週間が過ぎていた。

 しかし、嗚呼琉には今回の夢が前回の夢時間と比べて、何秒が、何日が過ぎたのか解らなくなっていた。

 それほどまでに夢の区切りの時間とは、嗚呼琉にとって離散的だった。

 いずれにせよ、今は現実の五年前のはずだ。

 阿部の退行催眠によって、久しぶりに訪れた世界はきらびやかな光の中だった。

 生肉を踏む様なふわんふわんとした足元。

 機械的ではない。むしろ生体的な光景だ。

 確信している。これはあのウーキー・ニーキーの内部だと。

 慈海が言っていた通り、ウーキー・ニーキーは生き物だった。

 ここは聖堂の内部にさえ思わせる広大な空間だった。壁と天井と床は曲線で入り混じって、全体的に不思議な光を放っている。あまりに周囲が輝きを放っているので影というものがこの場には存在しなかった。

 床の中央にGRITSが鎮座し、空間はなお広い。

 この光の場に嗚呼琉と慈海が立っていた。

 何故かサブロウはいない。

 ウーキー・ニーキー内部の光はあたかも生物である事を誇示するかの様に脈動している。

 この聖堂ではGRITSの周囲に十何人もの人型生物がうごめいて、各自の作業に働いていた。

 人型生物は二種類いて、いずれも子供の様に小さく、裸だった。それらは嗚呼琉には見覚えがある者だった。慈海にもそうに違いない。

 一種は『リトルグレイ』として知られている、異星人とされる生き物によく似ていた。あの穴からこぼれてきた怪物もそれに似ていたが、こちらの方が真に近い。

 灰色の禿げ頭にアーモンド形の黒く大きな眼。なで肩の子供の様な体形が六人ほどこのウーキー・ニーキー内の光の壁に向かい、何かを注視、操作している。

「イー……ティー……?」

 慈海はもう一種類の生き物に対してそう呼んだ。

 もう一種類は微妙に人型をしていなかった。猿を思わせる無毛のずんどうからのびた長細い首に眼の大きな扁平な頭部が乗っている。

 若き日のスティーブン・スピルバーグ監督が撮った映画の異星人によく似ていた。あの映画では異星人は妖精のメタファーだったが、その雰囲気そのものだった。

 その三人いる、一人が嗚呼琉の方に近づいてきた。正直なところ、非人間に近寄られるのは怖さがあったが、のぱした右手の先の長い人差し指が近づいてきた時、怖さに勝る神秘性を感じた。

 指先が光る。その手は嗚呼琉の脇腹の傷を着ている灰色のパーカーの上から神秘的な光で照らした。

 数秒、その光が嗚呼琉の脇腹を照らしていた後、スッと手が引かれた。

 嗚呼琉は自分の脇腹から傷跡の引きつった様な違和感がなくなったのにすぐ気づいた。

 服をまくりあげて裸の肌をこの宇宙船内の妖しい光にさらす。

 MIBによる凍傷が作った傷跡は跡形もなく消えていた。勿論、現実の世界で施した治療痕もだ。

「その生体ロボットは主に治療用だ」

 その声は獣の歯噛みの様な音に重なって、嗚呼琉と慈海に届いた。

 ウーキー・ニーキーの光る壁だった一部がまるで声帯が開く様に大口を開き、そこから複数の『人間』達が入ってきた。

 ある意味、彼らこそが最も人型から外れていた。

 二メートルほどの身長のシルエットは皆人型だが、機能的な白系統の宇宙服の如きスーツに覆われていない頭や腕は、緑や茶色の金属光沢のグラディエーションに覆われていた。そのグラディエーションは細かな鱗だ。頭部には薄茶や桃色など暖色系のまばらな羽毛が生えていた。

 決定的なのは彼らの顔は、立体視出来る位置に眼があるものの大まかな造りは爬虫類だった事だ。

 尾はないが彼らは遜色のないバランス感覚でしっかり立っている。

「レプティリアン……」

 嗚呼琉は自分のUFO知識にあった『爬虫類型異星人』をそう呼んだ。

「レプティリアンか。確かに地球人は私達の事をそう呼んでいるみたいだが」

 歯噛みの様な喋り声は胸元にある同時翻訳機らしい装置が振動して地球語として発音される。日本語だ。

 一番、頭上の羽毛の長い者がリーダーの様だ。もしかしたら格を示すウィッグなのかもしれない。

 嗚呼琉と慈海は警戒していた。

 あのMIBという得体のしれないものを除けば、初めて会う異星人だ。

 このファースト・コンタクトには緊張があった。嗚呼琉の弱い心臓がバクバクと激しく脈打っている。

 嗚呼琉は薬の吸入器を探した。だがそれは持っていなかった。

 すると、さっき嗚呼琉の傷跡を消した生体ロボットがまた近づいてきて、嗚呼琉の服の上から心臓の辺りへと光る指先をのばした。それだけで白子の弱い心臓は落ち着きを取り戻した。

 先ほど治療用だと説明された生体ロボットがまた機能を発揮したのか。生体ロボット?

「俺は『チアニ・ソンニ』。恒星『ハクネシュ』第三惑星ラビから来た。アベクの母の三番目の子にして、チアニ・ウバの連れ合い。このウーキー・ニーキーの最高責任者だ」

 自分の胸を茶色の指で指して、一番、羽毛の長い男が自己紹介する。

「君が嗚呼琉君。そして慈海君だな。丁度、君達が俺に会う百人目と百一人目の恒星『ソル』第三惑星地球人だ」

「……過去に地球人と接触していたというのか」嗚呼琉は感動ではない、少少の不信でそのチアニを見つめた。それでいて、このUFOの責任者らしいレプティリアンに失礼がないように気をつける。「この地球の文明に干渉してきたと言うのか。やはり国家の裏には宇宙人の陰謀が……」

「地球におけるUFOの目撃例は九割以上が見間違いか捏造だ。宇宙人の目撃譚、国家に協力している宇宙人の情報はほぼ百%がガセだ。少なくとも世間のビリーバーが信じているものはな」チアニの表情は読みにくい。「俺達は出来る限り、地球の文明には接触しないようにしている。まあ、それでも俺達の身内の内、考えなしにお前達に干渉しようとする不埒者がいるがな。そいつらは犯罪者認定されている」

「UFOや宇宙人は本当にいたんだな」

「ああ。お前達が地球人であり、地球製のUFOを作った様にな」

 嗚呼琉と慈海を顔を見合い、そして子供の頃を思い出した。「あの日、僕達が見たUFOはお前達の物だったのか」

「? 意味が解らない」

「いや。今のは忘れてくれ。出来る限り、接触しないと言っていたが僕達が百人目という事は、やはり過去に接触はあったという事か。いつからだ。地球の古代文明には干渉したのか」

「基本的にお前達の文明はお前達の技術と知恵知識の産物だ。文明への干渉はほぼない。俺達の接触は人道的に救済の必要があった時に個個人に行われる。今回、お前達を助けた様に。日本人に干渉したのはお前が初めてだ。だからお前達のUFOから言語データを収集させてもらった」

「何故、干渉出来る力がありそうなのに干渉しない」

「『銀河連盟』の基本法だ。発展途上文明には彼らが自力で恒星関飛行が出来るレベルになる前には国家レベルの干渉はしない。信仰、道徳、哲学の発達も鑑みてな。発展途上文明には基本的に接触禁止だ。禁止されている未来知識を使ってこの地球の神になろうとする犯罪者もいるが、そいつらを捕らえるのも俺達の任務だ」

「銀河連盟?」

「ああ。現在、三百七十二の国家が参加している」

「皆、レプティリアンなのか}

「いや。だがほとんどが俺やお前達の様な二腕二足歩行だな」

「知能の進化には方向性があるのか」

「原理は解らん。だが収斂進化はある様だ。俺達はお前達の星の恐竜が滅ばずに進化していたケースだよ。俺達の惑星はお前達の地球よりも早く生まれ、生命体が進化した。そしてお前達の星では恐竜と呼ばれている種類が滅ばずに、無事に文明が恒星間飛行が出来るまでに発達した。歴史はお前達よりも遥かに過去であり、文明レベルは遥かに未来だ。俺達の文明は生体を改造する方向性で進化した文明だ。その産物がこの生きたUFO、ウーキー・ニーキーであり、この生体ロボット達だ」

「DNAをいじるのか」

「ああ。その過程でお前達にはまだ気づかれずにいる真相にも気づいている。四重螺旋だ」

 その言葉に嗚呼琉の脳は鮮烈に反応した。「四重螺旋。……それは何だ」

「遺伝子の立体映像を投影しろ」チアニは天井に向けて歯噛みの大声を出した。生きているUFO、ウーキー・ニーキーに直接命令したのだ。「真キルリアン場の影響映像も重ねてだ」

 動作の為に光る床や壁が脈動した。

 そして、五メートルほどの距離を置いて立っているチアニと嗚呼琉達の間の空間に、DNAと思しき螺旋の立体映像が浮かび上がった。

 DNAの直接映像だ。

 しかしそれは二重螺旋構造ではない。

 二重に噛み合うデオキシリボ核酸の螺旋構造より更に密に、もう一組の二重螺旋構造が噛み合っていた。隙間を埋める様に噛み合うもう一つのゴールドの二重螺旋が、四種類の塩基がつながる配列の空いている所に同じ様に絡んでいる。

 四重螺旋。

 これが。

「これは……オーラだわ」

 慈海が投影映像を見ながら呟いた。黄金のもう一つのDNA。真キルリアン場。彼女にはオーラというものはこういう風に見えているのか。

「……どういう事なんだ。DNAは二重螺旋ではなく、さらに二つの螺旋が隙間を埋める様に絡み合っているというのか。これは特別なDNAなのか」嗚呼琉は四つの螺旋から眼が離せない。

「これ自体は普通のDNAだ」チアニも投影映像を見つめている。「ただし、普通は二重螺旋一つしか見えん、撮影出来ん。『ゴーストDNA』が見えるのはウーキー・ニーキーが生体UFOだからだ」

「このUFOは真キルリアン場が見える『超能力者』だというのか」

「そうだ、と言って誤解はないだろう。ウーキー・ニーキーはお前達から何十世代も発達したUFO、生物だ。船殻は時間凍結装甲、機動は荷電粒子噴流、無段階加速だが、根本的な活動力は超能力による量子効果。お前達のUFOと同じ原理だ」

「ウーキー・ニーキー自身の超能力がこの船を飛ばしているというのか」

「ああ、そうだ」

「……四重螺旋のDNAの何に意味があるんだ。敵の黒い『穴』は何故、それを駆逐しようとしている。そして、それは僕達にもあるのか」

「四重螺旋の光る二重構造には質量がない。お前達にしてみれば虚像の様な存在だ。ゴーストDNAは真キルリアン場を見られる生物にしか見えない。しかし、それはお前達個人が体験した後天的な情報を含んでいる。そして、超能力の生得情報もな。嗚呼琉君と慈海君は特にそれが活性化している」

「……これが僕達の超能力の拠り所だと言うのか」

「ああ、そうだ。普段は意識されない。しかし超能力を人間達は無意識に使っているのだ。お前達はそれが顕著に意識的に使用出来る先祖返りだ」そのチアニの言葉はトレロ・カモミロの話していたのとと同じ内容を語った。「地球人は意識的に使う能力が衰退している、いや隠されている。それは進化の効率性の為でもあるが、一番の理由はそれはあの黒い穴に注目されるのを防ぐ為だ」

「どういう意味だ」

「黒い穴は恐れているのだ。破滅の化身である自分に対抗する勢力が現れるのを。銀河連盟はそれに眼醒めた人類によって統合されている。いわば黒い穴に対抗する唯一の勢力なのだ」

「量子効果か。超能力は全ての電磁波さえ吸収する黒い穴に干渉する唯一のパワーなんだな」

「そういう事だ。飲み込みが早くて助かる。俺達が未開文明に干渉しない意味もそこにある。即席栽培の文明では超能力の意味を正しく理解しないで暴走した挙句、暴力的なそれの使用によって破滅する。銀河連盟は残念ながら、そういう失敗のケースを幾つか重ねてきた。超能力の健全な発達には、文明の自発的健全な発達が不可欠なんだ。進化ではなく進歩だ」

「超能力機GRITSの完成を君達は待っていたんだな。そして、それを恐れた黒い穴は干渉してきた」

 そう言ったのは、突然、四重螺旋DNAの傍らに出現したトレロ・カモミロの立体映像だった。

「お前達のUFOの思考機関のエミュレーションを、ウーキー・ニーキーで実行した」

 チアニの翻訳機はそう言葉を放った。ポップスターのAIをここで再現したらしい。これで白い帽子と白スーツで固めた、彼の全身像もこの会談に加わった。既に四重螺旋の正体に気がついていた、黒人が。

「光速が到達するより遠く離れて干渉する超能力は予知であり、遠隔作用だ」トレロ・カモミロは真面目な顔をしていた。「黒い穴はそれを恐れている。何なのだ、その黒い穴というのは」

「鵺姫だ」チアニはそう語った。ヌエヒメというのは固有名詞なのか。翻訳がそれを選ぶような凡的な言葉とは思えないが。「鵺姫は全平行世界に同時に存在する、故に唯一の存在だ。無限に存在する宇宙のただ一穴。離散的な、デジタルな無限ではない。連続的な、アナログな無限の」

「……神か」

 トレロ・カモミロは言葉を選んでいるといった慎重さでその単語を口にした。

「宗教といったものはどの文明も通過する思想だ。その意味で言うなら、鵺姫はそうだ。女神。人格化されたエントロピー。破壊神だ」チアニの傍に黒い穴が立体映像として出現した。「本当は立体映像としても投影するのは避けたいのだが。あいつが干渉してくるアイコンになりえるからな。まあ、時間凍結装甲まであいつの影響は貫通出来ないだろうが。

「全世界をエントロピーの彼方へ突き飛ばそうとする破壊神……。どうやら全宇宙の共通の敵の様だね」

「ああ、共存はない。銀河連盟の総戦力は今や鵺姫に対抗する為にある。鵺姫は今にも宇宙を滅ぼそうとしているのだ。全並行宇宙をな」」

「そうか。四重螺旋」嗚呼琉はレプティリアンとAIの会話の中で気づいた。「鵺姫というのは真インフルエンサーである僕が量子効果を操る超能力者である事に脅威を覚えているんだ。何故ならば、僕の『気づき』が地球にいる未覚醒の超能力者の発達に広がっていく可能性があるから。だから僕達に接触、四重螺旋の意味に気づく前に僕達を殺そうとした」

「そう。二人の真インフルエンサーの新しい段階への覚醒を封じようとMIBを送った」

「二人?」チアニの言葉は嗚呼琉の疑問となった。「僕以外に真インフルエンサーがここにいるのか」

 嗚呼琉はまずトレロ・カモミロを疑った。

 だがチアニが告げたのは意外な名前だった。

「慈海」レプティリアン達は一斉に嗚呼琉の恋人に向き直った。「お前だ」

 彼女は当然とも驚いているとも知れない微妙な表情をした。冷静な彼女のそれは達観に等しいかもしれない。

「人類は皆、四重螺旋のDNAを持っている」とチアニ。「しかし超能力を覚醒させているのはほんのひとつまみだ。君達には生来の負の体質が影響しているかもしれない」

「私の負の体質」慈海は本当にまるで驚いていない態度で言葉を返した。「超能力と、その負の体質が一体となっている事に意味があるの」

「ウーキー・ニーキー、彼女の身体情報を投影してくれ」

 チアニがそう言うとまた新たな立体映像が皆の見ている空間に投影された。

 それはCTスキャンで撮ったかの様な少女の平面的でカラフルなシルエットだった。スリムなそれは慈海の等身大の映像だと嗚呼琉には解った。トレロ・カモミロもすぐ理解した様子を見せる。

「両性具有」チアニが言うと矢印に似たシンボルがその少女の透過映像の下腹部に示された。「慈海の中に男性器がある。と、言っても精巣の片方が一つきりだが」

 シンボルは腰部にある精巣の痕跡と思しき小さな内臓を示していた。

 慈海には男性的な肉体部分があるのだ。

 嗚呼琉は驚いた。しかし、その驚きもわずかなものだ。それは嗚呼琉が彼女に向ける恋慕の何も邪魔しない。

「不具である事には重大な意味があるのだ」チアニは淡淡と新事実を言葉にする。「真インフルエンサーで負の体質を持っているという組み合わせには意味がある。だが、それは敢えて言わない」

 恐らく、それが慈海が病院に通い続けなければならなかった真相なのだろうが、嗚呼琉は気にしない。それは負の連帯や、傷の舐めあいではない。ただ同士感だけがあった。

 アルビノである自分と同じく彼女には『瑕(きず)』があるのだ。

「彼女の精巣は癌に冒されている」トレロ・カモミロの立体映像が顎に手を当てながら覗き診る。「だが、それも治せるのだろう。レプティリアン」

「完全にではないがな」チアニに促されて、治療用の生体ロボットが慈海に近づき、光る指を服の上から腰に当てた。

 すると、リアルタイムで情報をリンクしていたのか、投影映像の精巣の色が変わっていく。それは治療されたという事なのだろう。ある程度。

「致死状態は解除された。しかし、彼女への悪影響は残るだろう。彼女がこの先も生きる限り」

「自分の行動や思考が周囲に確実に影響していくという力を、お前は恐怖と感じるか、快楽と感じるか」トレロ・カモミロは慈海に言葉を投げた。それは共に真インフルエンサーでもある嗚呼琉にも投げかけられた言葉だった。

「私自身の一挙一投足が宇宙全てに影響するというのなら」慈海は表情を変えない。いや、わずかに微笑がある。「私はそれを宇宙を幸福に変える為に使いたいわ」

「僕も」と嗚呼琉。「慈海と同じにこの宇宙を鵺姫からの滅びを免れる為に力を使いたい」

「大丈夫。あなたなら大丈夫よ、嗚呼琉。私にはあなたの未来が確信をもって解るの」

「なんか因果順序がおかしいな。お前、予知者の資質があるんじゃないか」慈海の言葉にチアニが感想を漏らす。「だが、その答を待っていた。ウーキー・ニーキー、外殻の透明化。ここに周囲の宇宙の全面投影映像をくれ」

 チアニが言葉を出した瞬間にいきなり、周囲から光が消えた。光を放っていたウーキー・ニーキーの肉体は全て一瞬で消失し、気の遠くなる様な宇宙が広がった。

 星が散らばる広大な暗黒の宇宙空間で、自分や慈海、レプティリアンやポップスターの立体映像、生体ロボット達が一応『床』と思しき透明な平面座標に立つ、というシュールな芸術の様な状況になった。

 足元、眼下には青い地球が丸く存在している。雲の流れが見える。それと反対方向に白い月が小さく見える。それくらいまでには惑星と衛星に自分達は近かった。

 宇宙空間にいながらも窒息などはない。

 つまり、これはウーキー・ニーキーの中にいながら、周囲に宇宙空間をフォーカス無限遠で投影した映像空間が広がっているのだと嗚呼琉は理解した。

 慈海は一瞬だけ、嗚呼琉の服の袖をつかんだが、すぐ自分と同じ結論を悟ったらしい。表情からわずかなこわばりが消えた。

 現在、ウーキー・ニーキーは地球と月を結んだ直線の一点に位置する宇宙空間に静止しているのだ。

 怖くないか、と訊ねるトレロ・カモミロに慈海は首を振り、嗚呼琉は沈黙で答えた。

「見えるか」とチアニが視線で足元の地球を見るように促した。

 嗚呼琉と慈海は見下ろす地球に視線を移した。床は感触こそあれ、視覚的には何処までも落ちていく広大な宇宙の一方向だ。しかし、初めて見る雄大な光景ながら、白い雲流がある青い惑星に特に変わった状況には思えなかった。地球は地球。自分達の星。それだけだ。

 いや、眼下の雲の流れは静止していて動いていない。その事に嗚呼琉の観察力は気づいた。

「そうか。これはリアルタイムの映像ではなかったな」チアニは自分の迂闊を詫びる言葉を呟いた後、UFOに命令する様に大声を出した。「ウーキー・ニーキー。時間凍結装甲を解除。現在の映像を皆に見せてくれ」

 その瞬間、足下の地球に時間の流れが戻った。

 正確に言うと映像は切り替わった。

 時間が跳んだのだ。

 時間を固定していた壁は消え去り、リアルタイムの『現在』が嗚呼琉達に把握出来るようになった。

 高速のデブリが時折、通り過ぎていく宙空。

 いきなり、地球の表面に無数の小さな銀色の円形が出現した。まるで銀のスパンコールを散りばめた様だ。

 湧いて出たかの如き銀色の円は大きくなっていく。それはまだウーキー・ニーキーの位置からすればゆっくりとした拡大だったが、地表から大気圏外から抜け出ようとしているGRITSと似たUFOである事が遠目にも解った。

 何かウーキー・ニーキーのシステムを操作しているらしいリトルグレイの動きが活発になる。

「言っただろう。お前達は真インフルエンサーだって」チアニが眼下に浮き出した無数の銀色の泡を見下ろす。自分を達をめがけて上がってくる無数のGRITSを。「これがお前達の地球人達に及ぼした影響だ。シンクロニシティだよ」

「トリガー……」トレロ・カモミロが驚愕の表情のままで呟く。「嗚呼琉が発火装置となり、その炎があっという間に他の超能力者に広がったという事か」

 真インフルエンサー。自分の思考、行動が世界中の潮流が人類全体に及んでいくという影響能力がこの事態か。

 水面が揺らぎ、風の輪が広がる。

 トリガー。超能力においては、存在が世界中の未覚醒だった超能力を一気に覚醒させるきっかけとなる『最初の一人』の事をそう呼ぶ。

 ある一人の超能力者がTVで公開スプーン曲げを披露した時、それを見ていた子供達から一斉に超能力に覚醒する者が現れた。そう、以前超能力ブームを起こしたのも来日した一人のトリガーだった。

 インチキ超能力者扱いされた子供達を量産したあのブーム。

 子供の心に癒せない傷を負わせたあのブーム。

 嗚呼琉はトリガーなのだ。

 いや、恐らくは慈海も。

 世界中の超能力者達がほぼ同時に量子的効果の発動に成功した。

「しかし驚いたな」トレロ・カモミロの立体映像は足下から無数に沸き立つ、銀色の小さな泡を見下ろしながら呟く。「私達の他にもUFOを開発している組織がいたなんて……。情報はなかった。私達だけがこれだけの壮大なUFO機関ネットワークから外れていたのか」

 昇ってくるUFOは今やGRITSとほぼ同型機である事が見てとれる。

「元のネットワークなどはないさ」チアニの言葉も軽い驚きは隠せていない。「彼は皆、地球上の交流のない独立した機関が育んでいたUFO達だ。だが、今まで飛行に成功していなかった。それが今、突然に眼醒めたのさ。嗚呼琉の覚醒、GRITSの飛行に引っ張られる様に』

「米軍やロシア軍とか中国とかCIAとかKGBとかフリー・メーソンとかイルミナティとか……」

「そんな世界で大勢が知っている様な『有名な』バレバレの秘密機関じゃない。世界中の誰にも影の一端も掴ませていなかった、本当に本当の秘密組織……各国家や企業が超極秘裏に最終戦争の為に準備していた宇宙軍UFO……それらの動力であり操縦者である超能力者達が一斉に量子効果に眼醒め、今、飛び立ったのさ。……既に彼らは初めての交流をすませ『超国家連合宇宙軍』をチームしている。そこまで俺達は把握している」

「凄いな。トンデモな妄想もここまでの規模は予想していなかった」

 トレロ・カモミロであるAIの表情は純粋な驚きだった。

「どうせ妄想するならここまでの規模くらいはしてくれないとな」チアニはそう言い、銀の機体の一つに画面をズームアップさせた。「地球の超国家連合宇宙軍は、銀河連盟に速やかに組み込まれる」

「もしかしたら穴の鵺姫とやらはこれだけの戦力規模がなければ、対抗出来ない敵なのか」嗚呼琉の感想は集結しつつある地球製UFOの群を見下ろす。「いや、これだけでない。銀河連盟とやらの全力も」

「彼女は『神』だからな。神格化されたエントロピーだ。宇宙の終末。全並行宇宙の。彼女の存在理由であり、存在意義であり、存在そのものである」

「並行世界を超越して存在する唯一の物。それが神か」

「絶対座標だよ。相対的なはずの宇宙の。暗黒の穴。全ての終焉。一つの宇宙そのものだ」

「鵺姫。彼女に勝てなければ宇宙は滅ぶというの」

「並行宇宙を含めた全ての宇宙がな。無数のマルチバースは今、この瞬間も生まれたり滅したりしているが、生き残っているのは知生体が生まれた宇宙だけだ」

 慈海の質問にチアニは答えた。その言葉には皮肉を笑うかの様な調子がある。レプティリアンの笑顔は地球人にとってはゾッとする印象だった。これなら冷酷とも誤解されるか。

「俺達の宇宙だけではない。全ての並行宇宙のUFOが鵺姫を討つ為に一斉に戦いに立ち上がる。全並行宇宙で唯一の存在である鵺姫を討つ為に。超銀河のな。最終戦争だ」

「最終戦争?」

「ああ、最後の戦争だ。後はない。ヒトはやがて『戦争』と呼ぶ規模では最大の、そして最後の戦いをする事になるだろう。勿論、彼女に勝てれば、それ以降は戦争する必要のない世界が現れるだろう。最終戦争だ」

「宗教みたいね。……神を討つんだもの。宗教っぽくなるのも妥当か」

「全ての宗教は肯定される。全ての並行宇宙のどれかの正義として。全ての宗教の正義的存在と悪的存在が連合を組んで鵺姫に立ち向かう。リンボから勇者は蘇り、修羅界やバルハラから戦士が蘇り、参戦する。全ての死者が暗黒エネルギーを媒質にして再生する」

「冥界の門が開くのね。生も死も全てを越えて」

「全ての宗教が肯定されるというのか」嗚呼琉はこの事態にも不信を隠せなかった。「理不尽に一般人を大量殺戮してきた宗教も」

「全ての教祖は永遠に修行中だという事か」トレロ・カモミロがその言葉を受け取る。「カルマは一生ついて回るんだ。大量殺戮をしてきた宗教は最終戦争さえ修行なんだ。彼らは永遠に浄罪出来ない。解脱出来ない。犯してきた罪のつぐないとして戦わなければいけない。その信徒も」

「なんだかわけが解らなくなってきた」嗚呼琉は素直に心中を吐露した。

「ともかく地球製の超国家連合宇宙軍のUFO、六百六十五機」チアニは立体ディスプレイに投影されている彼らの文化圏の数字を読み上げる。「銀河連盟に戦力として加わる」

「戦いは今始まるのか」

「幼年期の終わりね」慈海は呟いた。

 何処からからだろう。

 この深遠で暗黒の宇宙空間に勇壮なホルンの音が響いてきた。幾万もの喇叭を束ねた様なそれはまるで宇宙全体を振るわせる様に雄大にその猛猛しくも美しい音色を響かせた。

 アポカリプティック・サウンド。この世の終わりに響くという管楽器の演奏を嗚呼琉は連想した。

「ギャラルホルンだ」AI像、トレロ・カモミロが感慨深げな言葉を口にした。北欧神話で神神の戦いを告げる音色。

「並行世界を含めた全ての宇宙の全てのUFOがネットワークでつながり、その共鳴、干渉が音色として全てのUFOを震わせて鳴動しているんだ」とチアニ。

 このシンフォニーはウーキー・ニーキー自体の鳴動が楽器化しているという事なのか。

「現在の鵺姫の位置は」

「この宇宙の中心だ」

「ビッグバン発現と同じところにいるというわけか……?

 ビッグバンの拡大に偏りがないという前提だが。

「いずれ宇宙は終焉へ辿り着く。それが早いか遅いかの違いだ。だが、今終わっては困るのだ」

 チアニはそう言い切った。恐らく、全ての銀河連盟に所属する全ての異星体の代弁として。

 戦いが始まろうとしている。

 現在、GRITSとよく似た形をした形をした七百もの銀色の中央群は、本機を中心に楕円状の編隊を組んでいる。

 深遠な宇宙の暗黒は、遠方の恒星が無数に散りばめられた背景となり、戦闘の気配で張り詰められている。

 ウーキー・ニーキーに似たUFOも次次と集まり始めていた。生体UFO。幾千も幾万もGRITSから視覚的映像として確認出来る位置に次次と湧いて出てくる。超遠距離から超光速移動手段を使って集結してきているのだ。アポカリプティック・サウンドの共鳴が耳を聾するまでに巨響化していく。

 これらは全て黒い穴に対抗出来る攻撃手段を持っているのか。GRITSと同じ様な。フェムト・レーザー。そしてパイロキネシス。もしかしたら現代の地球では想像もつかない様な兵器。

 そして、これと同じ事が全平行宇宙で現在進行形なのだ。

 時代は今、全並行宇宙の運命をかけた最終戦争を迎えた。

 全宇宙で最初で最後の決着が、全ての生命体を巻き込んで最大の戦闘が起こるのだ。

 どうどうと轟く宇宙の運命が全ての知的生命の活動と共に行軍する。その運命の急流の激しさ。

 待て。

 嗚呼琉は矛盾を思う。

 ふとした気づきが彼の熱気を一気に冷やす。

 何故、状況はこんなに過剰な不可逆の時の流れになっているのだ。

 元元はこれは自分の五年前の夢の中ではないか。

 宇宙の中心に鵺姫だと。

 先日は地球であの黒い穴と戦ったはずだ。

 今度はそれが遠く離れた宇宙の中心にいると説明される。

 最終戦争。

 自分がインフルエンサーとして地球のUFOの群を覚醒させた?

 そもそもこれは自分が退行催眠で見ている夢の中の話ではないのか。。

 夢だから辻褄が合わなくても呆れるほどスケールが大きくても許せる。

 忘れてはいけない。この宇宙の基本は自分が大学の研究室で見ている退行催眠による明晰夢なのだ。

 しかし暴走している。

 嗚呼琉にとって何処までもリアルなこの五年前の夢の世界は、自分を主人公として仰仰しく急速に拡大している。

 それは自分がリアルだと思っている世界から遠ざかっていく気がする。

 お願いだから自分のリアルを壊さないでくれ。

 現実よりもリアルなこの夢を。自分にとっての現実を。

「皆、聞いてくれ」嗚呼琉がこのウーキー・ニーキーにいる全ての存在に聴こえる様に叫ぶ。「これは……この宇宙は、これは実は僕が見ている夢の世界なんだ。退行催眠の結果として見ている五年前の夢だ。この宇宙は確かにリアルかもしれない。でも……しかし……!」

 夢なのだ。自分の所有物。

 僕から夢を取り上げないでくれ。嗚呼琉はそう言いたかった。

 慈海と出会い、すごせる、このリアルすぎるささやかなリアルを……。

「何を言ってるの、嗚呼琉」慈海が自分を見る眼はさりげない驚きもなく冷静だ。「あなたこそ、私の見ている夢の登場人物じゃない」

 自分の夢の登場人物であるはずの恋人の言葉は、嗚呼琉の脳を奈落に突き落とした。

「何を言ってるんだ」と派手な髪形をしたこの生体UFOの艦長をしているレプティリアンのチアニ。「それを言ったら、お前達全て、俺の見ている夢の登場人物にすぎない。俺の主観的な夢、全てはそれだけだ。ちょっと眼を離している内にどんどんスケールは大きくなっていくがな。この宇宙は全て俺の主観的な明晰夢、それは絶対だ」

 皆が自分を、我が夢の登場人物にしかすぎないという。

 では、この夢は、自分の主観的リアルは、皆が共有する仮想のリアルにすぎないないのか。

 嗚呼琉の踏んでいる床の感触、身体にまとわりつく空気の感覚が空虚になる。まるで無限のリアルだと思っていた世界が、手を延ばせる限りしかない高度なバーチャル空間だった事が解ったかの様な衝撃。

 自分のリアルは何処にある。

 どんどん嗚呼琉のリアルが剥がされていく。

 これらは幻想なのか。

 トレロ・カモミロも同じなのだろうか。いや、彼はこの世界では純然たるAIのはずだ。誰かが異世界で見ている夢の主観人物ではないだろう。

 ではサブロウは。

 今ここにいない彼ならどの様な言葉を出すのだろう。彼はここを夢の世界だとはっきり言っていた。

 嗚呼琉はサブロウの意見も聞きたくなった。

「サブロウは。彼は今をどう思っているんだ。トレロ・カモミロ、彼は何処にいるんだ」

「サブロウ? 誰だそれは」ポップスターのAIはらしからぬほどの冷たい眼で嗚呼琉を見つめ返した。「サブロウというのもこの夢を見ている一人なのか」

「あの男はあなたが雇ったエージェントじゃないのか!」嗚呼琉は今度は話のつじつまの合わなさに混乱した。

「サブロウなんて男は知らない」トレロ・カモミロは断言した。

 確かに関係したという彼の過去存在情報が虚構に置き変わっている。

 嗚呼琉は助けを求める様に慈海を見つめる。

「私もサブロウなんて人は知らないわ」

 慈海は即座に言い切った。嗚呼琉は何を言っているのだろう。そんな心を隠さずに。

 チアニを見た。彼はもしかしたら、今日以前の事もずっとモニタしていたかもしれない。

 しかし、レプティリアンはその冷静な姿勢でただ自分達を眺めているだけだ。

 思い出す。これまでの夢の中にサブロウは登場している。確かだ。あの派手な服装。大きめのサングラスに赤紫のシャツに裾が水仙の様なラインの白いスラックスを履いていた。スラックスの裾にはミュシャの絵の様な花束の刺繍がついている。克明に憶えている。

 自分を最初にMIBから救ってくれたのがサブロウではないか。

 トレロ・カモミロのUFOまで導いてくれたのもサブロウだ。

 これまでの道行はサブロウがいなければ成立しない。

 なのに、何故か皆は彼の存在を知らないという。

 吐き気がした。

 自分の不安が体調を崩し始めている。

 嗚呼琉は手を口で押え、その場で座り込んだ。

 その時。

 地球の端から白日が昇り始めた。

 縁が白く輝き、こちらの視界に入った太陽が青い星を鮮明に照らし出す。

 嗚呼琉の視界の中でそれはズームアップし、眼に入る全ての光景を眩く白く塗りつぶす。

 視界が白く焼きついていく。

(嗚呼琉よ)

 あの声だ。視界が白く輝いた時に現れる、あの声が嗚呼琉の脳裏に響いてきた。

(サブロウの名前、記録はその宇宙から消えた。憶えているのは唯一、お前の記憶だけだ)

「お前が消したというのか」

(そうだ。サブロウは今『虚数時間世界』に痕跡がある。実数時間世界と虚数時間世界は重なっている。畳まれているのだ。ただ虚数時間世界は重力や精神エネルギーだけが影響を及ぼす。精神エネルギーは影。実体なくしては影が生まれない。実体は実数時間世界。虚数時間世界と表裏一体。片方の世界がもう片方に影響を及ぼす。時間の流れがなく因果が成立しない虚数時間世界。超能力というものが依存する因果破綻は虚数時間への影響で起こる。オーラを見たか。あれは虚数時間を、実数時間世界存在が見ている光景だ)

「何だ。一体、何を言ってるというんだ」

 嗚呼琉は白い光、自分には発音出来ない、理解出来ない名前を持つ白い光がいきなり単刀直入な説明を始めた事にただ戸惑っていた。

 虚数時間世界。初めての言葉だ。一体、何を言っているんだ。

 白い光に塗り潰されて他の人間の姿も声も嗚呼琉には確認出来ない。白光の中で呟くしか出来ない。

(我が力は曖昧の中にあり。曖昧であるからこそ、可能性は死なず、その潜在する可能性の力を引き出す事が出来る)白い光が自分の実存を輝きの中で伝えてきた。(虚数時間世界にのみ存在するものは幽霊と呼ばれる。集合無意識ともな。嗚呼琉。お前はまだ実数時間世界にも実体がある。お前はまだこの世界の主役の一人、客観的に構成する主観の一人だ)

「それは僕の主観がこの夢の主役、構成役の重要な一人だという事を言ってるのか」

 正直、嗚呼琉には夢の世界が実数だとか虚数だとか言われてもピンとこない。。

 ただ、今の自分が感じ、生きているのは実数時間世界だというのはかろうじて理解した。

 夢か。この実数時間が。

「何? 嗚呼琉、何を言ってるの」

 慈海の声が聞こえてきた。彼女には白い光が放っている意識は感知出来ていない様だ。

 嗚呼は今はただ思う。

 夢よ、醒めるな、と。

「サブロウはお前が遣わした者だったんだな」嗚呼琉は悟った。「お前がわざわざ話すという事はあの黒い穴は虚数時間世界と関係があるものなんだな。こちらに空いた、虚数時間世界からの『穴』。それが鵺姫なんだな。本体は宇宙の中心にありながら、分身を各世界に出現させる事が出来るんだ。実数時間の裏に広がる虚数時間世界の一部として」

(その理解を待っていた)白い光は賢者の雰囲気でその言葉を放った。(敵は実数時間世界も虚数時間世界も消滅させようとしている。お前達、超能力者だけが対抗出来るのだ)

「たとえ、この世界が誰の夢だろうとしても僕はもうこのテーブルから降りる事は出来ない。僕はGRITSで最終戦争に参加し、宇宙の未来を勝ち取る」

(恐怖が待っているぞ)

「ねじ伏せてみせるさ。僕はハルマゲドンを願う」

 嗚呼琉の言葉は脆弱なアルビノの青年だとは信じられない力強さを持っていた。

「一つだけ教えてくれ」身も心も白い光に塗り潰されそうになりながら、嗚呼琉は唯一、自分から知りたかった質問をぶつけた。「お前が何者かはもうどうでもいい。ただ、あの日、僕が見たUFOはお前なんだな」

(そうだ)

 白い光は言い切った、その言葉が真実だという事は今まで自分が知ったどんな真理よりもはっきり納得出来た。

 追えば陳腐になる。

 嗚呼琉はしっかりとただ立ち、受け入れた。

 視界も思考も自分の質量も、嗚呼琉はただ白い光の中に塗り潰されていった。

 全ては光に溶けていく。

 白い光の声がサブロウに似ているといった事はそれから一生気がつかなかった。

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